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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第三章 愛の大地と飛べない少女
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七十九話「一人部屋と二人部屋」

「あ、珊瑚が飾ってる……」

「ここは海が近いからな」


 入口前での謎の攻防の後、食堂へと入っていった私達。しかし入ってすぐのところで、窓際に見えた珊瑚を模した飾りに私は思わず目を奪われた。長方形のテーブルと椅子が四つのセットが、所狭しと並ぶ空間。奥の方にあるのは会計用のカウンターだろうか。軽く見渡してみればそのどのテーブルにも小さな珊瑚のオブジェが飾られていて。奥のカウンターの近くでは、髪を三編みに結んだお姉さんが掃除をしている。纏った青いエプロンは、海を表現してのものなのかもしれない。


「とりあえず座るか。端の席にしとうこうぜ」

「はい!」


 桃花の宿では見なかったどこか庶民的な風景に懐かしさを感じつつも、私はレゴさんに促されるがまま手前側の端の方の席に腰を掛けた。そうして座れば、当然の流れのようにシロ様も隣の椅子に腰を掛ける。背負っていたリュックを膝の上で抱えるその姿は、ぬいぐるみを抱きしめる子供のようで少し可愛かった。邪魔だったのか、リュックは直ぐに地面へと足を降ろす結果に終わってしまったけれど。

 夕食にしてはやはり時間が早すぎるのか、相変わらず私達以外の人が食堂に入ってくる気配はなくて。私はレゴさんが対面側の席に座るのをぼんやりと眺めつつ、そこでテーブルに置かれたセットの方へと視線を移した。調味料類のような何かと、珊瑚のオブジェ。立てかけられた長方形の台紙はメニュー表だろうか。世界が変われど、こういった飲食店の基本的なセットは共通らしかった。


「で、何食いたいんだ?」


 座った直後に、折り重なっていた台紙を開いたレゴさん。やはりメニューだったらしいそれをこちらへと向けながらも、レゴさんは頬杖をついた。なんだかこういう風に自分で食べるものを決めるのは随分と久しぶりな気がする。森での暮らしや気球での日々には選択肢なんてものはなかったし、桃花の宿では食事のメニューが予め決まっていた。買い出しやらで色々忙しいのもあって、昼食は取らないことのほうが多かったし。


「……お刺身定食、海鮮丼……」

「お、嬢ちゃんは生魚行ける口か?」

「寧ろ好物です!」


 知っている文字で描かれたメニュー表。やはり別世界だと言うのに言語が読めるのは不思議だなんてことを考えつつ、私は魅力的なその二つのメニューの間で心を揺らしていた。お刺身が美味しいと聞いていたので期待していたが、まさか本当にお刺身があるとは。しかし海鮮丼もまた悩ましい。

 お刺身にお米やら味噌汁が付いたほっとする一品か、豪華に海鮮を散りばめた特別な一品か。悩む内に呟きが表に出ていたのか、にやりと口角を上げたレゴさんはそんなことを問いかけてきた。それに拳を握って力強く答えれば、橙色の髪を揺らしながらも正面に座っているその人は満足そうに頷く。成程、ムツドリの人にはお刺身は受け入れられているらしい。私の隣の少年は、生魚という言葉にあからさまに眉を寄せていたけれど。地域柄というやつだろうか。


「うーん、やっぱりお刺身定食かな。シロ様は……焼き魚定食とかにする?」

「……ああ」

「じゃ俺は天ぷらと刺し身のセットにすっかな」


 いつになくわかりやすいシロ様の態度に苦笑を零しつつ、私は魅力的な二品の中から一品を選んだ。ここに暫く滞在するならば、海鮮丼を頼む機会もあるだろう。豪華はその時のために取っておくとして、今は日常的な商品を頼むとしよう。今日は元よりお刺身目当てだったわけであるし。

 ついでにと言わんばかりにシロ様にメニューを勧めてみれば、生魚以外ならば何でも良いらしい少年は素直に頷く。それに続くようにレゴさんがさっくりとメニューを決め、台紙はぱたりと閉じられた。もう少しメニューを見ていたかった気がするが、他のを食べたくなっても困るし我慢することとする。どうせまた見る機会はあるのだから。


「すみません」

「はーい!」

「刺身定食と焼き魚定食、合わせ盛りセット青珊瑚を一つ」

「かしこまりました!」


 そのまま掃除をしていたお姉さんに声を掛けたレゴさん。青いエプロンを翻しながら駆け寄ってきたその人に、三つのメニューをさらりと。……メニューをよく見ていなかったが、合わせ盛りのセットはそんな名前だったのか。赤珊瑚もあるのかなと再びメニュー表に後ろ髪を引かれつつ、私は愛想の良い笑顔を向けて去っていったお姉さんの背中を見送っていた。カウンターの奥の方へと消えていった背中。恐らくあそこに調理場があるのだろう。つくづく私の知っている食堂と変わりないなと、そんなことを考えて。

