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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第三章 愛の大地と飛べない少女
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八十話「ヘーゼルの瞳の二人」

「ピュ!」

「あら、そんなに美味しい?」

「ピュピュ!」


 海嘯亭の食堂。入り口に入って手前側の席に、変わらず私達は居た。薄赤色の小さな珊瑚の小物が飾られたテーブルには、空になった食器が積まれている。片付けなくても良いのかなと、そう言いかけて慌てて口を噤んだ。楽しそうにしている彼女を止めるのは、あまりにも無粋だと思ったからだ。


「ミコちゃん、本当にこの子可愛いわね! 本当に魔物なの?」

「は、はい……多分?」


 ヘーゼルの瞳をきらきらと輝かせた彼女がこちらを振り返ると同時、丁寧に編まれた栗色の二つの三編みが肩の辺りで揺れる。そう三編みで察せられる通り、彼女は私達の注文を取ってくれたあの店員のお姉さんだ。端名はミーアさん。本人曰くこの宿の評判美人姉妹の妹の方、だとか。

 自ら美人というだけあって、確かに大変かわいらしい顔立ちをしていらっしゃるミーアさん。宿の受付では別のお姉さんが対応してくれたが、彼女の発言から考えればあの人はお姉さんなのだろう。確かにミーアさんとはまた別系統の美人だったなと頷いて。


「私が攫っちゃいたいくらいだわ……」

「ピュ!?」

「だ、駄目です!」


 だが如何に美人といえど、許してはならぬことがあるのだ。不穏に聞こえたその言葉に飛び上がり、一気にミーアさんから距離を取ったフルフ。私はそのまま飛び込んできたフルフをキャッチしつつ、そっと自分の背に白いふわふわを隠した。可愛らしい容姿には到底似つかわしくない、狩人のような眼がこちらを射る。

 けれどこの目に屈してはならない。フルフを快く受け入れ、挙句の果てに余った食材だからとチャーハンを作ってもらったことには感謝しているが、受け入れられないこともあるのである。フルフを胸元で抱きしめつつ、私はキッとミーアさんを見返した。隣のシロ様から何やってるんだこいつという視線が刺さっているような気がするが、気にしてはいけない。例えそれに加えて、レゴさんの苦笑が視界の端に入っているとしても。


「……ふふ、冗談よ?」


 かくしてフルフを巡る争奪戦は相手が存外あっさりと引いてくれたことで収束した。絶対冗談じゃなかった、そんなことを考えながらも私は手に収まってきたフルフを優しく撫でる。藪蛇に考えもなく突っ込んではいけない。例え相手の目がマジのものであったとしても、見ないふりをすることが最善の時だってあるのだから。


 さて、なんでこんな愉快な事態になってるのかと言えば。私はあの後、注文を伝え終わったのか再び掃除を始めたお姉さん……ミーアさんに話しかけた。リュックからフルフを呼び、そうして伝えたのだ。この子もここで一緒に食事をしていっても構いませんかと、そんなことを。

 その時の私の予想としては二つだった。客が食事をする場に衛生面が低い小動物を持ち込むなと注意されるか、それとも存外あっさりと受け入れてもらえるか。前者であればフルフの食事は暫く外で買ってくる必要があったし、後者であったのなら無駄な買い物が減って楽になる。だがその時ミーアさんが見せた反応は、そのどちらでもなかったのだ。


「ふふ、可愛い……ほんとに可愛い……」

「……ピュ」


 そう、この反応である。怯えながらも食欲には勝てなかったのか、食べかけのチャーハンの元へと戻ったフルフ。そんな白いふわふわを、恍惚とした笑みを浮かべた可愛らしい女性がつんつんとつつく。うわ言かのようなそれは、傍から見てるとだいぶ危ない人だった。あの危機感のないフルフでさえも怯えるくらいである。


