表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/37

Twinning

早くあのTシャツ着たいなー。

夏合宿を間近に控えた、七月のある日。珍しく部活が休みだった。

「なぁ川瀬、前からやりたかったことがあるんだけどさ」

「……なに」

「合宿中、お揃いのTシャツ着よーぜ」

「いいよ」

今日は川瀬と、お揃いのTシャツを買いに行く。合宿中は基本、Tシャツにジャージの短パンで過ごす。部活TやクラスTだけじゃ枚数が足りないから、各自で好きなTシャツを持っていくことになっていた。

仲直りの証、ってわけでもないけど。なんか、お揃いが欲しくなったのもある。ほんと、俺たち単純だよな。


向かったのは、学校の最寄り駅から一つ先にあるショッピングモール。同じ学校のやつとか、近くの高校の制服姿とか、そこらじゅうにいる。今日もきっとそうなんだろうなと思いながら、俺たちは制服のままショッピングモールを歩いた。


部活三昧でバイトもしてない俺たちに、そんなに金はない。だから入ったのは、ファストファッションの店だった。店先には、いろんなデザイナーやキャラクターとコラボしたTシャツがずらっと並んでいる。

「どれがいいかなー。あ、これとか良くね?」

「良いけど、それ子ども用じゃない?」

「え、うそ」

「明らかに小さいもん」

「……ほんとだ。危な」

川瀬が呆れたみたいに小さく笑う。その反応がちょっと嬉しくて、つい調子に乗る。

「川瀬なら細いから着れるんじゃね?」

「なにいってんの」

丈の短い子ども用のTシャツを着て、薄い腹が見える川瀬の姿を想像して、思わず鼻の下が伸びる。……めっちゃいい。いや、他のやつにそんな姿見せたくないからダメだ。そうじゃなくてもダメだけど。

「じゃあこれは? ハンバーガー! 可愛くね?」

「……ほんとだ、これいいかも」

手に取ったTシャツを、鏡の前で川瀬の身体に合わせてみる。白地に、アメコミっぽい感じのハンバーガーのイラスト。川瀬みたいな整った甘めの顔立ちが着ると、変に子どもっぽくならなくて、ちゃんと可愛い。

「めっちゃいい! 似合うじゃん。これにしよ」

「……そんなに?」

「うん。川瀬、こういうちょっと抜けた感じのやつ似合う」

俺たちの、はじめてのお揃い。

はじめてがTシャツって、かなり攻めてる気もする。でも、めちゃくちゃ嬉しい。


会計を済ませて店を出たあと、思わず少しスキップみたいな歩き方になる。

「ちょっと、はしゃぎすぎ」

「だって嬉しいんだもーん。早く合宿になんねーかなー!これ着てたら頑張れそうな気がする」

「たしかに、それはわかる」

川瀬も少しだけ笑っていた。それだけで、今日来てよかったなと思う。


下りのエスカレーターに前後で乗る。前に立っている川瀬の背中が、なんとなく近くて、手持ち無沙汰みたいな気持ちになった。で、結局、軽く後ろから抱きしめる。

「……っ」

一瞬だけ肩が揺れたけど、川瀬は前を向いたままだった。大人しく俺の腕の中にすっぽり収まっているのが、たまらなく可愛い。制服越しに細い身体の感触が伝わるし、近づいた拍子にシャンプーの匂いもする。

