Twinning
早くあのTシャツ着たいなー。
夏合宿を間近に控えた、七月のある日。珍しく部活が休みだった。
「なぁ川瀬、前からやりたかったことがあるんだけどさ」
「……なに」
「合宿中、お揃いのTシャツ着よーぜ」
「いいよ」
今日は川瀬と、お揃いのTシャツを買いに行く。合宿中は基本、Tシャツにジャージの短パンで過ごす。部活TやクラスTだけじゃ枚数が足りないから、各自で好きなTシャツを持っていくことになっていた。
仲直りの証、ってわけでもないけど。なんか、お揃いが欲しくなったのもある。ほんと、俺たち単純だよな。
向かったのは、学校の最寄り駅から一つ先にあるショッピングモール。同じ学校のやつとか、近くの高校の制服姿とか、そこらじゅうにいる。今日もきっとそうなんだろうなと思いながら、俺たちは制服のままショッピングモールを歩いた。
部活三昧でバイトもしてない俺たちに、そんなに金はない。だから入ったのは、ファストファッションの店だった。店先には、いろんなデザイナーやキャラクターとコラボしたTシャツがずらっと並んでいる。
「どれがいいかなー。あ、これとか良くね?」
「良いけど、それ子ども用じゃない?」
「え、うそ」
「明らかに小さいもん」
「……ほんとだ。危な」
川瀬が呆れたみたいに小さく笑う。その反応がちょっと嬉しくて、つい調子に乗る。
「川瀬なら細いから着れるんじゃね?」
「なにいってんの」
丈の短い子ども用のTシャツを着て、薄い腹が見える川瀬の姿を想像して、思わず鼻の下が伸びる。……めっちゃいい。いや、他のやつにそんな姿見せたくないからダメだ。そうじゃなくてもダメだけど。
「じゃあこれは? ハンバーガー! 可愛くね?」
「……ほんとだ、これいいかも」
手に取ったTシャツを、鏡の前で川瀬の身体に合わせてみる。白地に、アメコミっぽい感じのハンバーガーのイラスト。川瀬みたいな整った甘めの顔立ちが着ると、変に子どもっぽくならなくて、ちゃんと可愛い。
「めっちゃいい! 似合うじゃん。これにしよ」
「……そんなに?」
「うん。川瀬、こういうちょっと抜けた感じのやつ似合う」
俺たちの、はじめてのお揃い。
はじめてがTシャツって、かなり攻めてる気もする。でも、めちゃくちゃ嬉しい。
会計を済ませて店を出たあと、思わず少しスキップみたいな歩き方になる。
「ちょっと、はしゃぎすぎ」
「だって嬉しいんだもーん。早く合宿になんねーかなー!これ着てたら頑張れそうな気がする」
「たしかに、それはわかる」
川瀬も少しだけ笑っていた。それだけで、今日来てよかったなと思う。
下りのエスカレーターに前後で乗る。前に立っている川瀬の背中が、なんとなく近くて、手持ち無沙汰みたいな気持ちになった。で、結局、軽く後ろから抱きしめる。
「……っ」
一瞬だけ肩が揺れたけど、川瀬は前を向いたままだった。大人しく俺の腕の中にすっぽり収まっているのが、たまらなく可愛い。制服越しに細い身体の感触が伝わるし、近づいた拍子にシャンプーの匂いもする。
ふと、去年の合宿のレクのときを思い出した。あの時もふわっとシャンプーの匂いがして、なんか変にどきどきしたんだよな、と思う。
「川瀬、いい匂いー」
「……もう、嗅ぐなって」
小さく返ってくる声が、ちょっとだけ照れている気がして、余計に楽しくなる。その瞬間。
「……あ」
「ん?」
川瀬の声が急に変わる。つられて前を見ると、下の階に蒼高の制服が見えた。……やば。
反射的に、ぱっと腕を離す。たぶんあの人たち三年だ。見覚えはあるけど、吹部ではなさそうだった。それでも、見られて面倒なことになるのは嫌だ。
「……危な」
「……だから言ったのに」
「なんも言ってないだろ」
「……言わなくてもわかるでしょ」
そう言う川瀬の耳が、少しだけ赤い。俺はそれを見て、ちょっと笑いそうになる。
「……なに」
「いや、別に」
「絶対なんか思ってる」
