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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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六十五話「花びら舞う中」

「こんなんでも俺は凄腕なんでね、道中は安心してくれていいぜ」

「ま、違いないわね」


 ぽかんと翼を広げたレゴさんを見つめていた私。突然人の背中から翼が生えてくるだなんて、そんなのをどうして想像できるだろうか。けれどそんな間抜け面の私にも、レゴさんはにかりと快活な笑顔を向けてくれて。

 得意げに口の端を持ち上げるレゴさん。そんなレゴさんを見て肩を竦めながらも、カッシーナさんは彼が発したその言葉に同調してみせた。レゴさんにはどこか辛口な態度を見せるカッシーナさんが否定しないのなら、その言葉に嘘はないのだろう。彼の腕は確かであり、空路と言えど大きな不安を持つ必要はない。


「嬢ちゃん達がどんな奴に追われていようと、好きなところまで送り届けてやるよ!」 


 そこでどんと自分の胸を叩いてみせたレゴさん。しかしそんな彼を前にしても、私は素直に頷くことが出来ずにいた。カッシーナさんが用意してくれたという足。それは気球のことであり、それを操縦することが出来るレゴさんのこと。

 確かに現在街をうろついているであろう怪しい人物のことを考えると、陸路を行くのは危険かもしれない。何故ならば相手はシロ様と同じ、クドラ族の可能性が高いのだから。しかしいくらクドラ族とは言え、気球で赴く空路を追ってくるのは容易ではないはず。それならば大人しくカッシーナさんの厚意に甘え、レゴさんを頼るのが一番だ。いくら戦うための能力があるとは言え、シロ様を無為に危険に晒したくはない。相手がクドラ族ならば、危険な状況になる可能性だって高いのだから。


「……ミコさん」

「っ!」


 けれどそこまで厄介になって良いのかという迷いが、素直に頼ることへの壁を作り出す。いくらカッシーナさんたちが事情を知らなかったことにしているとは言え、このやり方では何かを察して私達を逃がしたことになってしまうのではないか。そうなれば迷惑が、もしかしたら迷惑では済まないような厄介事が、この優しい宿の人達に降り掛かってしまうのではないか。しかしそこで迷い拳を握った私の名前を、優しい声が呼んだ。


「この宿は何度か、行き先に困った人達を逃しているんだよ」

「え……?」

「そして、それが一度も追う側の人にバレたことはないんだ。なんせ操縦者が優秀だからね」


 促すような声に視線を上げれば、穏やかを体現したかのような緑色と視線がかち合う。こちらを宥めるような言葉を紡ぎながらも、大丈夫だと優しく微笑んでみせたケヤさん。そんな彼の言葉に、心はまた揺らいだ。頼っても良いのだろうか、甘えても良いのだろうか。そうして揺らぎ始めた心は、ついには優しく抱きとめられる。温かい笑顔を浮かべた、カッシーナさんの腕によって。


「ミコちゃん。アタシたちのことは心配しなくてもいいわ」

「……でも」

「大丈夫よ。最悪、レゴが勝手にやったことでぇすって乗り切るから」

「オイ」


 そのまま私をぎゅっと抱きしめたカッシーナさん。相変わらずその感触はどこか硬かったが、夕暮れに抱きしめられた時とは違いその力は包み込むかのように優しくて。そんな風に私を優しく抱きしめながらも、カッシーナさんは宥めるような声を紡ぐ。音程は変わらずの重低音ではあったが、その中にはどこか泣きじゃくる子供をあやすような優しさがあった。

 ……良いのだろうか、甘えても。私達はこの人達とは無関係な、ただの他人なのに。それなのに甘えて迷惑をかけて、そうやって生きてもいいのだろうか。どれだけ優しく宥められても、迷いはまだ心の中にあった。しかしそんな私の耳に、一つの言葉が届く。

 

「……だからこのまま逃げて。そしてアタシたちに、無事に逃げれたんだなって思わせてね」

「……!」

 

 それは希うような言葉だった。静かに、優しく、ただこちらの無事を願うように落ちてくる声。私の頭を優しく撫でながらも、言い聞かせるかのようにカッシーナさんは言葉を紡ぐ。まるで、本当のお姉ちゃんのように。

 そこまでされて、そんなことを言われて、首を横に振れるほど私の心は大人になりきれなかった。私はそこで漸く、促されるがままに頷く。その瞬間安心したかのような溜息がカッシーナさんの口から漏れたのを聞いて、私はたまらず泣き出しそうになってしまった。きっとこの人は、この人達は、ただただ私達の身を案じてくれている。心の底から私達の無事を願ってくれている。それが優しく抱きしめてくれているその腕から、痛いほどに伝わってきたから。

 

「ミコちゃん、シロくん!」

「……クスノ、さん」

「良かった、間に合ったのね」


 しかし、そこで聞こえてきた声。どこか焦りの滲んだその声に反射的に顔を上げれば、同時にカッシーナさんの腕から解放されて。それがなんだか名残惜しく感じながらも、私は声の聞こえた方へと振り返る。そこには想像した通り、クスノさんが立っていた。隣にはヒイラさんも居る。余程急いで来たのか、いつもはきっちりと結ばれている結髪がほつれかけているクスノさん。そんな彼女は、見覚えのある若草色を抱えていて。


