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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第二章 虎耳少年と女子高生、旅の始まり
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二十九話「この世界で私だけの」

 時刻はすっかり夜。外界と隔てるかのように木々が深く生い茂っている森でも、僅かに差し込む光から昼夜は判断できるもので。そんな中私は、呆れたようなシロ様の視線を受けながら黙々と魚を焼いていた。ちなみに魚は、シロ様が遠く離れているらしい大きな湖から取ってきてくれたものである。私の記憶が正しければ、マスに近い見た目をしているような。


「力づくでも開かないことはわかっていただろう」

「う……」


 しかし目の前の少年は、そんな私の現実逃避を許してはくれないらしい。年下の少年に淡々と叱られるというのは、中々にダメージが来るものだ。シロ様が私よりもしっかりとしているのは、情けないことにとうの昔に織り込み済みだというのに。こころなしか今は私の肩に居るフルフも、呆れたような目を向けている気がする。

 あれから。結局格闘を仕掛けたところで開かずの裁縫箱は開くはずもなく、シロ様が帰ってくるような時間になってしまった。つまり何の成果も得られませんでした、ということだ。とはいえ家で私が一人で出来ることも限られているので、裁縫箱相手に格闘していたのは全く無意味ではないのだけど。身を以て知ることは出来たのだ。あの箱は、力で開くような代物ではないと。


「……実際、どうしたら開くと思う?」

「……そうだな、見せてみろ」


 焼けていく魚を眺めながら、私は手の中の裁縫箱を軽く揺らした。からりと音を立てて揺れたのは、中の刺繍糸が転がった音だろうか。その音に反応してか、ぴんと虎耳を立てたシロ様が近づいてくる。そうして対面側に座っていたシロ様は、私の隣に座った。私はそんなシロ様がよく見えるように、裁縫箱を彼の目前へと持っていく。直接渡せれば良いのだが、何故かこの箱は私以外が触ろうとすると謎の電流を発生させるのだ。


「ピュ……?」


 じっと、白と黒の瞳が箱を見つめる。その真剣な表情を見れば軽口を叩く気にもなれず、私もまた自然と黙り込んでしまって。いつになく静かな雰囲気に、フルフが戸惑ったような声を上げたような気がした。けれどそれを気にかけてあげる余裕もないまま、私は裁縫箱を見つめるシロ様をじっと見つめて。

 力づくで開かない私の宝箱。それは一体、何が原因なのだろう。少なくともこの世界に落ちた日、その日の部活の時間には確かにこの箱は開いた。それならばこの世界に落ちてきたことが、開かない原因なのだとは思う。壊れて金具がおかしくなってしまったか、それとも別の理由があるのか。問題は、そこがわからないところだ。


「……やはり、封印が施されている、のか?」

「え……?」


 むむと眉を寄せても答えは出ないまま、暫くの間沈黙は続いて。しかし長い沈黙の後に聞こえたシロ様の声に、私は戸惑ったような声を上げた。何故ならばその声はいつになく彼らしくない、迷いと困惑に満ち溢れたものだったので。


「何かしらの法術の気配は、ある。だがそれが何かは、わからない」


 そうして実際シロ様は、戸惑っていたらしい。酷い難問に直撃したと、その顔が語る。わからないのだ、シロ様でも。私と違いその気配を探ることは出来ても、それでもわからない。この箱に隠された謎がなんなのか。


「……でも封印なら、四属性全部調べたんじゃなかった?」

「ああ。だから、残るはあと一つのはずだ」

「あと一つ、って……」


 しかし封印が施されている、それは変な話だと私は首を傾げる。以前この箱が開かないと判明した時も、シロ様は一応四属性分の封印解除の法術を使ってくれたはずなのだ。結果は御存知の通り、開かないままに終わったのだが。だから今更封印がどうとか、そういう話ではないような。

 けれどシロ様は私の問いかけに頷きながらも、そこで静かに瞳を伏せた。そんな彼が語るあと一つなんて、考えるまでもなく答えは出てしまって。法術は基本的には四属性。だがその外に、一つだけシロ様が使えない属性の法術がある。いいやシロ様というよりは、この世界で生きる殆どの人が使えない法術。一つだけ浮いている、特別な法術。


