第79話 ただ好きな気持ち
久しぶりの二人のランチデートは、自然と会話も弾んだ。
私は凱斗の話に楽しそうに相槌を打ち、時折真剣な表情で耳を傾けた。
もはや私達の間に、空白の半年という時間は、存在しなかったかのような錯覚にさえ陥る。
ランチが終わりかけた頃、ふと凱斗がショッピングに行こうと提案してきた。
「これ食べたらさ、スニーカー見に行かない?」
「スニーカー?」
「うん。仲直り記念に、おそろいで買おうよ。俺達あんま、ペアってないだろ?」
「いいかも」
「だよな?連絡しといたし」
「え?どこに?」
「エルメス。相原さん」
「……」
「早く食べて行こ」
「…うん」
「そう言えばさ…」
「ん?」
「レックスブリッジの代表の事…なんで俺に、黙ってたんだよ…」
「え?それって、お父さんの事?」
「お前…二人で細々事務所やってるって。あんなデカい事務所だって言わなかったよな?」
「あ…詳しくは、聞かれなかったから…」
「朔は、知ってたけど!」
「だって…朔ちゃんは大学の頃お兄ちゃんと何回か、会ってるんだもん」
「何で朔が、拓海さんに会うんだよ?」
「最初は偶然だったかな…」
「……」
「神宮の花火大会の帰りに、偶然会ったの」
「花火?!朔と花火??」
「あ、大学の時ね?お兄ちゃんの事、とっくに朔ちゃんから聞いてると思ってた」
「……」
「パパの事も…」
「そうだ!パパだよっ!!」
「な…なにっ…」
「それが一番嫌だったんだよ。あそこの代表がお前のお父さんだって知ってたら、俺絶対あの事務所に頼まなかったのに…」
「どうして?」
「どうしてって…初めて会う娘の彼氏が、“他の女の事で訴訟”だなんて…前代未聞だろ…」
「でも橘先生から全部内容聞けたから、凱斗が完全潔白だって分かってたし、パパも「胡蝶君がどんな子か良くわかった」って」
「“胡蝶君”どんな奴だって、言ってた!?」
「え…」
思わず前のめりになったその顔…必死で笑えるんですけど…
自分で“胡蝶君”って。
「お父さん、俺の事なんて言ってた??」
「あ…若いのにしっかりしてるし、見た目よりも誠実だって」
「…えっ…見た目も誠実だろ…」
「それに…うちではもう別れたことになってるから」
「……」
「ちゃんとまた、話さなきゃね…」
そう口にした途端、胸の奥で張り詰めていた塊がふっと緩むのを感じた。
凱斗とは半年もすれ違って、もう戻れないんじゃないかって何度も思ったのに。
こうして今、側で凱斗の声を聞いていると、それだけで私の世界が落ち着く。
仕事でどんなに忙しくても、相楽君がどれだけ支えてくれても…
心の奥では、いつだって凱斗の顔を思い出してた。
…でも。
相楽君の“言葉”も“優しさ”も、無視なんてできそうにない。
さっき初めて怒って見せた真剣な表情が、まだ頭の中をまわってる。
相楽君のことを思い出すと胸がざわついて、どこか苦しくなるのも本当だ。
――それでも。
凱斗の隣にいると、不思議なくらい楽しくて素直になれる。
強がりも迷いもぜんぶ剥がれていって、ただ“好き”って気持ちだけが残る。
「花凛、行こうか?」
彼が、私を覗き込むようにして笑った。
「うん」
私は小さく頷いて、その笑顔に合わせるように口角を上げた。
大丈夫。
もう迷わない――そう、自分に言い聞かせながら。
―――この人と仲良くしよう。
ずっと忘れられなかったんだから、やっとよりを戻したんだから。
そう心に決めて、席を立った。
食後お店を出ると、渋谷の人混みと午後の日差しが一気に押し寄せた。
少し眩しくて、思わず目を細める。
「次、銀座行っていい?」
「あ…うん」
近くのコインパーキングに停めた凱斗の車に乗り込んで、私達は銀座に向かう事にする。
凱斗が朝担当さんに電話を一本入れただけで、銀座のエルメスはいつも通り完璧に準備を整えてくれていた。
担当の相原さんは、店の奥にある特別な部屋で、にこやかに私たちを迎え入れてくれる。
「胡蝶様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
そう言って案内されたのは、革張りのソファ。
私は凱斗の隣に座り、室内を見回した。
最近忙しくて、ゆっくりショッピングするなんて久しぶりだ。
「お母様とご家族の皆様には、いつも大変お世話になっております」
相原さんが凱斗に丁寧に頭を下げた。
「本日は、ようこそいらっしゃいました。本日はお二人でお履きいただけるスニーカーをいくつかご用意しておきました」
並べられたのは、最新のコレクションから、凱斗が事前にリクエストしていた数足のスニーカーだ。
その中から、私の足に合うサイズを確かめながら、二人で色違いのペアを選んだ。
「こちらでしたら、お二人の雰囲気にぴったりでございますね」
相原さんが微笑んで言う。
「これ仲直り記念な。これ履いて、また二人でたくさん出かけよう」
そう言って凱斗の手が、そっと私の手を握った。
二人で同じスニーカーを試着して鏡に並んだ姿を見て、鏡越しに目が合う。
それがなんだかくすぐったくて、とても嬉しかった。
「次、これ履いて来いよ」
「うん」
ずっとこういう時間を欲しかったんだって、改めて思い知らされる。
その時だ。
「かいちゃん!」
その声に思わず二人で振り向くと、その部屋のドアの所に白髪のおばあちゃまと凱斗にそっくりな50歳くらいの女性が笑顔で立っていた。