 

「……そういや嬢ちゃんたち、ホントに同室でいいのか?」

「え?」

「いや、だってよ……」


 しかしそこで突然問いかけてきたレゴさんの言葉に、私は首を傾げることとなった。カウンターの方へと向けていた視線を正面へ。見上げた先のレゴさんは眉を八の字にして頬を掻いている。だってよ、その言葉の続きはどこかへと呑まれたかのように途切れてしまって。レゴさんは一体何が言いたいのだろう。私はますますと首を傾げた。


「別室の方が支障があるだろう」

「い、いや……だからな?」

「私もシロ様と同じ部屋の方がいいですね……」

「じょ、嬢ちゃんまで……!?」


 要領を得ないレゴさんのそれにシロ様がばっさりと切り込む。だがそれに関しては私も同意見だ。頷いた私を見て何故か驚いたように目を見開いたレゴさん。そんな彼の態度に疑問を抱えつつ、私は改めて自分の周囲のことを思い返してみた。何故私達が同室を望むのか、その理由についてである。

 まず第一に、希少性。その点に置いては、私はシロ様に勝る可能性があるのだ。他の誰とも違う法術を持ち、異世界から訪れた人間。……力に関しては今は上手く扱えないが、異世界から来た人間と言うだけでも私は特異な存在だろう。この世界にはない知識と価値観を持つ人間。自意識過剰かもしれないが、物珍しさという点で私を求める人がいてもおかしくはない。例えば人体実験だとか、そういうのに使うために。


「一人になるのは、不安というか……」


 一瞬浮かんだ想像に背筋に霜が降ったような感覚になりながらも、思考を止めることはしない。厄介なのは私だけではないのだ。私がこの世界に持ち込んだことで、変異してしまった持ち物たち。リュックはその最たる例だが、無限に使える紙やら筆記道具やら、この世界にはない知識を備えた元教科書たちだって。そのどれもがこの世界に影響を与えるものとなるだろう。私がこれらを外に出すことが、誰かの生活を揺るがすことになりかねないのだ。良い意味でも、そして悪い意味でも。

 だがそんな私の持ち物たちはその強大な力に反し、大した防衛手段もなく。強いて言うなら私しか取り扱えない以上、私という名のマスターキーが必要になるくらいか。そうなると、自分で言うのは嫌だがますます私の価値は釣り上がる。シロ様が私に過保護になるのも、少しばかりわかるほどに。


「それにこの街ではその、良くない噂があるんですよね?」

「そ、そうだけどよ……」

「そう考えると、やっぱり同室の方が安心できます」


 更にはこの街で懸念されている奴隷関連の騒動。私が万が一にでもその悪い人たちに捕まった場合、この力は十中八九悪用されるだろう。それらを考慮すると、私が戦えるシロ様と行動を共にするのはもはや必須なものであるとも言えた。守られるのは心苦しい部分もあるし、自分の無力さは確かに悔しい。だがこればかりは一朝一夕でどうにかなる問題ではないのだ。そろそろ何かしらの自衛手段を考慮するべきだとは思うが。


「それに、シロ様と一緒だと落ち着きますし!」

「そ、そうか……」


 それに別にシロ様と共に居るのを苦に感じたことはない。寧ろ最近では心地良い安心感を得られるほどだ。未だ何か言いたげにしているレゴさんに笑顔でそう告げれば、どもりながらも彼は頷いてくれて。結局レゴさんが何に引っかかっていたかはわからないが、どうやら渋々ながらも納得してくれたらしい。

 ……もしかして、一人別室なのが寂しいのだろうか。いやそんな寂しがり屋さんには見えないし、寧ろ良く知らない子供たちとずっと同室な方が彼も落ち着かないだろう。まぁレゴさんが何を考えていたかなんて、気にしても仕方ないことだ。それよりもフルフをそろそろ出してあげなければ。この宿には暫くお世話になるだろうし、フルフのことに関しては今のうちに話しておいた方が良いだろう。少々リスクを伴うが、フルフがずっと食事を摂れないことのほうが心配だ。食堂に小動物を持ち込むのがこの世界の衛生的にセーフなのかも、少し危ういが。


「……年頃の男女が同室ってどうなんだ……?」


 そんな風にフルフのことで頭をいっぱいにしていた私は、当然レゴさんのその呟きを聞き逃し。更にはそれを聞いていたシロ様ですらも、レゴさんのその呟きを些細事だと聞き流し。そうして頼んだメニューが届きお姉さんにフルフが笑って受け入れられた頃には、私は意図のわからない問いかけのことなんてすっかりと忘れてしまっていた。安心感が全てを塗り替えた、悲しい事件だったのである。

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