ふと、去年の合宿のレクのときを思い出した。あの時もふわっとシャンプーの匂いがして、なんか変にどきどきしたんだよな、と思う。

「川瀬、いい匂いー」

「……もう、嗅ぐなって」

小さく返ってくる声が、ちょっとだけ照れている気がして、余計に楽しくなる。その瞬間。

「……あ」

「ん?」

川瀬の声が急に変わる。つられて前を見ると、下の階に蒼高の制服が見えた。……やば。

反射的に、ぱっと腕を離す。たぶんあの人たち三年だ。見覚えはあるけど、吹部ではなさそうだった。それでも、見られて面倒なことになるのは嫌だ。

「……危な」

「……だから言ったのに」

「なんも言ってないだろ」

「……言わなくてもわかるでしょ」

そう言う川瀬の耳が、少しだけ赤い。俺はそれを見て、ちょっと笑いそうになる。

「……なに」

「いや、別に」

「絶対なんか思ってる」

「思ってるけど言わなーい」

エスカレーターを降りたあとも、二人で並んで歩く。さっきまで抱きしめていたせいか、妙に距離感が近いままで、でも今はさすがに人目があるから触れられない。

それが少しもどかしい。でも、そのもどかしさすら、なんか楽しかった。


手にはお揃いのTシャツが入った袋。夏の合宿、ただでさえ楽しみだったのに、こんなの買ってしまったら、もう待ちきれない。

「なあ、合宿のどの日に着る?」

「……え、そんなのもう決めるの」

「決めるだろ。初日? それとも二日目?」

「……橋本、そういうの好きだよね」

「めっちゃ好き」

即答すると、川瀬が少しだけ笑った。

「……じゃあ、最終日?」

「おー、なんで?」

「……編成別で発表会あるし、頑張れそうかなって」

「たしかに」

一瞬考えて、それから思わず顔が明るくなる。

「あ!そうすれば、俺らのお揃い、みんなに見せつけられるし! 最高じゃん!」

思わずまた声が大きくなる。川瀬が「うるさい」と言いながら横目でこっちを見る。その顔が少しやわらかくて、俺はもうそれだけで満足だった。


俺たちの本当の夏は、もうすぐ来る。でも今は、その前のこういう時間が妙に愛しかった。


フードコートで二人で適当に空いている席に座り、タピオカを飲む。周りはそこそこ賑やかだけど、さっきまで歩き回っていたぶん、こうして腰を落ち着けるとなんだかほっとした。

「そういえばさ、去年、川瀬たちの部屋って布団の場所どうやって決めた?」

「全然覚えてないけど、適当だったと思う」

「あ、でも窓際は幽霊の噂あるからやだって、ジャンケンとかしたかも」

「なにそれ、おもろ。さすがおかしょー先輩と洸太先輩だな」

川瀬が少しだけ笑う。その反応を見ながら、ストローをくわえる。

……今年はせっかく同じ部屋になれたんだから、絶対に川瀬と隣の布団で寝たい。

でも、さすがにそんなことは今言えなかった。言ったら、たぶん引かれる。いや、引かれはしないかもしれないけど、確実に「なんで?」って聞かれるし、その先をうまく誤魔化せる自信がない。


「……なんでそんなこと聞くの」


隣がいいって言ってないのに突っ込まれた。川瀬はタピオカのストローを咥えたまま、少しだけ怪しむようにこっちを見る。

「え、いや別に。今年はどうだろうなーって思っただけ」

「……ふーん」

絶対ちょっと疑ってる顔だ。たぶん、もうバレてる。俺が隣で寝たいと思ってること。……まあ、六人の相部屋の中、隣で寝るからって別になんかあるわけじゃないし。でも、絶対隣がいい。


川瀬の寝顔が見たいし、どんな寝相なのか見たい。寝息も聞きたい。……全部、見たい。


そんなことばかり考えてるってバレたくなくて、慌てて話を変える。そういえば、C編の自由曲『花粋をどり』には、フルートのソロがいくつかあるらしい。やっぱり、あれは川瀬が吹くんだろうか。

「今年もソロ吹くの?」

「……うん、たぶん」

「すげぇな、ほんと」

「……別に、すごくないけど」

さらっと言うけど、いや、すごいだろ。そういうところだよな、と思う。自分のことを大きく見せたりしないくせに、ちゃんと結果は出す。そういうところが、ほんとにかっこいい。

同じ編成、同じ土俵じゃなくてよかった、なんて思ってしまう自分もいる。もし同じ場所で並んでいたら、きっとまた勝手に比べて、勝手にへこんでいた気がする。そういう意味では、別の編成でよかったのかもしれない。

でも、それとは別に。俺は本当に、心からすごいと思ってる。

――俺の好きなやつ、本当にかっこいい。

「今年も楽しみにしてるから」

「……うん、ありがと」

川瀬は少しだけ目を伏せて、でもちゃんとそう返してくれた。その言い方がやわらかくて、なんかちょっと嬉しくなる。


たぶん今年も、繊細なのに空間を支配するようなソロを吹いて、みんなを圧倒するんだと思う。悔しいけど、それを近くで見ていられるのは、やっぱり嬉しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