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第77話 心が揺れる昼下がり

桜庭(さくらば)…って、今俺の事…どう思ってる?」


「えっ…」


「…正直に答えて」


「あ…相楽君はごく優しくて、頼りになって…ずっと私の事助けてくれて…苦しい時は側にいてくれて…」


「…それって…どうしてかわかる?」


「……」


「……」


「…あ…同期だから…?」


「違う」


「……」


「桜庭の事が…ほんとに大切だからだよ」


「……」


「桜庭の気持ちを、無理にこっちになんて思ってない。胡蝶(こちょう)さんの事…ずっと忘れてないのだってわかる。だけど気持ちを伝えたのは…俺も諦めたくはないから…」


「……」


「胡蝶さんは…一度お前の手を離したよな…」


「でもそれは…」


「普通なら、もっと早く連絡する。今の桜庭の仕事の大変さも…性格も…

この半年…あの人と離れて、どれだけお前がきつかったかなんて簡単に想像がつくはずだ。そんな時に知らん顔しといて…」


「……」


さ…相楽(さがら)君が怒ってる…

凱斗の事を…すごく。


「俺より、桜庭の側にいるべきだった」


「……」


「桜庭って…胡蝶さんの事、本気で好きなの?」


「え?」


「…本当に失いたくないって思ってた?じゃあどうして今まで、自分から動かなかったの?」


「……」


「彼も彼だよ…半年も放っておいて今更?それって、自分の都合でしかないよな?」


「……」


「…そんな人に俺、桜庭を譲りたくない」



「…えっ?」


「ごめん。俺今日は、先に帰る。また…明日な」


「あ…」


相楽君は目の前の問題集をすぐに鞄にしまうと、そのまま踵を返しお店を出て行った。



カフェのドアベルが鳴る。

彼の背中が遠ざかっていくのを、私はただ呆然と見送っていた。


――あんな顔、初めて見た。


半年間、ずっと私のそばにいてくれた相楽君。

優しくて、冷静で、いつも余裕があって。

私が泣きそうな時は黙って隣に座ってくれたし、会社で倒れたときだって誰よりも先に駆けつけてくれた。


その相楽君が…私に怒った。

怒るくらい、私のことを想ってくれてたんだ。


胸が苦しい。

凱斗とやり直すと決めたのに――どうしてこんなに痛むんだろう。


テーブルの上に残された、相楽君のコーヒーカップ。

飲みかけのまま、黒い液面が静かに揺れている。


「……ごめん」


誰に向けてなのか、自分でもわからない。

ただその言葉が、何度も胸の奥で反響する。



確かに…凱斗(かいと)に半年も無視されるとは、思ってなかったけど…

だからこそこっちも“別れた”って思ってたわけで…


でも…(さく)ちゃんが“仕事以外で人と会おうとしない”って言ってたし…

気軽に連絡できる状況でもなかった。


…凱斗に対しては、私も悪かった事沢山あるし…

意地っ張りなのはお互い様だ。


ただ…あんな風に「やり直そう」って…そう言ってくれた事が、素直に嬉しかった。


相楽君の事も、凱斗の事も…ずっと曖昧にしてた、私が悪かったのかな。


だけど、私…はっきり言ってくれないと気付けないんだもん…


台湾での告白も、あの時朔ちゃんに相談したけど、“同期の花凛(かりん)に、海外で気分が盛り上がっただけだよ”って言ってたんだもん…


“相楽君みたいな紳士的な人は、子供っぽい凱斗と違って女の子みんなに優しい”とも言ってた。


≪花凛、同期ってさ?戦友みたいなものじゃん?きっと相楽は、花凛じゃなくても同期の桜庭君が倒れても同じ事言ったよ?仕事熱心だから≫って…


さっきの話だと、あれが違ってたって事??

相楽君、さっき私の事が大切だからって…そう言ってた。


これって…璃子が言ってた方が合ってない??


≪相楽氏はさー、絶対花凛に本気だって。きっと放っておけないんだよ!男が気が無い子助けるわけないわ≫


って…でも、それだと朔ちゃんも私に気があることになる…

高校の時から、ずっと助けてもらってるもん…。

だけど凱斗の事応援してくれてるから、それは違うかな…って


そう思ってたんだよ…。


≪相楽氏、花凛が凱斗と別れたばっかりだから、気持ちの整理がつくのを待ってくれてるんだよぉ…はぁ。どこまでも優しいわぁ。でも、もう少しぐいぐい来てくれてもいいのに。押しが足りないわね。私なら自分から押すのに♡≫


「‥‥」


あの時も…璃子は“半年くらいしたらもう一回告白してくるかもね”って…


その通りになってる…!!


これは、とんでもない思い違いをしていたのでは…

相楽君の優しさは…やっぱり…本気の証拠だった。


凱斗に…

“絶対に譲りたくない”って…どういう事…





≪花凛~…お腹すいて死にそう…≫






「あ…」


凱斗からLINEだ…

"I'm hungry"って…熊が泣いてるスタンプ…


……そんな人に俺、桜庭を譲りたくない――――


「……」


ど…どうしよう…

これ、複雑な事にならないよね…

凱斗には、絶対に言わない方がいいかも…



それくらいは、私にもわかる。


でも…私嘘つけないから…

凱斗にこの後、会うの怖いな…。


昔からそうだった。

人の気持ちに、どこまでも鈍くて…相手が何考えてるのか、わからないの…。


(とおる)の時もそうだ。

何考えてるのか、さっぱりわからないんだもん…


久世(くぜ)は絶対、花凛に気がある!≫って…

朔ちゃんの事、何するのも怒ってたけど…。


亨の都合がつかないって言ってた、神宮の花火大会に朔ちゃんと行った時も三日くらい口きいてくれなかった。


なのに…私が写真の人の事“誰?”って聞いただけで別れを…

それって、私が悪いのかな…。朔ちゃんは友達だよ?

いつも親身になってくれるのは、朔ちゃんと璃子だけだ。


みんなすぐ怒る…。


ついに相楽君まで怒らせちゃった。


その時、スマホに凱斗から着信が…



昨日はあんなに楽しかったのに、さっきの相楽君の言葉で気持ちが揺れる。

私は…凱斗の事が大好きなのに…。


私…なんで半年も凱斗に、連絡しなかったんだろう…



「もしもし…」


『花凛?学校終わった?』


「…うん」


『今どんな感じ?』


「あ…お店…言うから待ち合わせにしない?」


『いいよ!花凛が行きたいとこならどこでも!』


「場所はね…」



明るい凱斗の声を聞いたら、ちょっとほっとした。

私達…これからうまく行くよね。


半年間の空白は…私達にとって「神の試練だった」って凱斗も言ってた。

好きな気持ちは嘘じゃない。


スマホを握りしめると、まだ凱斗との通話の余韻が残っていた。

優しい声。

それだけで、安心できるはずだったのに――


どうして私は、相楽君の背中ばかり思い出しているんだろう。


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