「……この宿で本当に大丈夫なのか」

「……ま、まぁ、悪い人ではなさそうだろ?」

「危険人物にしか見えない」

「あ、はは……」


 当然フルフよりも危機察知能力の高いシロ様はその光景に警戒を顕にしたし、それをフォローするレゴさんの頬だって引きつっていた。危険人物。ばっさりとそう言い切ったシロ様の小気味の良さには、もはや笑いしか出てこない。ミーアさんは悪い人では無いと思うのだが、ちょっと怖い人だ。私達の心は今一つである。


「おいバカ娘! 仕事いつまでほっぽってやがる!」

「った!?」


 もはやフルフが二人前くらいのチャーハンを完食するまで怪しい笑みを浮かべるミーアさんを見張っていなければならないのかと、嫌な予感が走って。しかしその予想が現実になることはなかった。カウンターの奥から突如として現れた影が、そのままミーアさんの額を弾いたのである。

 突然額を襲った衝撃に、当然ミーアさんは机へと撃沈することとなった。傍から聞いていただけでも痛そうなその音に、びくりと肩を跳ねさせて。しかしミーアさんに声を掛ける暇もないまま、その影はこちらの方を振り向いた。少し強面な顔立ちに困ったような笑みを浮かべた、四十代半ばくらいの男性。ミーアさんと同じヘーゼルの瞳が細められる。


「悪いなお客さん方。ウチのバカ娘が迷惑掛けたみたいで……」

「い、いえ! 無理なお願いしたのは、こちらなので……」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 バカ娘。その言葉から読み取るに、白い調理服に身を纏って現れたこの人はミーアさんのお父さんなのだろう。食堂のカウンターから出てきたことと服装から考えるに、この食堂のコックさんで間違いない。いや、メニュー的にはコックさんよりも板前さんの方が近しいのかも知れないが。

 申し訳無さそうに眉を下げて謝ってきたミーアさんのお父さん。私は彼の言葉に、慌てて首を振った。確かに怖かったことは否定しないが、それでも先に無茶なお願いをしたのはこちらの方なのだ。迷惑どころか親切にしてもらったのだから、謝られる理由はない。ミーアさんが運んできてくれた美味しそうな海鮮チャーハンも、作ってくれたのはこの人なのだろうし。


「こっちのちっこいのも悪いな。お前があんまりにも好みだったらしい」

「ピュ?」


 助かるという言葉と同時、表情を緩めたミーアさんのお父さん。彼はそのまま海鮮チャーハンを頬張るフルフにも謝ると、小さく溜息を吐いた。なんだか疲れた様子である。もしかしていつもミーアさんの暴走に付き合っているのだろうか。そう考えてしまうと、同情してしまうような。こころなしか隣のシロ様のこの人を見る目にも、憐れむような色が潜んでいる気がする。


「よ、ガッドの親父!」

「……お前、レゴか! 見慣れない嬢ちゃんたちを連れてっから、気づかなかったよ」

「ま、訳ありでな」

「まぁた首突っ込んでんのか。お人好しだなぁお前さんも」


 しかしその言葉を躊躇うかのような微妙な空気は、快活なレゴさんの声で吹き飛んでいった。今気づいたと言わんばかりに瞳を丸くしたミーアさんのお父さん……レゴさんの呼びかけが正しければ、ガッドさん。彼の疲れたような表情はレゴさんという知り合いに会えたのが嬉しかったのか、徐々に喜色を含んだものへと染まっていって。

 口角を上げるだけのレゴさんの笑み。それを見てか呆れたように首を振りながらも、ガッドさんのその表情は相変わらず明るいまま。言葉尻に滲んだ穏やかさには、小さな感心が密やかに滲んでいる。有り体に言えば「若いのに感心だ」と告げる気のいいおじさんのような、そんな何かだった。


