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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第三章 愛の大地と飛べない少女
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七十一話「一筋の手がかり」

「……さ、てと。なんか、暗い話になっちまったな」

「そう、ですね」


 リンガ族についての話をしていたからか、微妙な空気になってしまった気球内。それを払拭するためか、困ったように頬を掻きながらもレゴさんは明るい声を上げる。明らかにこちらに気を遣ってくれている彼の姿を見てありがたく思いつつ、私もまた彼の声に便乗させてもらうこととした。小さな微笑みを向ければ、その意図が伝わったのかレゴさんはからりと笑い返してくれて。


「詫びになんか好きな話でもしてやるよ。ムツドリの領地で流行ってるもんとかさ」

「流行り、ですか?」

「おう。これから渡るんだし、色んな情報があったほうが良いと思ってな」


 そうして突然に始まった流行の話。些か脈絡がなさすぎると思わなくもないが、これはきっと場を明るくするためレゴさんなりに考えてくれた結果なのだろう。花の女子高生であったとはいえ私は流行に敏感な方ではないのだが、別世界についての流行に関しては多少興味がある。好奇心を瞳に煌めかせれば、頷いたレゴさんは色々と話をしてくれた。


「つってもほぼ客から聞いた話だが。確か、最近じゃココナッツミルクを使ったココミクスっていうミックスジュースってやつが流行ってるらしい」

「ココナッツミルク……飲んだことは無いですけど、美味しそうですね!」

 

 まず聞かせてくれたのはムツドリの領地で流行っている食べ物、というか飲み物の話。日本でも以前タピオカが流行っていたことを思い出し既視感を浮かべながらも、私は流行っているらしいその味を想像してみた。生憎とおばあちゃんが作る和食至上主義として生きてきた身として、ココナッツミルクどころかタピオカにも縁がなかった私だが、ミルクとフルーツの組み合わせが美味しくない筈がないだろう。

 フルーツ牛乳みたいなものかな、と飲んだことのある味を頭に浮かべて。赤い翼の持ち主を探す中、シロ様やフルフと飲みにいくのもいいかもしれない。ジャムに瞳を輝かせていた以上、シロ様だって甘いものが好きなのだろうし。

 

「ピュ!?」

「お、こっちの毛玉も釣れたみたいだな」

「あはは……今ここに美味しいものがあるわけじゃないよ?」

「ピュ……」


 だがどうやら、そこで私よりもココミクスに心を惹かれたらしき者が一名。私の美味しそうという言葉を聞きつけてか、先程まですやすやと眠っていたフルフはかっとそのつぶらな瞳を見開いて覚醒した。楽しげに笑うレゴさんを他所に、美味しいものはどこだと言わんばかりに視線をきょろきょろとさせる白いふわふわ。その食い意地には底知れないものを感じる。

 さりとて今ここにココミクスがあるわけではない。ぽふぽふと頭を撫でながら宥めれば、一転して空気が抜けた風船のように萎れていったフルフ。……うーん、ムツドリの領地に辿り着いたら、この子のためにも店舗を探してみようか。流行っているというのならそこまで苦労せずとも、売っている店を見つけることくらいは出来るだろう。私やシロ様の息抜きにも繋がると思うし。


「後は小説ならポーマっていう作家が人気で、絵描きならラムって画家が売れ始めたらしいぜ。客から聞いた話だから、どこまで本当なのかはわかんないけどよ。舞台関連ならエリっていう女優も人気だって聞いたな」

「へぇ……」


 着々と頭の中に予定を立てながらも、私は引き続きレゴさんの話に耳を傾けた。けれど正直に言って、一度聞いただけじゃ覚えられそうない情報量である。すらすらと話すレゴさんに感心しながらも、私は引きつったような笑みを浮かべた。ポーマ、ラム、エリ。この世界では端名がその人の通称となるせいか、聞く名前が短いことだけが救いである。歴史の教科書のようにナンチャラ・ナンチャラーチャみたいな長ったらしい名前を暗記しなくて済むだけありがたい。それでも暗記が苦手な私としては、一気に三人の名前を覚えるのは難しいのだが。


「……なんというか、ムツドリの領地って娯楽が多いんですね?」

「ま、クドラの領地よりは多いな。ミツダツみたいに歌やら踊りやらを主軸ってわけにはいかねぇが、愛を題材にすると創作意欲が湧くって奴は多いさ」


 しかし、そこで疑問に思ったことが一つ。クドラではそれらの類を一切と見なかったから気にしていなかったが、絵や小説、演劇といった娯楽はこの世界にもあるらしい。クドラの領地よりも圧倒的に多く感じるそれに首を傾げれば、レゴさんはその理由を説明してくれた。成程、愛。どうやらここでも、幻獣族における信条が関わってくるらしい。国規模で変わるなら、もはや信条ではなく土地柄という言葉の方が近いのかもしれないが。

 美を重んじるミツダツ族が織りなす洗練された芸術とはまた違うが、ムツドリ族の愛を題材にした個性豊かな作品たちも同じく一つの芸術であると言えるだろう。絵や小説、演劇などは確かに私の居た世界でも愛を題材としたものが多かった。となると知を重んじるレイブでは研究発表会が多いのだろうか。駄目だ、またしてもレイブ族全員白衣眼鏡説が頭に浮かんでしまう。