「ミコちゃん、これを持っていって」

「こ、これは?」

「私やカシが貴方くらいの頃に着ていたお着物よ。若い人から見れば古臭いかもしれないけれど、作りはしっかりとしているから」


 ただその若草色の風呂敷もどきは、桃色の着物を入れていた時よりも明らかにぱんぱんに膨れている。それを差し出されたことに動揺しつつも問いかければ、柔らかい笑顔と共にクスノさんは頷いた。膨れ具合を見るに、何着か重ねられているのだろう。一着だけではこんなにも膨れ上がらないはずだ。

 けれど、それを受け取るのにもまた躊躇いがあった。だって言葉から察するに、この中に入っているのはクスノさんやカッシーナさんの思い出の品に違いない。それと同時に決して安いものでもないはず。そんな大切な品を出会ったばかりの私が受け取って良いものなのかと、手を伸ばすのはどうにも憚られて。しかし私の方へと差し出されたそれが、揺らぐことはなかった。


「これを着たミコちゃんが、いつか見たいわ」

「……!」

「だからまた、泊まりに来てね」


 包を私の方へと差し出したまま、優しく笑ったクスノさん。私がいつか告げた言葉をなぞったそれに、心が震えたように感じたのは錯覚だろうか。またと、そう言われてしまったのならば受け取らないわけにはいかない。私だってまた、今日のように桃色に身を包んだクスノさんに会いたいのだから。

 言葉もなく頷きながら、包を受け取る。包は重かった、見た目以上に重く感じた。きっとそれは私が、クスノさんとカッシーナさんの思い出を受け取ったように感じているから。そして実際その通りなのだから、この品たちは大切にしなければ。返ってきた若草色の風呂敷を抱きしめ、クスノさんへと微笑む。そうすれば千年樹の色に身を包んだ彼女は、同じように笑い返してくれた。


「貴方には、これを」

「……これは」

「お弁当というやつですよ。お嬢さんと道中にでもお食べになってください」


 しかし私がクスノさんとそんなやり取りを繰り広げている中、どうやらシロ様も同じようにヒイラさんから何かを頂いていたらしい。紫の風呂敷で包まれた、お弁当箱。いやお弁当箱と呼ぶには些か段数が多く、重箱に近い気がするのだが。風呂敷の上からではわからないが、見た感じ五段くらいはある気がする。最もシロ様は私と違いそんな疑問を抱くこと無く、頭を下げると同時に素直に包を受け取っていたのだが。


「……お二人共、良い旅を」

「は、はい! お弁当、ありがとうございます!」


 二人分のお弁当にしては些か多すぎないだろうかと、思わず二人のやり取りを凝視していた私。しかしそうして凝視していれば、ヒイラさんと目が合ってしまうのは当然のことで。ぱちり、そこで目が合った穏やかな老紳士はにこりと微笑んでくれた。そうして頭を下げられてしまえば私には突っ込む余裕もなく、ただただお礼を言うことしか出来ない。慌てて頭を下げ返せば、何が面白かったのかヒイラさんはどこか楽しそうに微笑んでいた。なんというか、最後まで掴めない人である。


「さてと、お別れは終わりか? ならそろそろ出るぞ」

「あ……そう、ですね」


 そうして、全員となんやかんやとお別れを済ませて。私とシロ様はリュックとエコバッグの他に増えた荷物を抱えながらも、そこで視線を合わせた。もう飛ぶための準備を済ませたのだろう、気球の中からレゴさんが声を掛けてきて。私達がもうこの街ですることはない。後は気球に乗って、一刻も早くここから離れるだけだ。

 それを強く自覚した途端、小さな寂しさが胸を突いた。こちらを穏やかに見守ってくれているケヤさんや、泣きそうな顔をしながらも手を振ってくれているカッシーナさん。夫婦揃って促すような視線を送っている、クスノさんとヒイラさん。この街で出会ったこの人達と、別れなければいけないのだと。


「……ミコ、鞄を開けられるか」

「え……?」

「羽を取り出してくれ」

「う、うん」


 しかしそこで大きなお弁当箱を抱えたシロ様が、私へと声を掛ける。羽とは、あの極悪蝉の羽のことだろうか。それ以外に羽の心当たりがない。何故ここで突然あれを取り出そうとしているのかがわからずに、首を傾げて。けれどシロ様が言うことに、何の意味もないわけがない。

 シロ様の背後へと周り、その背に背負われたリュックを開ける。そうしてそのままクスノさんから貰った風呂敷を仕舞うと同時、頭の中で唱えた。蝉の羽が一枚だけほしいと、それだけ。声に出しては不自然だから、あくまで心の中で。そうすれば有能なリュックくんはお願い通りに羽を吐き出してくれる。私の手には到底重すぎる鋼鉄の塊は、そのままごとりと地に落ちた。