「思ってるけど言わなーい」
エスカレーターを降りたあとも、二人で並んで歩く。さっきまで抱きしめていたせいか、妙に距離感が近いままで、でも今はさすがに人目があるから触れられない。
それが少しもどかしい。でも、そのもどかしさすら、なんか楽しかった。
手にはお揃いのTシャツが入った袋。夏の合宿、ただでさえ楽しみだったのに、こんなの買ってしまったら、もう待ちきれない。
「なあ、合宿のどの日に着る?」
「……え、そんなのもう決めるの」
「決めるだろ。初日? それとも二日目?」
「……橋本、そういうの好きだよね」
「めっちゃ好き」
即答すると、川瀬が少しだけ笑った。
「……じゃあ、最終日?」
「おー、なんで?」
「……編成別で発表会あるし、頑張れそうかなって」
「たしかに」
一瞬考えて、それから思わず顔が明るくなる。
「あ!そうすれば、俺らのお揃い、みんなに見せつけられるし! 最高じゃん!」
思わずまた声が大きくなる。川瀬が「うるさい」と言いながら横目でこっちを見る。その顔が少しやわらかくて、俺はもうそれだけで満足だった。
俺たちの本当の夏は、もうすぐ来る。でも今は、その前のこういう時間が妙に愛しかった。
フードコートで二人で適当に空いている席に座り、タピオカを飲む。周りはそこそこ賑やかだけど、さっきまで歩き回っていたぶん、こうして腰を落ち着けるとなんだかほっとした。
「そういえばさ、去年、川瀬たちの部屋って布団の場所どうやって決めた?」
「全然覚えてないけど、適当だったと思う」
「あ、でも窓際は幽霊の噂あるからやだって、ジャンケンとかしたかも」
「なにそれ、おもろ。さすがおかしょー先輩と洸太先輩だな」
川瀬が少しだけ笑う。その反応を見ながら、ストローをくわえる。
……今年はせっかく同じ部屋になれたんだから、絶対に川瀬と隣の布団で寝たい。
でも、さすがにそんなことは今言えなかった。言ったら、たぶん引かれる。いや、引かれはしないかもしれないけど、確実に「なんで?」って聞かれるし、その先をうまく誤魔化せる自信がない。
「……なんでそんなこと聞くの」
隣がいいって言ってないのに突っ込まれた。川瀬はタピオカのストローを咥えたまま、少しだけ怪しむようにこっちを見る。
「え、いや別に。今年はどうだろうなーって思っただけ」
「……ふーん」
絶対ちょっと疑ってる顔だ。たぶん、もうバレてる。俺が隣で寝たいと思ってること。……まあ、六人の相部屋の中、隣で寝るからって別になんかあるわけじゃないし。でも、絶対隣がいい。
川瀬の寝顔が見たいし、どんな寝相なのか見たい。寝息も聞きたい。……全部、見たい。
そんなことばかり考えてるってバレたくなくて、慌てて話を変える。そういえば、C編の自由曲『花粋をどり』には、フルートのソロがいくつかあるらしい。やっぱり、あれは川瀬が吹くんだろうか。
「今年もソロ吹くの?」
「……うん、たぶん」
「すげぇな、ほんと」
「……別に、すごくないけど」
さらっと言うけど、いや、すごいだろ。そういうところだよな、と思う。自分のことを大きく見せたりしないくせに、ちゃんと結果は出す。そういうところが、ほんとにかっこいい。
同じ編成、同じ土俵じゃなくてよかった、なんて思ってしまう自分もいる。もし同じ場所で並んでいたら、きっとまた勝手に比べて、勝手にへこんでいた気がする。そういう意味では、別の編成でよかったのかもしれない。
でも、それとは別に。俺は本当に、心からすごいと思ってる。
――俺の好きなやつ、本当にかっこいい。
「今年も楽しみにしてるから」
「……うん、ありがと」
川瀬は少しだけ目を伏せて、でもちゃんとそう返してくれた。その言い方がやわらかくて、なんかちょっと嬉しくなる。
たぶん今年も、繊細なのに空間を支配するようなソロを吹いて、みんなを圧倒するんだと思う。悔しいけど、それを近くで見ていられるのは、やっぱり嬉しい。




