三十四話「風為の白爪牙」
「秘術……?」
私はシロ様の言葉に首を捻る。秘術とはつまり、必殺技みたいなニュアンスの言葉だろう。もしくは、奥の手とでも言うべきか。なのに武人が多いと噂のクドラの秘術が、武器を作る技。私はそれに、何だか納得がいかなかった。必殺技とはもっと爆発が連続で起こるような、高波に巻き込まれるような、そんな派手な技ではないのだろうか。
「ああ、名称を風為の白爪牙。己の魂にそぐう武器を形作る、クドラの武人なら誰もが覚える秘術だ」
カゼタメのハクソウガ。う、名前はかっこいい気がする。そうしてシロ様の注釈も、またかっこよかった。魂の形にそぐう武器、ってその言い方がずるい気もするけれど。そういうのに疎い私がこうなのだから、中学の時に若干中二病の気が合った橋本くんなら余計にテンションが上がったはずだ。けれども蝉を真っ二つに解体していくシロ様の言葉に、私はまた引っかかりを覚えた。
「……秘術なのに、皆覚えてるの?」
「当然だ。それが使えなければ、クドラにおいて武人は名乗れない」
必殺技なのに、皆覚えている。それは必殺技として良いのだろうかとまた引っかかって、しかしシロ様の言葉に私は納得する。成程、それが使えてクドラ族の人は武人を名乗れるようになるらしい。そういう掟ならば、全員が使えて当然なのかもしれない。
納得した私を他所に、シロ様は何かを考えるように顎に手を当てる。そうして一拍の間の後、シロ様は指先で私を手招きした。先程あまり近づくなと言われたはずだが、良いのだろうか。私はそんなことを考えながらも、おずおずとシロ様に近づく。そうしてある程度近づいたところで、私の眼前にシロ様の刀が持ち上げられた。自然と視線は、目の前にある太刀の刃に吸い込まれて。
「見えるか?」
私の目の前まで刀を持ち上げて、そんなことを問いかけるシロ様。見えるかとは、何のことを言ってるのだろう。しかしそう考えていた私の視界に、そこで奇妙な物が映る。私はそれに、思わず瞬きを繰り返した。気のせいでなければこの太刀の大半を占める、その刃。それが先程から一定間隔で、動いているような。
「……これ、動いてる?」
「そうだ。この刃の部分は全て、金属ではなく風の法術の塊になっている」
「へぇ……!」
ふと湧いた疑問をそのままに問いかければ、あっさりとした肯定が返ってきて。私はシロ様のその言葉に、感嘆の声と共にますますと目を凝らした。渦巻いている、とでも言えばのだろうか。白く可視化出来るほどに収縮した風の塊は、一定間隔で上へと流れ下へと流れ循環している。言われなければ鋼の刃に見えていたそれは、近くで見れば言葉の通り風の塊だった。
「我らクドラは力が強く、中には力加減が出来ぬ者も居る。普通の武器ではまともに振るっても、折れてしまうことが多かったらしい」
「……だから法術で、武器を作ったの?」
「そうだな。付け加えれば研鑽した風の刃は、鋼に勝る。より一層の強さを求め、この術が生み出されたという説もあったはずだ」
刀を興味深そうにまじまじと見つめる私に、シロ様は説明を続けてくれる。力が強すぎて武器を壊してしまうから、鋼の刃では強さが足りないから。聞けば聞くほど、この術が生み出された理由はクドラ族らしい。……いや、らしいというのは烏滸がましいだろうか。私はシロ様くらいしか、クドラの人を知らないわけだし。
しかしでも、シロ様はクドラの王子様だった人なのだ。見た目は儚げな白皙の美少年でも、その中身は日々研鑽を怠らず強さを求める武人。シロ様だったらそんなことをしそうだな、はクドラの人ならばそんなことをしそうだな、と同義語ではないだろうか。言い過ぎ、だろうか。
「……どうした?」
「え!? えっと……そう! ってことはクドラの人は皆、シロ様みたいな太刀を使ってるのかなぁって思って!」
「……まぁ、いい。答える」
そんなどうでもいいことを考えてうんうんと唸る私を見て、何か質問があると思ったのだろう。不思議そうにしたシロ様が、首を傾げてこちらを見つめる。いや、考えていたのはシロ様の手を煩わせる必要もないほど、どうでもいいことなのだが。クドラの人は皆シロ様みたいなんですか? そんな到底何の得にもならなそうな質問を慌てて頭から省きつつ、私はもう一つ気になっていたことを質問した。
