2-15 「友達のリアム」②
遠い空、そのさらに一段向こう側から血液が染み出すように夕闇が侵食してきていた。
俺、姉、リキマル、リアムの四人が高い屋根を選んで跳躍し、心臓の鼓動よりも早く足を踏み出し続けている。リアムはリキマルに抱えられているが、一応はその状況は把握しているらしく、なすがままだ。リアムの中でも御剣理昇はそれなりに暴力として数えられているようだった。
「二キロ離れたら煙幕、囮、隠蔽の順番で使用してくれ! それから兄さんの援護に入る! 姉さんはリキマルからリアムを受け取って、日守に向かってくれ! もういいや! どうでも!!」
かなり投げやりで話を進める。
実際、御剣理昇が俺の家を襲撃してくれたおかげで話が手っ取り早くなった。
相手が暴力を使用してくる以上、こちらも暴力で相対できる。しかもどうやらあいつらも状況をあまり理解していないようなのでなお良しだ。
もうちょい言わせてもらえるならリアムの話が全部終わってから襲撃してもらいたかったが、御剣理昇にもなにか思うところあるのだろう。リアムから話を聞き終わってから御剣理昇を脅せばこの辺は手打ちになる。下手に突っ込んでいって御剣理昇が暴れると大事になるので、この一件を忘れてもらえるだけで済ませられるなら問題ない。
そもそもこの一件の俺が御剣理昇にリアムのことについて口を滑らせたのが発端であるっぽいのであまり先に進む必要はない。
しかし御剣理昇自体に、俺へのヘイトがあったようなのは気にかかる。
個人的な覚えはないが、わりと雑に仕事をこなしているのでどこかで御剣理昇への恨みを買っているのだろう。それを表面化させてしまったのが今回の問題だ。
もともと俺は細かい性質ではないのでいずれどこかで起こる問題だったと考えられる。それがたまたま日本でも指折りの強さのやつを引き当てただけだ
そう、時神のせいだ。きっと。そういうことにしておく。
俺はそう締めくくって責任から逃れた。
「うがああああッッ!?」
聞き覚えのある裂帛の咆哮と共に後方から何かが飛んでくる。身の丈ほどもある質量、速度もそれなりだ。まともな攻撃ではないがそれでも直撃したら姿勢を崩される。
俺は手間をかけてそれを両手で弾き、払った。
重い衝撃が両手にかかるのを上手く操作する。進行方向の上方へと弾かれたそれはほぼ無害な衝撃力しか持っていない。誰も気にしない。
「わさ! お兄ちゃんが飛んできたわさ!!」
姉が真実を口にした。
弾き飛ばしたそれはくるりと回転すると俺達に並んで走り出した。
間違いない。
氷上司。
先ほど自信満々な発言をした俺の兄だ。
多少、切り刻まれているが問題はない。
「お兄様」
「なんだい、弟よ」
「先ほど、えらくかっこいいセリフを吐いておりましたが、今ならもうちょっと気のいい言葉に変更が聞きますが、どうしましょうか?」
「ふ、男に二言はない」
「そういうセリフは勝つ前提で言ってくれよ」
血塗れで走っている兄に、優しくもリキマルが傷を治癒魔法を当ててくれる。
俺でも可能な範囲で索敵を行なう。
しかし自宅に現れたときのように完璧な隠蔽術を使われてしまうと俺では探し出すことができない。リキマルであれば技術的には可能かもしれないが遅れを取る可能性があるのでその部分まで要領を割かせることはしたくない。
――圧力、意思、済まされた行為。
攻撃がくる。
ただしく、俺に。殺意をまとって。
俺の斬撃をかち合わせる。威力と強度を調べるためだ。出力不足の弱性となってしまった俺であってもこいつの威力は十分だ。
七つの斬撃が俺を襲う。
同じように七つで切り払う。
弾くそれじゃない。力任せに、相手を破壊するように叩きつけて相殺させるためだ。
一瞬だけの抵抗の後、俺へ向かってきた七つの斬撃は破壊され、霧散した。
威力は弱い。
少なくとも俺の攻撃よりは弱い。
しかし、当たれば直撃でなくとも肉体は脆く破壊される。それだけの威力はある。非力といえば確かにそうだが、これはまだまだ威力を上げられるだろうか。少なくとも俺はそう感じた。
「兄さん! 俺とリキマルが何とかする! 日守へ走れ! たぶんそこまでは行かないだろうよ!」
俺の考えを読み取り、意思を汲み取ってリキマルがリアムを兄に渡した。
俺は即座に止まり、襲ってくる不可視の斬撃を弾いていく。
そう難しくはない。
相手がまだ手加減しているうちは。
兄、姉、リアムの三人の距離が離れてから俺は一番近くにあったビルへと走りだす。俺と同じように増えていく斬撃の防御を行ないながら、リキマルは俺の先を行ってビルを上った。俺は何もない空間を踏みしめて跳躍するように高度を稼いで屋上へとたどり着く。リキマルは俺の指示通り外壁を蹴り上げながら人払いの結界を紡いでいく。