「……店主」

「え、僕?」

「ああ、お前だ」


 足の上へと落ちそうになったことに一瞬ひやりとしつつ、私はリュックのチャックを締める。するとその動きを感じ取ったのか、シロ様はそこでくるりと振り返った。そして振り返ると同時、少年のまだ幼い手のひらは足元に落ちた鋼鉄の羽を拾い上げる。いつの間にか大きなお弁当箱を片手に抱え、もう一つの片手には決して小さくはない鋼鉄の塊を抱え。そしてシロ様は、ケヤさんの方へと歩み寄った。突然声を掛けられたことに驚くケヤさん。しかしそんなケヤさんの態度を、シロ様は露程にも気に掛けず。


「刀を向けた詫びだ。好きに使え」

「えっ……えっ!?」


 ごとり、また地面に重い音が響いた。鋼鉄の塊はリュックの中からシロ様の手へ、そうしてケヤさんの足元へと移り渡っていって。当然突然謎の物体を押し付けられたケヤさんは、戸惑うような声を上げていた。されどやっぱりシロ様はそんなケヤさんを気にかけること無く、すたすたと私の前へと戻ってくる。私は行くぞと言わんばかりに真顔のままこちらを見上げてきたシロ様に、苦い笑みを浮かべた。相変わらずマイペースでいらっしゃる。

 だが、そんなシロ様のマイペースさが別れの痛みを和らげたのもまた事実で。辺りを見渡せば、先程までのしんみりとした空気はどこへ。皆が皆、突然現れた鋼鉄に戸惑ったような空気を見せている。それを見ていれば、心はまた凪いでいった。そうだ、これは決して永遠の別れではない。次がある、そんな別れだ。


「……皆さん、本当にありがとうございました!」


 声を張った、できるだけ。そうすれば鋼鉄へ向かっていた視線は、一斉にと私の方を向いて。それにへらりと笑顔を返すと、私は空いている方のシロ様の手を握った。すぐさま握り返されたそれの温度は、やっぱり私の手よりも温かい。


「いつか、いつか、また会いに来ますから!」

「……ええ、待ってるわ」


 泣かないようにとシロ様の手を強く握って、頭を下げて、そうして笑って。最後の一押しと言わんばかりに返ってきたカッシーナさんの言葉に、私は思い切り頷いた。また必ず、会いに来よう。ここに訪れよう。今日の感謝を告げるため、何も聞かずにいてくれたこの人達に事情を全て話すため。そのためには、今は行かなくては。


「行くぞ」

「うん」


 握った手が引かれる。促すようなそれに迷いのない返事を返せば、シロ様は僅かに微笑んでくれた。二人でそのまま、見送ってくれる人をもう振り返ること無く、気球の方へと歩いていく。

 そうしてレゴさんが待つ気球へと乗り込もうとしたその瞬間、柔らかいものが頬を撫でた。誰かの手の感触ではない、けれど覚えのある感覚。花びらだと、そう直感した。街に来た時も祝福するかのように頬を撫でた花びらは、しかし出立の時も私達の道を祝福してくれるらしい。いつかまた訪れた時も、同じように祝福をしてくれるだろうか。その願いが、いつかが訪れた時に叶ってくれることを願って。


 二人手を繋いだまま、気球へと乗り込む。乗った気球が高度を上げて、徐々に地面が遠くなっていく。熱の気配と、風の気配。それを背後に感じながらも、私は地面で手を振ってくれている人達にただひたすらに手を振り返した。その姿が小さくなるまで、そして完全に見えなくなるまで、ずっと。







 

 城崎尊、元女子高生。現在異世界で出会った少年、シロ様と共に旅人をしている私は、こうしてブローサの街を出た。森で暮らしていた時よりは生活面での不安が片付いたとは言え、追手やら各地で出没しているらしい災害級の魔物やら、新たに増えた不安要素はまだまだ心の中。

 けれど別れも痛みも、その全てを一緒に背負ってくれる人が隣に居るのなら。それなら大概のことはどうにかなるんじゃないかと、そう思ってもいたりする。繋いだ手から伝わってくるのは、信頼を示す一定の脈拍。今となっては一歩と詰めた距離が、確かな前進として進んでいる感覚。そんな揺るがない確信が、心の中で息衝き始めていたのだから。

これにて第二章は終幕となります。この後一週間ほどのお休みを頂き、次回更新は10/10の月曜日です。

現在、総合評価が100ポイントを超えました。評価、ブックマーク、いいねなどの応援、いつもありがとうございます。小説を書く上での大きな励みになっています。自分ではどうしても見落としてしまうところがあるので、誤字報告についても大変ありがたいです。この作品を応援してくださり、本当にありがとうございます。


遅筆で展開が遅く、読者の皆様には歯がゆい思いをさせてしまっているかもしれません。ですが未熟な腕ながらも完結まで力を尽くしていくつもりなので、これからも「四幻獣の巫女様」と尊の旅路を応援していただけたら幸いです。

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