九十一話「三つのプラン、いっぱいの穴」
それから私達は、この事件に巻き込まれに行くという前提で話を進めた。私の身が危険に晒されるということもあって難しい表情を浮かべていたシロ様も、しかし私が方法を提供した以上無理に突っぱねることはせず。攫われなかった場合はどうするか、攫われた先で命の危険に遭った場合の対処は。そうやって様々な対処を話し合った結果、生まれたプランは大まかに分けて三つ。そうして話し合う間に、降っていた雨はいつの間にか止んでいた。
「……じゃあ、話を整理するね?」
「ああ」
雨音が止んで光が差し込み始めた外を横目に、私は右手の指を三本と立てる。ひとまずは話がまとまったので、一連の流れを整理することにしたのだ。シロ様が頷いたのを確認しながらも、私は手元の紙を見下ろした。シャーペンによって書き込まれたそれは、話がこんがらがらないようにといつからか書き始めていたメモである。いくつか横線で消された形跡があるそれを見つめながらも、私は一番上の文字を指先でなぞった。まず最初に、作戦の概要。
「今回の必達目標は、使われていた法術の痕跡を調べること。だから私が直接そこに行って犯人の気を引いている内に、少し遠くからシロ様が痕跡を探る……オッケー?」
「問題ない」
作戦を立てる上で私達は、必達目標と努力目標を分けることにした。今回の敵の情報はあまりにも少なく、どう出てくるかには運が関わってくるところがあるからである。様子見に徹されれるのか、襲ってくるのか、それとも私を攫うことで口封じしようとするのか。敵の出方は全くと言っていいほどわからない。願わくば私を攫う方向に向かってほしいのだが、そう上手く行くとは限らないだろう。
だからこそ確実に達成できる目標を一つ、残りは相手の出方に身を任せる方針を取ることにした。今現在わかっていることは、大きな法術を使われた痕跡がミーアさんが通った道にあるということだけ。だからこそそれを探ることを第一目標に、後はプランを大まかに三つにわけた。
「それで相手の出方だけど……最初に、何もしてこなかった場合」
「……その場合はお前は数分ほどでその場を撤退し、我がその間に怪しい人影がないかを探る」
プランその一、相手が何のリアクションも起こさなかった場合。現状シロ様が風で探ったところ、法術の痕跡の周囲にあからさまに怪しい人は居ないらしい。とはいえ法術で探れる範囲にも限界があり、風がわかるのは人が居るかどうかくらい。商店の通り道ならばまだ日が出ているこの時間に、辺りに人が居るのは当然のことで。
その辺りを通ってきたシロ様曰く、商店の近くには酒場もあるらしい。つまりその場所は夜になっても人が居る可能性が高く、残された人の気配から犯人の関係者を風だけで探るのは難しい。そもそもの話高度な法術を使うくらいだ。姿を現していない可能性もあるだろう。シロ様が耳や尻尾を消せるように、姿そのものを消していてもおかしくはない。その場合では風で探ることは不可能だと、シロ様からはそう明言されている。
「それで不審な動きをしたものが居れば捕縛、だったか」
「うん」
だがそれはあくまで遠隔から法術で探った場合の話だ。シロ様がその目で見ていれば、私の行動を見て動揺した人を見つけるのはそう難しい話ではないだろう。仮に姿を消されていても、法術の揺らぎから対象を見つけることは難しくない。他でもないシロ様が言ったその言葉を、私は信じることにした。シロ様が出来ると言うならば、出来るのである。相手が動揺を一切と見せなかった場合は流石にお手上げらしいが、それならそれで相手がより強大であるという情報に成りうる。収穫がゼロとはならないのだ。
「できればこうはなってほしくないけどね。じゃあ次」
「ああ」
「相手が攻撃を仕掛けてきた場合だけど……」
しかしこの作戦には私の身の安全が保証される代わりに、情報が一切と出ない可能性が高いというデメリットがある。いくら安全が保証されていようと私のやることがなくなるし、出来れば避けたい作戦だ。まぁ全ては相手の出方次第なので、避けようはないのだけれど。
頼むから何かしらのリアクションは起こしてくれと、敵相手に祈りつつ。私は次の作戦について話を進めることにした。プランその二、相手が私に攻撃を仕掛けてきた場合。この場合の相手の目論見は、何かを察せられたと感じての口封じだ。私はどこからどう見ても平凡な人間である。自分で言うのも複雑だが、この世界ではか弱そうという範囲に入るだろう。人間だから法術が使える可能性があれど、何かを探っている隙に乗じて消そうと思うのは不自然な行動ではないはずだ。そもそも私なんて普段から隙だらけだろうし。
