第58話 週刊文襲
オフィスビルの駐車場にエレベーターで降りて、車に乗り込もうとしたその時だった。
――白ポロに紺のジャケット姿の男が、窺うようにして近づいてきて声を掛けて来る。
「インフィニティ・コネクトの、胡蝶凱斗さんですよね…」
反射的に眉をひそめた。
「……誰?」
「週刊文襲の岸谷ですですが…」
男はそう言って、俺に名刺を渡した。
見れば四十前くらいの眼鏡の男で、どうやら週刊誌の記者らしい。
「今回の“秘書・星野梓さんとの関係”についてですが、妊娠の事実は本当でしょうか?さらに桜庭花凛さんとの三角関係について――」
「桜庭花凛??」
男の口からその名前が出て、すぐに表情を固める。
「桜庭花凛さん、ご存知ですか?同級生だそうですね」
「…なんで…」
「星野梓さん、妊娠されてますよね?」
「妊娠??」
「説明してもらえますか?他の女性に目移りしたからって、妊娠させた恋人を捨てるんですか?」
「は?…くだらない」
吐き捨てるように言うと、俺は、アストンマーチンのドアを開けた。
だが記者の男は、俺の腕を掴んで食い下がってくる。
「胡蝶さん!社員の間でも“秘書との交際は公然の秘密”と証言があります!
これだけの規模の企業を率いる立場として、説明責任があるのでは?」
その時、ちょうど同じ時に駐車場に降りて来た佐田が、すぐに間に割って入った。
「すみません。質問は、正式な手続きを踏んでください。路上で騒ぎ立てるのは業務妨害です。警備を呼びますよ」
記者の男が、なおも声を張り上げる。
「記事は来週号に掲載予定です! 胡蝶さんが沈黙を貫けば“認めた”と受け止められますが、よろしいんですか!」
思わず記者に視線を向ける。
冷たい目で、真っすぐに。
イラつきで、どうにかなりそうだ。
梓の事だけじゃなく、花凛の名前まで…一体どこで調べて来たんだよ!
「話しても書くだろ!!お前らの憶測に答える義務なんてない」
俺はそう叫んで、怒り任せにドアを閉めた。
エンジンの低い唸りが響き、車は急発進で走り出す。
バックミラー越しに見えたのは、なおも何か叫びながら手を挙げてる記者の姿。
――胸の奥で、苛立ちと不安が渦を巻いていた。
俺はすぐに、車の中から佐田に電話した。
ステアリングに手をかけ、指先でタッチパネルの画面を二度タップする。
すると、電話帳のリストが流れるように現れた。
佐田尚輝の名前を探し、指で軽くタッチする。
画面はすぐに切り替わり、「発信」の文字が表示された。
『もしもし』
「……佐田?大丈夫だったか?」
『なんか、俺にも声かけて来た。梓妊娠したって…』
「ありえない…あいつがリークしたのかな?」
『いや…まだ確信はないけど…』
「くっそ!あいつ何考えてんだ!今すぐ電話して…」
『いや、お前は聞くな。刺激しないように俺が今から梓に確認する』
「でも…」
『まさか、自分からリークするとかはないと思うんだけど…。なんでこんなことになったんだ??』
「こっちが聞きたいよ!」
『とりあえず、場合によっては週刊誌に内容証明送らないと…』
「……」
花凛の顔が浮かぶ。
この騒動をどう伝えるか――
それが、今一番の問題だった。
三日前――
俺は花凛に「自分を切っていい」って言われる。
今まで何にも言わなかった花凛の、決意とも取れた。
それ以来、次に話したらなんて言われるんだろうって…
俺は怖くて連絡ができないでいる。
なのに…また??
そんな記事花凛が見たら、俺もう完全にアウトだ。
俺は信号待ちで、両手でステアリングを叩くと苛立ちをぶつけた。
「クッソ!!」
その日の夜、部屋に着くと佐田からすぐに電話がかかってくる。
梓は知らないと言っていたと…
「でも、あいつが言わなきゃ、なんで花凛の名前まで?」
『まぁ相手は記者だからな。どこからでも情報引っ張ってくるだろ。
とにかく、記事が出た時の会社の対応考えよう』
「わかった…」
『あと、うちの法務部じゃ対応無理だから、外部の弁護士依頼しないと…』
緊急性の高い記者対応や、影響が大きい案件では、専門家である外部弁護士の力を借りるのが普通だ。
二人で相談して、法務部の柳田にも連絡した。
それから俺と佐田は、記事が出た時の会社の対応を綿密に話し合う。
―――そして、俺はあまり眠れないまま、週刊誌の発売日を迎える。
花凛は、神崎によると台湾に出張しているらしく、明日帰国らしい…
当日朝一番、会社に入ると同時に、秘書課の若い社員が血相を変えて駆け寄ってきた。
「こ…胡蝶さん! 佐田さんに言われてた雑誌です!今日発売の!」
差し出された週刊文襲には、見出しが大きく踊っていた。
――【インフィニティ・コネクト代表・胡蝶凱斗、妊娠と二股疑惑】




