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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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四十六話「三種の神器?」

 がらり、一度開けた引き戸が閉まる音。それになんだか無性にほっとしてしまうのは、初めて体験した本格的な採寸という行為に存外緊張していたからだろうか。ふぅと一息吐いて、そうして私は足元へと下げていた視線を上げた。瞬間、こちらを見つめていたシロ様と視線がかち合ったことに苦笑を零しつつ。


「後は、調味料とかの日用品かな」

「……そうだな」


 一度首を軽く横に振って、そうして一言。気の抜いた笑みを向ければ、無表情ながらも心配するかのように曇っていた少年の顔は安堵したように晴れた。少々気疲れしてしまっただけで、何の心配もいらないと言うのに。少々シロ様は心配性がすぎるというか、なんというか。

 まぁそれもよくよく考えれば普通のことなのかもしれない。気丈に振る舞ってはいるが、シロ様はまだ凄惨な事件を体験してから日が浅い。家族を失った以上、これ以上誰も失いたくないと近くにいる相手に過保護になるのはおかしいことではないだろう。さらに言えばその家族と違って、私はあまり丈夫と言える方ではない。きっとクドラ族と比べれば、大体の人間は弱いという分類に分けられてしまうはずだ。彼の目線で見れば私は弱く、いつ倒れるかもわからない存在。シロ様は人間でないからこそ、その限界だっていまいちよくわからないだろうし。


「……この世界の日用品、興味あったんだよね! お店はわかる?」

「ああ。行くぞ」


 そんなシロ様に、心配は必要ないとは言えない。だから私に出来るのは、少しでも明るく振る舞ってその不安を解くことくらいだ。明るく問いかければ、今度こそ不安を完全に消し去ったシロ様が頷く。うん、やっぱり。シロ様は不遜な表情を浮かべているくらいが丁度いいのだ。

 私の問いかけに思考を切り替えたのか、歩き出したシロ様。さて次は日用品かと、離れすぎない内に私はその背を追う。いい加減服の裾を掴むのはやめるべきだろうかなんて、そんなことを考えながらも。


「そういえばどんな調味料があるの? お塩とかお砂糖はある?」

「……流石にあるが」


 迷いの末結局裾は掴ませてもらいながらも、私はシロ様に話しかけた。この辺りは商業区。入り口ほどではないが、人の行き交いは多いのである。年上としては少し情けない話だが、そんな威厳よりも迷子という面倒事を避ける方が大事だ。そう考えて裾を掴んだ私の方を、怪訝そうにシロ様は振り返る。恐らく怪訝に思ったのは裾を掴んだことにではなく、質問の内容にであったが。


「私が居た世界はお砂糖とかが貴重な時代があってね。こっちはそういうのないんだ?」

「……調味料の生産は主にレイブ族と、その領地に住む住民が行っている。その生産が不安定になったという話は、今まで一度も聞いたことがないな」

「へぇ、レイブ族……」


 歴史で習ったことを説明しながらまた問いかければ、納得したらしいシロ様が視線を外しながらも頷く。どうやらこの世界は私が居た現代と同じく、調味料の安定供給が出来ているらしい。街並みや使っている道具を見るに、時代は一昔ほど前に思えるのだが。なんだか不思議な話である。


「あんまり聞いたことなかったけど、レイブ族って研究とかそういうのが得意なの?」

「ああ。レイブ族は知を重んじる一族で知られている。神聖時代に掘り起こされた秘具の復元や作成を行うのも、主にあの一族だな」


 ひとまず調味料の安定供給に一躍買っているらしいレイブ族が気になって質問を重ねれば、シロ様は歩きながらも淡々と説明を続けてくれた。成程、知を重んじる一族。武を重んじる一族であるクドラ族とは真逆にも思える、そういう幻獣人も居るのか。確か土の魔法が得意だったはずだし、物を作ることが好きなのかもしれない。

 ということはやはり、全員研究者スタイルなのだろうか。レイブ族全員眼鏡説。しかし一瞬浮かんだその思考を、私は首を振ってかき消した。研究者イコール眼鏡という偏見じみた発想は、どこかに怒られてしまいそうだったので。


「……ええと、秘具って復元出来るものなの? 神様たちが使ってた道具なんだよね?」

「いや、完全復元の例はいくつかある。中にはお前が気にしている調味料もある……というか完全復元した秘具は、調味料が殆どだ」

「ええ!?」


 どこかに怒られてしまいそうな思考はぽいと投げて、改めて別に質問を。けれどそこで返ってきた意外過ぎる返答に、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。慌てて口を抑えるも、時既に遅し。近くを歩いていた人達は不思議そうな視線をこちらへと集中させて。それに恥ずかしくなって、私は赤くなった顔を隠すように俯く。こころなしか前方を歩くシロ様から、呆れたような視線が飛んできている気が。