屋上の、さらに給水タンクの上までくると四方八方を確認するためにリキマルと背中合わせになる。リキマルからのフィードバックでリキマルの視界は俺にも視えている。本来であれば遠見のほうがいいのであるが、リキマルの視覚のほうが精度が高いためこちらをつかったほうがいい。また俺の視界も――いや、視界を含めたすべてのステータスはリキマルにも確認できる状態だ。ただ、あまり活かせないようだが。
「見つけた!」
俺の視界の映像と、それを受け取ったリキマルの高い解像度からのフィードバックを重ねてようやく相手の隠蔽の違和感を看破する。どちらか片方の視界だけでは見つけられなかった。
俺の斬撃がビルのフェンス上部を切り裂いた。
秒単位の回避移動位置予測で広がるように攻撃を仕掛けて、初めて手応えがあった。
「まさか、見破られるとはな。腐っても鯛か」
「腐ってねえよ、ただ半身なだけで」
「はは、違いないな」
現れたのは御剣理昇だ。
一撃どころか十六等分する程度に攻撃を仕掛けたはずだが傷ひとつついていないように思える。分解されたか? だとすると俺の直接攻撃はほとんど意味がない。現状、出力低下を起こしている俺としては相手の全力攻撃を完全に分解するほどの力はないだろう。隣にリキマルがいるので防御用に分解を使用するのは問題ないが、攻撃を直撃するための分解は少々つらいかもしれない。
あらゆる異能力を封じたらただの殴り合いになる。それは間違いない。
そしてただの殴り合いだと勝負がつきにくい。せめて短刀のひとつ、ほしい。
だから相手の攻撃は分解で無力化し、相手の防御を分解で無力化させて直撃というのがセオリーだ。俺が御剣理昇の攻撃を分解するだけの出力が足りないはずなのでちょっとつらいな。
単純な戦力の足し算を行なえば俺らのほうが有利であるが、リキマルが自分と、そして俺の分の防御に回った場合は逆に引き算になる。純粋な足手まといだ。
もちろんただの足手まといになるほど落ちぶれてはいないが、戦力として完全に当てにできるほど鋭い力は持っていない。
御剣理昇が使っている斬撃ならば分解は可能だが、現在のような使い方であるならこちらの攻撃をぶつけて相殺したほうが手間がない。おそらくはそれを含めて牽制攻撃を繰り返しているのだろう。
昔、俺が矢を使わず、斬撃を使っていたように。
どちらにせよ俺は防御の面においてこの戦いの足手まといになっているのは否めない。
俺だけなら、またはリキマルだけなら、また戦いのやり方も変わるのだが現状はこれが無難だろう。
さすがにリキマルに向かって「俺を盾に戦闘を有利に進めろ。やりかたも教える」と言ったところでこれを行なうことはできない。リキマルには無理だ。大したことのない俺の怪我の治癒や防御に気をとられるだろう。いや、そうだ。確定している。
いわゆる、戦闘への資質が低いのだ。能力が高くても。
「さて、リアムの件だが――」
「すまん、御剣理昇。その前に、本当にひとつだけ質問がある。これを教えてくれればいくらか譲歩してもいい。ああ、もちろんリアムについては本人次第だ。譲れはしないが」
御剣理昇の話を遮ると、俺は一方的な言葉を投げかけた。
一応、これも交渉のひとつだ。最低限、こちらが譲れる部分と譲れない部分を明確に分ける。
「――言ってみろ」
案の定、御剣理昇が乗ってきた。
おそらくこの会話、というかこの事件において一番焦っているのは御剣理昇だろう。もしかしたら焦っているというのは違うかもしれない。どうしても知りたいことがあり、それを知っている人間を見つけたので今すぐ知りたいというのが正しいか。
ただ俺みたいな敵に回すには不向きな人材が目の前に立ちはだかっているせいで、排除または戦闘不能に陥らせようとしているのだろう。後先を考えていない。やはり焦っているのだろう。
「お前、俺が“腐ってる”だなんてどこで聞いた? 俺が“半身だ”と言ったとき、なぜ肯定した」
殺気を吹かせる。
殺そうと思って殺すことが少ない俺の殺気だ。御剣理昇から見れば、まるでなっちゃいないだろう。だがそれでも俺の言葉の指し示す先はわかっているはずだ。
「俺が力を封印されたということをどこで知った? 悪いが、そもそも俺は本気で戦ったことなど五指で数えられるくらいしかない。正直、外聞から言えば俺の能力は「封印はされたが別に目に見えて弱くなっていない」くらいなんだ。お前は何をもって今の発言を行い、そしてそれを肯定した俺の発言に頷いた?」
無言だ。
軽く笑んでいる素顔のまま、御剣理昇は動きもしない。
何を考えているのか。
「実は俺はあまり他人のせいとか責任の所在を余所に持っていくことはしないんだ。嫌いなんだ。だが、それをしてなお例外がある」
手にしている鉄食いを引き抜く。
「お前、時神に入れ知恵されたな」
明確な殺意が御剣理昇から溢れる。気圧されるほどだ。
だが殺意で死ぬほど弱くはない。
「氷上雅弓、お前が妹を殺したんだ。ルウを、殺したんだよ」
溢れた殺意が斬撃という形となって襲い掛かってきた。




