表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

act,2 恋愛戦線、開始。

 月曜の放課後。俺とキマリは駅前まで繰り出して、ドーナツの山を貪っていた。

 と言っても、実際に山積みのドーナツを食っているのは俺だけで、キマリはアイスティーを飲みながら俺を眺めているだけだった。ドーナツはいわゆる「お詫び」だ。先日の嘘つき兄貴に振り回された件の。


「僕から聞いてきたって言ったの?」

「ああ」

「嫌だなぁ。それも嘘だよ。一体どこで君の事を知ったんだろ。もしかしたら荷物送った時に住所をチェックしてたのかな…」

「…一体何が目的なんだ。お前の兄貴」


 小笠原が言うには名前と職業は真実だったし、キマリの様子からして兄弟というのも本当なのだろう。見た目が似ていないことは明らかだし、腹違いというのも間違いない。第一苗字も違う。噂の事実は無いらしいし、小笠原本人も困っている様子はなかった。不機嫌ではあったけれど。


「…多分兄さんは先生に気があるのかも……」

「…は?」


 気がある、ということは好きってことだよな?キマリ兄が、小笠原を?

 俺は残り三つほどになったドーナツから手を離し、キマリを見た。キマリが頼んだアイスティーの氷はほとんど解けていて、紅茶の色が薄くなったと思う。俺におごるだけのために来たのだろうけど、飲む気がないのに注文させたようでなんだか申し訳なかった。

 無残になったアイスティーに目をやりながら、思案顔のキマリに目線を移した。


「最近年頃の女性が職場に来たとか言ってたし。よく見ると美人とか、そっけないけど、ついかまいたくなるとか言ってたし…彼が先生と同じ学校だって知ってはいたけど、まさか彼の言う女性が先生だなんて…」

「……俺はそんな話聞いたこともなかったな。小笠原が最近不機嫌だとは思ったけど」

「先生とアイオくんのことはこっそり調べたのかもしれない。根気よく根回しして、自分の思惑どおりに事を運ぼうとするから、彼」


 「僕のときもそうだった」とキマリは言う。土曜にも大嘘ついてたとか何とか、二人はもめていたから、過去に何かあったのだろう。それがキマリが兄を苦手とする理由なのかもしれない。


「だから噂が立ってるとか、先生が困ってるから別れろ、なんて言ったんだよ」

「…ふうん」

「ふうんって、気にならないの?」


 キマリが怪訝な顔で俺を睨む。小笠原を好きかも知れない人物が現れたのに、俺が興味なさそうだからだろう。


「…正直、付き合ってる以前だと俺は思ってるんだよ」

「……」


 キマリは無言で大きくため息をついた。あきれているのだとは思うけれど、そう思うのだから仕方ないだろう。

 ため息に反論すべく、俺は口を開いた。


「まだ決定打を出してないんだよ、お互い。しかも俺は出さなくてもいいんじゃないかと思ってるし…。傍から見た関係がどうあろうとかまわない。俺は今のままがいい」

「告白無しで付き合っても問題ないと思うけれど…。先生はどうなのかな」

「どうって?」

「あまりに曖昧な態度だと、不安になるんじゃないのかな」

「不安?」

「…君も先生を好きなんだって、確信できなくなるんじゃないかってことだよ」


 つまりは小笠原が、俺は小笠原が好きだという確証を欲しがっているのでは、ということだろうか。


「…正面から好きとか、実際思ったことねぇ」

「…アイオくん………」


 再びドーナツをかじり始めた俺にキマリは困ったような顔になった。額に右手をやりながら「やっぱりエゴだったのかな」と呟く。


「君なら先生の支えになれると思ったんだけどなぁ」

「…お前は俺たちをくっつけたいらしいな」

「そうだよ。先生があんなにうれしそうだと、応援したくなるじゃないか」

「…本当に、そうなのか…俺は疑問だけどな」

「どうして?」


 土曜の電話や、それ以前の小笠原を思い返す。

 転任してからの小笠原はどこか変だ。


「あいつ…俺と関わるときはいつも不機嫌だし…。何が嫌なのか聞いても答えねーし」

「……」

「聞いても教えないくせに、俺ばっかり責めるし。ぶっちゃけ、めんどくさい」


 俺の言葉を聞いて、キマリは何も言えないのか色の薄くなったアイスティーに手をつけた。手持ち無沙汰にストローで中身をかき混ぜる。俺は残りのドーナツを食い終えて手についた粉を払った。


「兄さんのことは僕が見張っておくよ。君と先生のことは二人の問題だと思うから何も言えないけど…」


 食い終えた俺を見て、キマリが席を立ったので、俺もそれに倣って店を出た。別れ際にキマリはそんなことを言って、自分の家へ帰って行った。

 キマリの元気のなさそうな背中を見送り、申し訳ないと思いつつも、気持ちに嘘はつけない。


「……」


 気軽に話せたりはするけれど、遺憾せん好きという感情がいまいち湧かない。

 世間で言うドキドキするとか、ときめくとか、そういうことが好きってことじゃないのか?


「…友達、でもない気がするけどな」


 かと言って以前のように親戚のねーさんとも思わない。困らせたり傷つかせたりしたくないし、できるなら笑顔で居て欲しいという思いは、嘘じゃない。

 でも最近のアイツは不機嫌だ。原因は俺が鈍感なせいなのだろうけど、何に気付いていないのか、それがわからない。

 いっそ、キマリ兄と小笠原が付き合うことになったらどうなるのだろう。そうなったら俺はあせったり後悔したりするのだろうか。しかし、小笠原とキマリ兄が付き合っている絵が浮かばない。自分の周囲の付き合っている者たちを思い浮かべてみるけれど、所詮は高校生の付き合いだし、大人の恋愛がどうなのかわからない。

 ここ最近俺なりに頭を悩ませているのにまったく進歩がない。どうやったら好きと思えるのかわからない。どうしたら小笠原の機嫌が直るのか、誰か教えてくれと思うのに…。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