私の知っている例はシロ様しか居ないが、クドラ族は皆シロ様のように太刀を使っているのだろうか。いやでも、先程己の魂にそぐうなんて言っていたし、人によって武器の形は異なるのかもしれない。降って湧いた疑問を投げかけた私に、シロ様は心得たという風に頷く。その瞳には若干訝しげな色が浮かんではいたけれど。
「簡潔に言えば、皆が皆太刀というわけではない。寧ろ我のような太刀は少ない方だ」
「そうなの?」
「ああ。多いのは槍や薙刀、小太刀だろうか。本人の法力の多さによって、武器の形は左右されるらしい」
クドラ族は幻獣人の中では平均的な法力は少ないほうだからな。そんなことを呟きつつ、シロ様は自分の刀を見下ろした。手持ちの部分、確か柄?と言っただろうか。その部分を軽く握り直しつつ、黒と白の瞳はその刃の部分を捉える。彼の身丈には少し似合わない、一般的なものよりも少し長く見えるそれを。
「法力が多ければ多いほど、刃の部分が増える。クドラ族で確認された中で一番刃の部分が大きかったのは、大太刀だ」
「えっと、大きい太刀ってこと?」
「簡潔に言えばそうだな。伝説ではその大太刀の持ち主は、一振りで城を真っ二つに割ったとか」
「わっ……!?」
成程、法力の多さで武器の形状は変わるらしい。法力が多ければ多いほど、刃の部分が増える。わかりやすくていいと考えて、しかし次の瞬間シロ様から告げられた言葉に私は言葉を失った。城って、私の知っているお城のことで間違いないのだろうか。頭の中に浮かんだのは、指定文化財に登録されていた日本のお城たち。それらが、真っ二つに切られる姿。その伝説の人はもはや武人とかではなく、一種の兵器なのでは……?
「かの人物は法力が多かっただけではない。その法力の扱いに関しても優れていたのだろう。今の我では到底無理だな」
「わ、割らなくていいよ……?」
「……高みを目指したくなるのがクドラの性だ」
つまるところ、その伝説の人は法力が多かっただけではなく、その使い方も上手だった。だからそんな芸当が出来ただけで、一般的なクドラ族はお城を真っ二つにしたりはしないらしい。私は内心安堵しつつ、目の前で憧れるように瞳を輝かせるシロ様に首を振った。お城を割られても困るのだ。というかそれは、犯罪ではないのだろうか。
だが私の言葉は、シロ様には全く届いていないらしい。さらりと落とされたとんでもない発言に、私は戦慄した。まさかいつかはお城を切ろうとでもしているのだろうか。向上心があるのは良いことだが、どうか犯罪に手を染めるようなことはしないでほしい。
「まぁ纏めれば、風為の白爪牙は法力によって刃の部分が増える。ただしそれを上手く扱えるかは本人次第だ」
「えっと逆に言えば刃が少なくても、使い方が上手ければ強いってこと……だよね?」
結局、シロ様のお城真っ二つ計画は完全に止めきれないまま話は収束してしまった。若干の不安が残りつつも、私はシロ様の言葉に頷く。一見法力が多ければ強いと思いがちだが、シロ様が言いたいのは結局使い方次第ということだろう。法力が多くても、使いこなせなければ意味がない。法力に驕り研鑽を積まなければ、使いこなした槍や薙刀の方が強くなるのは当然だ。最も、クドラに驕るような人が居るのかはわからないが。
「……ああ、そうだな」
「……?」
私の言葉に、シロ様は瞳を伏せて頷く。その表情は、私の気のせいでなければ少し綻んでいたような。けれど瞬きをすれば、そこにはいつも通り真顔なシロ様が居て。やっぱり、気の所為だったのかもしれない。本当に笑っていたというのなら、いまいち笑うタイミングが謎であるわけだし。
「……ちなみに、お前の指ならば触れた瞬間に落ちる可能性がある。間違っても触れるなよ」
「ひぇっ……!?」
だがそんなふんわりとした疑問は、突如として落とされた物騒な情報によって吹き飛んでいった。触れただけで指が落ちる、なにそれ怖い。そういう忠告は早めにしておいてほしい。私が興味本位で刃に触ろうとしたらどうするつもりだったのだ。いやまぁ、そうなる前に止めてくれると思うけれども。
眼前にあった刀から、そっと距離を取った私。そんな私の怯えた小動物のような動きに何を思ったのか、シロ様は少し楽しそうに笑っていて。その表情を見た私は、先程微笑んでいたように見えたのは私の反応を想像してのことだったのかもと思ったりしたのであった。