 シロ様が嫌いな、金という属性。


「……だがあれのような、悪趣味な気配は感じない」

「……そうなの?」

「ああ。だからこそ、正体を掴めない」


 その文字を私もシロ様も、直接言葉にすることはなくて。ただ嫌な話をしたと告げるように、シロ様が顔を顰めながらも考えを続けるから。私はその話から逃げるように、曖昧な相槌を打った。そうすれば一瞬冷え込んだ空気は、一気に元の温度を取り戻す。そのことに内心で安堵しつつも、私は重なる謎にパンクしてしまいそうだった。

 四属性の封印ではない。ならば金の封印なのかもしれないが、金のような気配(悪趣味らしい)も感じない。つまるところ、お手上げである。いいや、何かの封印が掛かっている可能性が高いとわかっただけ進歩はしたのかもしれないが。


「うー、わかんないね……」


 だが結局、裁縫箱を開ける手がかりはないのだ。地面に転がって駄々を捏ねたいような感情になって、しかしそんな自棄を何とか抑え込む。そんなことをしたらシロ様に極寒の目で見られてしまうのは、想像しなくてもわかるのだ。


「……もしかすれば、その箱にはお前の力が関わっているのかもしれない」

「え?」


 しかしそうして考えを放棄しかけた私とは裏腹、シロ様の思考はまだ続いていたらしい。漸く焼けた魚を大きな葉の上に回収しながら、シロ様は眉を寄せたまま告げる。その葉っぱに飛びついていったフルフのことは無視して。

 力。そういえばそれもまだ見つかってないのだと思い出した。シロ様曰くこの世界に神の領域を通って訪れた人間は、そこで神様から何かしらの力を貰う。私が神の領域とやらを通ってきたのは、その持ち物を見れば一目瞭然で。しかし私自身には、何の力もない。一度持ち物が私の力ということなのではと尋ねたこともあるが、それには首を振られた。力は必ず、私の中に灯るはずなのだと言われて。


「例えば、この箱に封印が掛かっていると仮定して」

「……うん」


 シロ様が箱に手を伸ばす。しかしその指は、触れる直前になってぱちりと弾かれてしまった。しかしそれは想定済みだという表情を浮かべたまま、シロ様は言葉を続ける。変わらず箱は、私の手の中では大人しいまま。私に危害を加えることは一切ないまま、私の手の中で静かに佇むだけ。


「もしそれが、本来この世界の人間が持つことのない全く別の属性ならば」

「……!」


 一瞬シロ様が弾かれたそれを、まるで結界のようだと思った。シロ様が張る結界のように、外の者には触れさせないような力。そうして降って湧いたようなその思考は存外、私にしては的を得ていたのかもしれない。

 この世界の人にはない、全く別の属性。続けられたシロ様のそんな言葉に、私は短く息を呑む。シロ様が言いたいのは風でも火でも、土でも水でもない。ましてや金というわけでもない。誰にも宿っていない、その名前すら無い、たった一つの属性。その属性による封印が、私の宝箱に掛かっている可能性。


「ミコ。お前だけが持つ属性ならば、それは我がその箱に触れない理由にもなる」


 謎を一纏めに一つの仮説を断じた少年が、こちらを真っ直ぐに見つめる。その手元では、フルフが美味しそうに魚を貪っていて。けれどそれら全てが目に入らないほど、空腹を忘れてしまうほどに、私の中には稲妻のような衝撃が走っていた。ぎゅっと、裁縫箱を抱きしめる力が強くなる。

 私はもしかして少し、思い違いをしていたのだろうか。シロ様が、私の裁縫箱に触れられないのではない。私が、この裁縫箱に触れられるのだ。それは私とこの宝箱が、稀有な同じ力を宿しているから。そう考えれば、どこか納得にも似た感情が私の心の中に満ちていって。


「……開けてみろ」


 どこか確信を持った声が、私の背中を後押しする。それに言葉は返さず、ただ無言の頷きだけを返して。手の中にある宝箱。震えた指先が、金具に掛かってぱちりと音を立てる。力勝負をしても一切開かなかったそれが、あっさりと開くさま。それに心が震えそうになって、泣き出しそうになって。けれど指を止めぬまま、私は今度は木の蓋の方に指先を掛ける。そうして。


 そうして、私は私だけの宝箱を開けた。

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