11-4 現実は新たな秘密
「行っちゃった」
弓が何も無い空を見たまま呟いた。
すると弓の隣に来た羽織が応える。
「大丈夫。 すぐ帰ってくるよ。 さ、俺達も帰ろう。 弓」
そこで世尊が気づく。
「ちっと待て。 モモンガ犬、また呼んでないぜ? どうやって帰る?」
それを聞いて来意以外の4人は顔を見あわせた。
「歩く?」
「あ……。 また、白の館で大騒ぎになってたらどうしよ……」
「義軍ちゃん、起きてびっくりしていないかしら?」
「ほんとだぜ! ヤバイ! 義軍が泣いていたら困るからオレは先に帰るぜ!」
言うが早いか世尊は猛ダッシュでその場からいなくなる。
「はやっ」
羽織が笑う。
来意もつられて笑って言う。
「羽織がいるから平気なのにな」
「へっ?」
羽織は首を傾げる。
「羽織、さっき、リトを助ける為に陽炎の剣を使ったろ? 同じ要領で陽炎の館まで行こう」
ああ、とリトも思い出す。
そういえば自分がレセッドから襲われた時、いきなり羽織が現れて助けてくれた。
「あっ、さっきはありがとう。 羽織くん」
「えっ? いやいやいや。 無事でホント良かった」
羽織は照れくさそうに顔を赤くする。
「でもそんな、できるかな?」
「できるさ。 今までと違って自分の意志で、きちんと隔離された場所に飛べたろう? しかも弓以外の人間のために。 練習かねてやってみよう」
「んー」
言いながら羽織は陽炎の剣を抜く。 羽織の服の裾を来意が掴み、来意の手を弓とリトが握った。
「行くぞっ!」
そして羽織が剣で大きく宙を切った……が。
何も起こらない。
「ダメじゃん」
羽織が不満げに来意を見る。 来意は少し考えて言った。
「義軍があと10秒もしたら起き出して、みんながいないのでビックリして泣き出すね」
「えっ? 来意医くんそれホント? 可哀想! 早く帰ってあげなきゃ!」
リトに言われて羽織が剣を再度構えた。
「よっしゃ、もう一回!」
「羽織様っ!」
弓の声が響いた。
次の瞬間、みんなは陽炎の館のリビングにいた。
「おにいちゃーん」と、義軍が世尊を探す声がする。 来意が手を離す。
「義軍は僕が面倒みるから。 弓は自分の部屋からリトを白の館に送ってあげて。 今ならまだ間に合う」
「うん! リト、こっち!」
「あ、うん!」
二人は弓の部屋に慌てて入る。 扉を閉めて、札を貼り、再度扉を開ける。
扉の向こうはリトの部屋だ。
「良かった!」
リトは部屋に入った。 弓も少しだけ慌てながら言う。
「じゃあリト、今日まで休むんでしょ? 後で普通に行くから、またその時にね」
リトは頷く。
「じゃ――」
「あっ、弓っ、ちょっと待って!」
扉が閉まる寸前、リトは弓を呼び止めた。
「何?」
弓が扉から顔を出す。
リトは弓の目をしっかり見つめながら言った。
「助けに来てくれて、ありがとう。 それと――隠し事して、ごめんね」
弓は微笑みながらゆっくりと首を横に振った。
そして扉が閉じられる。
「ありがと。 弓」
リトはもう一度。 小さく呟いた。
扉の向こうで、弓はゆっくりと微笑みを崩すと、辛そうに瞳を閉じた。
リトはベットにごろんと横になった。
とりあえず、寝たい。
疲れたから、寝たい。
リトは目を閉じた。
とりあえず、目を閉じた。
閉じた瞼に、もやのような模様が見える。
それはゆっくりと、形を変える。
どろどろで、さらさらで。
まるで殺滅許可証が出される空間みたいで。
リトは大きく息を吐いた。
「ラムールさま……」
そう言って、ラムールを思い出した。
ラムールが出した殺滅許可証の印。
メンバーの証の印。
リトは見た。
∞だった。
g−∞は、ラムールだったのだ。
つまり、新世を殺滅したのは、他ならぬラムールだったのだ。
どうして、と、呟いてみるが答えはどこにもない。
あるのはただ現実だけだった。
ごめんね、と、リトは再び弓に心で詫びる。
秘密にするしかないから。
もし伝えれば、陽炎隊のみんなも、アリドもきっと激怒するだろう。
秘密にするしか、ないではないか。
――ごめんね
――ごめんね、弓。
リトはだんだん深い眠りへと落ちていく。
秘密を胸に抱いたまま。
深い、深い眠りへと。
馬車の中で、国境を越えたトシは記憶の毬を鞄から取り出した。
トシはこの毬を巳白達に渡そうか迷って、結局渡せなかった。
二人の父と母の記憶を見せてやりたがったが、同時に母マリアが検査を受ける過程など見たくはないだろうし、父シゼは翼族が人食に走るメカニズムを吐露していた。
翼族は、人間を愛すると人食の血が目覚めるのだと。
――なのになぜ、人と翼族は恋をしたのだろう。 結ばれることを望んだのだろう。
そんな事を思いながら、トシはだまって窓から外を眺めた。
ガラスに映った自分の瞳は、巳白の瞳にそっくりだった。
――巳白。 お前達ハーフが生きる意味と生まれた訳は何なんだ?
トシはじっと、瞳を見つめていた。
馬車は進む。 止まらず進む。
まるでこれから続く、未来そのもののようだった。
巳白の章 完
巳白の章、最終話までおつきあい頂き、心より御礼申し上げます。
次章は番外編 【ライマの初恋】にお進み下さい。 こちらは週一程度で更新中です。(巳白の章の毎日更新は辛かった……)
感想などありましたらぜひ、宜しくお願いします。
ありがとうございました。
7/15追記
……前話が抜けていましたorz よって本日追記。
今まで気づかなかったのかと、どうして気付かなかったのかと……自己嫌悪。
すぐさま全部を修正確認したいところですが、それやっちゃうと今度はライマの初恋でポカやりそうなので、あちらが完結したら修正を行います。
ダメだな、自分!!