「で、嬢ちゃんたちは?」

「あ、ミコっていいます」

「……シロと呼ばれている。あの毛玉はフルフだ」

「そうか。さっきレゴが言ってたが、俺はガッド。海嘯亭の料理人だ」


 強面な外見に反して優しいのは、この人もらしい。そんなちょっとした親近感を抱いている内に、今度はそのヘーゼルの瞳が私達の方へと向けられる。その視線に姿勢を正しながらも、私は自分の端名をガッドさんへと告げた。そうすれば私に習ってか、シロ様も続けて名乗って。

 毛玉、シロ様の言葉に一度フルフへと視線を向けた後、ガッドさんは小さな笑みと共に正式な自己紹介をしてくれた。私の予想通りガッドさんはこの宿の料理人らしい。桃花の宿と言い、この世界は接客が女性で料理担当が男性のことが多いのだろうか。思い出深いあの宿との類似点に首を傾げつつも、私はガッドさんのことをじっと見つめていた。未だ海鮮チャーハンを頬張るフルフを見ている、その人を。


「あ、あの……やっぱり連れてくるのは駄目だったでしょうか?」

「ピュ?」


 私はその視線が気になった。ミーアさんはフルフがこの場所で食事を摂ることを許してくれたが、父親というだけあってこの食堂の正式な管理者は恐らくガッドさんだろう。その彼が気に食わないというのなら、フルフは今後ここに連れてこない方が良い。ここのご飯を気に入ったらしいフルフには酷だが、この宿にもルールがあるのだろうし。


「……いや。飯を残さず食ってくれる客は大歓迎だよ。魔物でもな」

「っ、ありがとうございます……!」

「ピュ!!」


 しかし私の予想に反し、ガッドさんの声は穏やかだった。そうしてその声で紡がれた言葉だって。無骨な手でそっと毛玉に手を伸ばして、軽く撫でたガッドさん。その声音や机の上に居るフルフに向ける視線は、幼い子供を見ているかのように優しい。大歓迎、その言葉に嘘はないのだろう。私が安堵から笑みを浮かべれば、チャーハンを頬張っていたフルフも嬉しそうに鳴いた。受け入れられた、ということくらいはわかるらしい。


「さて、無事許可も貰えたところで……なぁ親父、時間があるなら祭りについて聞いていいか?」

「あ? 祭りって……」

「そ、まだ客が来る時間じゃねぇだろ?」


 大手を振って食堂で過ごせるようになったフルフ。どこかご機嫌にも見えるその子がチャーハンをもくもくと食べるのを眺めつつ、私はそこで口を開いたレゴさんの方へと視線を向けた。祭りとは、気球の中で話していた飛行大会のことだろうか。心当たりらしきものはそれくらいしかない。そもそもそれに関連するものでなければ、わざわざレゴさんも私達の前で尋ねたりしないだろう。

 怪訝そうに上がった太い眉。しかしガッドさんが何故と尋ねるよりも早く、口の端を上げたままのレゴさんは言葉を畳み掛けた。確かにレゴさんの言う通り、お客さんが未だこの食堂に入ってくる気配はない。そろそろ時刻も十七時に回る頃、客の入りは恐らくそこからなのだろう。つまりレゴさんのお願いはそれまでの暇な時間の間、「祭り」とやらの話を聞かせてほしいということである。


「……しゃあぇねな。それもワケアリ、か」

「ノーコメントだ。助かるぜ、親父」

「調子のいいやつだ」


 溜息を吐き出すと同時、またやれやれと首を振ったガッドさん。しかしそれは呆れと言うよりは、仕方ない子供を相手にするような大人のものにも見えて。ガッドさんのそれを了承の合図と受け取ったのか、レゴさんは快活に笑う。その幼い笑顔に何を思ったのか、眉を寄せながらもガッドさんの口元は穏やかに弧を描いたまま。


「じゃあ親父、俺と嬢ちゃんたちに教えてくれよ。三日後の朱の神楽祭についてを」


 そうしてそんなガッドさんに、レゴさんは問いかけた。「しゅのかぐらさい」という、お祭りについてを。

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