第34話 今夜落としたい男
最近凱斗が、花凛ちゃんの事で悩んでいたのは知っていた。
だから私にとってこのアメリカ出張が、もしかしたらチャンスかもしれない。
今まで私に靡かなかった男なんて、一人もいなかった。
特に凱斗のように、心揺れている人はそうだ。
今、彼の心の隙間に付け込めば、必ず私に落ちる。
だって男って、そう言うものだ―――
どんなにきれいごとを並べ立てていても、結局目の前の欲には勝てやしない…
それに……
―――――私が今まで望んで手に入らなかったものは、一つもなかった。
私はスマホをぎゅっと握りしめて、深呼吸を一つする。
それから、ルームサービスで赤ワインを頼んで、グラスを二つ用意した。
そして、隣の部屋の凱斗に電話を掛ける…
≪何?≫
「凱斗?赤ワイン頼んだの。一杯だけ付き合わない?」
≪あー…俺、今そんな気分じゃないんだ…悪いけど…≫
「今日のお祝いしましょうよ」
≪お祝い?≫
「どれも手ごたえあって、うまく行きそうだもの。前祝い」
≪そんな事言ってたら、足元救われるぞ。全部決まってからじゃないと…≫
「花凛ちゃんの事聞いてあげるわよ」
≪え?≫
「ほら…飛行機の中で悩んでたじゃない。女心なら女に聞くのが一番でしょ」
≪……≫
「そっち行っていい?」
≪…あー…いや…≫
「やっぱりダメ?つまんない男ね。そんなんだから花凛ちゃんが愛想つかすのよ」
そう言って笑ったら、凱斗はむきになった。
その子供っぽいところも、嫌いじゃない。
≪別に、愛想つかされてないし!≫
「ふふっ。まぁ、ちょっと息抜きにとかどう?私さっきの食事、緊張して飲んだ気しなかったの」
≪あぁ…まぁ…それはな。…じゃあ、もう寝るから一杯だけだぞ?≫
「じゃあそっちに…」
≪いや、俺がそっち行く。飲んだら、部屋戻るから≫
「わかった。じゃあ鍵開けてるから、こっちに来て」
こうして、凱斗は私の部屋でワインを一杯だけ飲むことになった。
5分ほどして、凱斗は私の部屋のドアをノックする。
そんな彼を、私は快く部屋へ招き入れた―――
シャワーを浴びた後の、洗いざらしの彼の無造作な緩い髪…
白いTシャツに、黒いパンツが足の長さを引き立てている。
私は、窓辺のテーブルに置いたグラスに、そっと赤ワインを注いだ。
凱斗は立ったままワイングラスに手を伸ばすと、それをすぐに口に運ぼうとする。
「ねぇ、ちょっと待って?乾杯くらいしようよ。それに座って?」
促したら、渋々目の前の椅子に座った。
彼は手に持っていたスマホの通知を、何度も気にしているようだ。
「じゃあ…これからうまく行きますようにってことで。乾杯~♪」
「乾杯…」
凱斗は小さい声でつぶやくと、ワイングラスを口に付けた。
一口のみ込むと、彼の喉元がそれに合わせて上下する。
ワイングラスを傾けるたび、彼のシャープな顎のラインが凛とした光を放った。
男にしては、きめ細やかな滑らかな肌。
形の良い唇は、グラスに触れるたびに豊かな表情を見せている。
そのすべての所作は、彼が紛れもない美形であることを物語っていた。
そしてまた、スマホの画面に視線を落とす…
「やっぱり…元気ないわね。花凛ちゃん連絡取れないの?」
「仕事中だろ。向こう昼間なんだから」
「でも、スタンプくらい返せるじゃない?だって、彼氏のLINEだよ?」
「あいつは仕事中に、そんなことしないから…」
「前はもっとラブラブだったのにな?ここ最近じゃない?」
「……」
「もしかして、他に好きな人でもできたのかなー」
―――そう言った時、凱斗の表情が変わった。
「……」
「なんか佐田さんが、前別の男の人とご飯食べてたって…」
「…別に…あれは花凛のただの同期だし」
「ふぅん…」
「ったく。余計な事言うなよな。佐田のやつ…」
彼は、手に持っていたワインを一口飲み干す。
そして今度は、凱斗の方から話を切り出した。
「そう言えば…梓って浮いた話聞かないな?」
「……」
「あ、これってセクハラ?聞いたらダメなやつ?」
そう言って笑った凱斗の表情が、やっと緩む。
「私…好きな人ならいるよ」
「へー、そうなんだ?相手どんなやつ?」
こっちを見もしないで、手にしていたグラスを傾けた。
「近くにいるんだけど…全然気づいてくれないの」
「へぇ。鈍い奴だな…思い切って告っちゃえば?」
彼は、どこか他人事のような感じだ。
私の好きな男が自分だと聞いたら、驚くだろうか?
それとも…
今までとは違う私に、気づいてくれるかな…
「私は……凱斗が……好きなんだ…」
その私の声に、グラスを口に運ぶ手が止まる…
「……」
「私、本気だよ?ずっと凱斗の事が好きだった…」