「あまり目立つことはするな」

「うう……ごめん。ちょっと驚いちゃって」


 気のせいじゃなく飛んできていたらしい。素直に謝って、私はそこで視線を上げた。気恥ずかしさから私の顔はまだ赤いが、もうこちらに視線を向けてくる人は居ない。たかだが往来で大声を上げた人間に対する反応など、まぁこんなものだろう。私は胸を撫で下ろした。

 それにしても、私が思うよりもレイブ族という種族はすごいらしい。同じ幻獣人の中のクドラ族であるシロ様がすごいのだから、それと並ぶ種族もすごくて当然なのかもしれないが。まさか神様が使っていた道具(調味料ではあるが)の完全復元に成功しているとは。しかも例がいくつかある。ところで秘具とされた調味料とは、どんな味なのだろうか。すっごく美味しいのだろうか。


「ねぇシロ様、どんな秘具が完全復元されたの? 名前はある?」


 神様が使っていた調味料。人並みに美味しいものが好きな私としては、気になって仕方がない。そんな貴重な物がこれから行く場所に売られていることはないだろうが、それでも好奇心というのは抑えられないのだ。わくわくと、問いかけた私。しかしそこに返ってきた答えは、あまりにも予想外の答えだった。


「一例を上げるならば……ケチャップ、マヨネーズ、中濃ソースだ」

「……え?」

「ちなみに市販までに至っている。味は良いが、今の時代ではお前が思うよりも特別じゃないぞ」


 ケチャップ、マヨネーズ、中濃ソース。聞こえてきたのはそんな、現代日本で生きてきた身としては身近にあった名前達。一瞬理解できなくて硬直して、けれどシロ様に容赦はない。開発に成功したのは大分昔で、市販もされているらしい。

 あまりのことにショックを受けて動けない私。だが裾を掴んでいるのをいいことに、シロ様が歩みを止めることはなかった。半ば引きずられるかのように進んでいく私を、気に留めるものなど誰も居ない。それはそうだろう。何せ先程のような大きな声を上げてもいないのだから。


「元はそれらが入っていた容器にお前の持つ鞄のような永久保存機能があり、そちらを作りたかったらしいが……何を間違ったか、いつからかレイブは調味料の方を重視するようになったな」

「…………」


 神様の調味料が、ケチャップにマヨネーズとソース。いや美味しいのだが、とても美味しいのだが! なんだかこれじゃない感がすごいのだ。神様って言うくらいなのだからもっと、それこそ私の知らない名前が上がったっていいのに。上げて上げて上げて、最後に落とされたような気分である。

 そしてレイブ族。インテリ系で格好いいなと感心していたのに、どうやら彼らは食いしん坊族らしい。まぁクドラ族が戦闘脳の物騒族であることを省みるに、レイブ族にだって変人要素はあると思っていたけれど。確かに食は大事だし、美味しいご飯に調味料は欠かせない。だが最初の目的を忘れるのはどうなのだ。ケチャップを解析して開発して、市販が出来るまでにしているのには素直に感心できるのに。


「着いたぞ」

「……ウン」


 なんだか釈然としない物を感じつつも、しかしそこで店に辿り着いたらしい。先程寄った二軒とは違い、人が賑わう商店。恐らく食料品や調味料などが売っている、一般市民向けの店なのだろう。既視感のあるそれに若干安堵して、けれど胸の中に染み付いたこれじゃない感は消えてくれなかった。ケチャップとかが普通に売ってる別世界ってなんなんだ。


 その後、買い物は今までになく順調に進んだ。なんせ過去の二軒とは違い主婦らしきご婦人方が決闘を、時には集団での戦争を繰り広げる光景は、私にとっては大変馴染み深い物であったので。わかったのは、セールに似た文化がこの世界にもあるのだなということ。

 買ったのは塩に砂糖、胡椒。あとは普通に売っていた醤油に料理酒とみりん。それと、先程シロ様に説明を受けた三種の神器まで。先に説明を受けていなかったら混乱しただろうななんて考えつつ、私は遠い目で手の中にある赤い液体を見た。どうやらこの世界の料理に、私は深く馴染めそうである。なんせ商店の棚に並んでいたものは、私が良く行きつけのスーパーで売っていたものと差異はなかったので。

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