第40話 彼がいる事
朔ちゃんと璃子は、高校の時から私を「花凛」って呼ぶ。
凱斗は…
あのから時だ…
再会して何回目かで、璃子と朔ちゃんと四人でご飯を食べた。
その時二人が私を“花凛”って呼ぶから、ムキになって自分も呼ぶって…
そう言えば凱斗、璃子の事最近「神崎」って呼ぶな。
前は「璃子」って呼んでたのに…
なのに、星野さんの事は「梓」って名前で呼んでた…
「花凛ちゃ―――ん!」
その時湊君が、ぼーっとしてた私の目の前に、手のひらをひらひらさせた。
「あ…ごめん。考え事してた…何?」
「花凛って、彼氏いるの?」
いきなり湊君にそう聞かれて、その隣の相楽君に目が行った。
どうしよう…なんて言おう…
「え…あ…」
でも、言わないとだ…
「いないなら、アメフトのキャプテンしてたやつでさー?」
「…一応なら…いるけど……」
その時、相楽君は表情一つ変えずにこっちを見ていた。
「一応って何だよ~なんかそいつかわいそうじゃない??そんな言い方」
だって…凱斗…
この間だって朝電話に星野さん出るし、SNSだってLINEニュースになってた…
≪モテ男カイティの本命美人秘書・ゴールデンゲートブリッジで誓う愛≫って…
だから…
「……なんか…あんまりはっきり言いたくない…」
「なんだよ、お前不倫かなんか?!」
湊君が、冷やかす様にして両手で口元を塞いでる。
「違うよぉ!不倫じゃないけど……」
「じゃあ、そんな奴やめてアメフトの…」
「もう、やめてやれよ湊…」
「……」
「困ってるだろ」
「まぁ…人それぞれだから…な。でも花凛、不倫はダメだぞ。不倫してたらタックルするからな」
「わかってるよ――」
私は、空気を変えようと笑ってごまかした。
すると相楽君が、仕事の話で話題を変える。
「でもさ、話し戻るけど、今回の案件クライアントの要求エグくない?」
そう彼が眉をひそめると、湊君は苦笑して肩をすくめる。
「まあ、あそこは前からそうだしな。でも今回マジで、花凛のおかげで命救われた…お前本当によくやってると思うよ。数字のまとめ、俺いつも助かってるしな」
不意に振られて、私は思わずグラスを持つ手を見下ろす。
―――そんな風に…思ってくれてるんだ…って
「え…私?全然だよ。逆に二人にカバーしてもらってるし」
「お、そういうところが“できる女”って感じじゃん?謙遜ってやつ??」
湊君が冗談めかして笑うと、テーブルの上に小さな笑いが広がった。
仕事の愚痴も交えながら、結局は「次のクライアントは誰になるんだろう」「次の案件は海外だな」と、未来の話に移っていく。
気が付けば、グラスの底に残った氷がカランと音を立てていた―――
「じゃあ、そろそろお開きにするか…」
相楽君が、時計を見ながら言う。
「そうだな。はぁ――めっちゃ楽しかったわ!」
そう言いながら湊君は、少し眠そうに左目をこすった。
私もバッグを持ち上げて立ち上がると、なんとなく名残惜しいような、でもちょうどいい距離感で楽しく終わったなと感じる。
それから私達は、ふざけ合いながら店を出た。
「じゃお疲れ!二人とも気をつけて!」
「湊も!お疲れ!」
「おやすみなさい!」
「おう!おやすみー!」
こうして湊君とは方向が違うからそこで別れて、私は相楽君と一緒に帰る事にする。
目の前ですぐ、タクシーを拾おうって事になった。
久しぶりの同期三人の飲み会。
本当に良く食べて、良く笑った…
「湊君って、ホント面白い人だよね」
「でもあいつ、あんなだけどホント頭切れるよな。羨ましいよ」
「寝てたのに?」
「まあ、疲れてたんだろ。連日三時間くらいしか寝てなかったってよ」
相楽君はそう言って笑ったけど…
確かに湊君は仕事もできるし、体力もすごい。
それは相楽君も一緒だ…
その中で、私も頑張らないと。
三年目…そろそろいろんなこと考えないとな…
「はぁ…久しぶりにゆっくり眠れるな…」
そう言って、小さな深呼吸をした私に、不意に相楽君が思わぬことを聞いてきた。
「桜庭の彼氏って…さぁ…」
「え?」
「もしかして…やっぱ胡蝶さん?」
「……」
「最初会った時、そうかなーって思ったんだけど…なんかごめん…」
「何で謝るの?」
「俺、この前余計な事言ったかなって…」
「……」
「気にしてたらごめん…」
「別にいいよ…色々噂になってるし…」
「……」
「私こそごめん…ほんとの事言いづらくて…」
「いや…」
それから私達は、その場でタクシーを拾って同乗した。
相楽君は、タクシーの中で黙ったまま…
車はすぐに恵比寿に着いて、私が先に降りる。
彼は小さく頭を下げただけで、車はそのまま走り去っていく。
それを見送り、エントランスに入ろうとしたその時だ―――
私のスマホが、鞄の中で小さく震えて誰かの着信を知らせた。