「……クドラでは武闘会が開かれることが多い。それが主な娯楽となるな」

「へ、へぇ……」

「……まぁ、あそこの住民は例え戦えない奴だったとしても、戦いに興味があるのが多いよな」


 ぶんぶんと頭を振ることでその偏見を追い出して、けれどそこで小さく呟かれたシロ様の言葉に私はまたしても口の端を引き攣らせた。ぶとうかい。レゴさんの補足がなくてもわかる。これは絶対に舞踏の方でなく、武闘の方だ。クドラは戦闘狂、これに関しては偏見でもなんでもない私の経験談なのだから。戦いが娯楽。クドラ族の武闘会は、多分日本にあった相撲やら空手やらの格闘技よりも余程物騒なのだろうなぁ。私は遠くを見つめた。例えるならばボクシングやレスリングのほうが近いのだろう、恐らく。


「……お、大会といえば」

「?」

「いや、ムツナギのウィラって街でそろそろ飛行大会が開かれる時期だったなって思ってさ。お嬢ちゃん方は、赤い翼のやつを探してるんだろ?」


 あの穏やかなクスノさんやヒイラさんやケヤさんも、もしかして観戦が趣味だったのだろうか。カッシーナさんだったら一周回って納得できるのだが。私がそんな本人に聞かれたら怒られそうな事を考えていると、そこで何かを思い出したのかレゴさんが声を上げた。まるで重要なヒントを見落としていたと、そう言わんばかりの声音で。


「そう、ですけど……でもその大会に、何か赤い翼が関係するんですか?」

「ああ。飛行大会には当然飛ぶのに自信があるムツドリ族が参加するんだよ。更にウィラの街で開かれんのは、ムツドリの領地で指三本に入るでかい大会だ」

「な、成程?」


 しかし妙に得意げな表情のレゴさんの言葉の意味を、私はいまいち理解することが出来なかった。飛行大会。恐らくは飛ぶ大会か何かなのだろうが、それが私達の探す赤い翼に関わってくるのだろうか。領土全体で三本の指に入るならば確かに街規模としては大きな大会なのだろうが、そこに赤い翼への関連性は見られない。

 大きな大会だから赤い翼の持ち主をゲストとして呼んでいるとか、そんなことなのだろうか。けれどそれならばそうはっきりと話せばいいだけであるし。成程と言いながらも納得できずに居た私は、そこでちらりとシロ様の方へと視線を向けた。わかる?という感情を含んだ視線である。私のそれに一瞬シロ様は呆れたように瞳を伏せて、されどそのまま見捨てるほどシロ様は冷たい子ではない。シロ様はレゴさんへと問いかけた。


「腕利きの者が出るならば赤い翼の者が出る可能性が高い、と?」

「あ……!」

「そういうこった。現にウィラの大会では、これまでに一度だけ赤い翼の持ち主の出場が確認されてる。ノーチャンスではないだろ?」


 シロ様のその問いかけで、漸く私は納得することが出来た。そうか、誰よりも自由に空を飛ぶことが出来るらしい赤い翼を持つムツドリ族。赤い翼の持ち主ならば、他のムツドリ族よりも優勝に有利になる。大きな大会ならば商品も豪華になるのだろうし、勝てる可能性が高い彼らが参加しない理由は少ないだろう。

 しかもレゴさんの話が本当ならば、その大会には過去に赤い翼の持ち主が参加した例もある。赤い翼を探しているとは言え手がかりがゼロである私達にとって、その大会は大きなチャンスになるはずだ。思い出してくれたレゴさんに感謝しつつ、私はそこでシロ様の方へと視線を向けた。こちらを何故か不思議そうに見つめている彼の方へと。


「……お前にしては察しが悪かったな」

「う……元々察しなんてよくないよ」


 大変居心地の悪い謎の視線の理由。それを無言で問いただせば、シロ様はことりと首を傾げて問いかけてきた。どうやらシロ様は私が自力で答えを導き出せなかったことを奇妙に思っているらしい。少々買いかぶり過ぎだと思わなくもないが、確かにそれは自分でも思った。わかりやすいヒントがいくつもとあったのに、何故足元に落ちている答えだけを見逃してしまっていたのだろうかと。だが時にはそんなこともあるはずだ。灯台下暗しなんて言葉もあるくらいだし。


「……えっとレゴさん、その街にできるだけ近づいてもらえますか?」

「おう、いいぜ。……ああでも勧めておいて難なんだが、ウィラの街に行くなら気をつけろよ」

「え?」


 でも何故か赤い翼の持ち主が参加するわけがないと、そんな思い込みが心のどこかにあったのは事実だ。自分でも謎なそれに首を傾げながらも、私はレゴさんにウィラの街へと近づくことをお願いした。すると進路が大きくずれていたわけではないらしく、レゴさんは二つ返事で頷いてくれる。これでひとまずは何かしらの手がかりに辿り着けるかもしれない。一歩と進捗があったことに安堵して。

 しかしそこで眉を顰めた彼から告げられた言葉に、私は間抜けな声を零した。たった今勧められたはずなのだが、やはりオススメではないのだろうか。首を傾げる私を見て、レゴさんは眉を下げる。情報収集としては大きな街だし優秀なんだが。そんな前置きを置くと、彼は深い溜め息を吐いた。そうしてその溜息と共に、レゴさんはとある情報を落とす。そしてその言葉に、私は凍りつくこととなった。


「最近あの辺り、奴隷騒ぎで事件が起こったばかりなんだよ」

「え……?」


 奴隷。物騒な響きに息を呑めば、隣のシロ様の気配が鋭くなったのがわかった。到底予想していなかった言葉を前に硬直した私を他所に、シロ様はレゴさんに問い質すような視線を送る。一体どういうことかと、そんな色を以て。

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