「その場合も我が相手を捕縛。情報を吐かせた後に警吏に暴行者として突き出す」
「うん。そっちもシロ様にほぼほぼお願いする形になっちゃうね」
「……お前も囮として貢献している」
けれど逆にその油断を突いて、私を消そうとした相手を遠くから見ていたシロ様が攻撃。相手を無力化した後、情報を吐かせる。まぁシロ様の戦闘能力に疑いの余地はないので、ここに大きい問題はないはずだ。更に言えばそのまま警吏に突き出さないのは、奴隷騒ぎに警吏の関係者が関わっている可能性があるとシロ様が言ったからである。国を守るための組織が犯罪に手を貸しているなんて信じたくはないが、こう何年も犯人が捕まっていない以上その可能性は決して低くない。気球の上でレゴさんは否定していたが、手持ちの情報が薄い以上どんな可能性も考慮しなければいけないのだ。
だから何一つとわからないなんて事態を避けるため、情報は先に聞き出しておく。そうして少しでも情報漏えいの発覚を遅らせるため、襲ってきた人は奴隷騒ぎの関係者ではなく通り魔として突き出すのだ。警吏が何か後ろ暗いことに手を染めている前提の行動になってしまうのは申し訳ないが、現状私が胸を張って信じられるのはシロ様くらいなのである。ご容赦いただきたい。
「まぁ多分一番可能性が高いのはこれだけど……やっぱり、私が攫われるのが一番都合が良いかな」
「……認めたくはないが、その通りだ」
だがこの作戦も、情報源としては薄く。奴隷騒ぎの犯人は事件の規模からして、大きな組織である可能性が高い。その組織の中から、法術の痕跡の見張りという誰にでも出来る任に重要な人物を付けるか。いくら相手が慎重派とは言え、その可能性は低いと言っていいだろう。だからこそ最後の作戦こそが、最もミーアさんを取り戻すに近づける案であると私は考えていた。実際それが起こりうる可能性が低くとも、諦めてはいけない。
「だから出来れば、私はこの可能性に賭けたい」
一度瞳を伏せて、息を吐いて。そうして再びと瞼を開いた私は、メモの最後の方に綴った文字を指でなぞった。そこに書かれた三つ目のプランは、私が攫われること。一番高難易度な、相手の判断に期待を寄せるしか無い努力目標だ。
これに関してはもはや説明すらも必要ないだろうが、一応話の整理のために一つ。これは予め私とシロ様の間に不可視の糸を繋ぎ、私が犯人側に攫われることによって被害者の場所を明かしてしまおうという作戦だ。私一人が捕まったところでどうしようもないだろうが、その位置をシロ様に伝えられるのなら話は変わってくる。不可視の糸と言えど、糸くんと和解した今の私が願えばその糸はシロ様にだけ見えるようにすることが出来るのだ。私が絶好のタイミングで糸をシロ様にだけ見えるようにした後、シロ様が糸を追ってその場所まで移動して犯人側を殲滅。一番結果が確かと返ってくる作戦だ。
「だが、攻撃と誘拐の見分けをどう付ける?」
「……それだよね」
だが一通り話し合ったと言えど、道筋を大まかに決めただけだからか問題点はまだまだとあり。例えば犯人側の人間がこちらへと何かを仕掛けてくる行動を取った場合、その目的が殺害と誘拐のどちらかであるかは瞬時と判断できないのだ。例えば刃物での攻撃ならば殺す気だとわかりやすいが、法術や素手だった場合意識を失わせて連れて行こうとしている可能性も残る。誘拐されると思ってシロ様が黙って見ていた結果、私が殺されてしまいましたー……なんてオチになっては流石に笑えない。
更に言えば詰めていない問題点はまだまだとある。例えば私が予想を超えるほどの遠くに誘拐された場合、シロ様が直ぐに辿ってこれるのだろうかとか。後は糸が不可視でも指輪は見えてしまうので、指輪が私から外れないことを不可解に思われないだろうかとか。けれどあらかたの方針が決まった以上、目指すべき場所を見据えた以上、中途半端な作戦は許されない。
「……よし、もうちょっと詰めようか。起こりうる最悪を考えて、対処を考えていこう」
「……わかった」
もう直時刻は夕方。今日の内に作戦を実行に移すとしたら、決行時刻は夜となるだろう。だからそれまでに考えられる限りの不確定要素を埋めてしまわなければ。見つかった穴たちのことを考えて引きつった笑みを浮かべた私を若干呆れたように見つめながら、シロ様は小さく溜息を吐いた。けれどそうやって溜息を吐きながらも投げ出さずに付き合ってくれる辺り、シロ様はなんだかんだと面倒見が良い。彼の優しさに温もりが心に灯ったのを感じつつ、私達は作戦会議を進めていくのであった。




