2-12 御剣ルウ⑥
御剣ルウは虐待をされている。
薄々気づいていたことをこれ以上もなく断言されてしまった。
目の前の女性は苦しいような、困ったような、それでいて自嘲気味な表情だ。
御剣ルウは御剣理昇の年の離れた実妹であり、兄と違って魔法習得が下手であったそうだ。
とは言っても普通の連中よりははるかに強い力を持っているが、特殊災害対策課で働けるような強度でも精度でもなかったらしい。
両親はどちらも退魔師として活躍していたらしくその強さは折り紙つきだ。そして訓練法も十分に研鑽されており御剣の家系が習得した魔法の種類と強度、精度は問題なく継承できる手筈だった。
しかしルウはどれも規定値に達しないほど弱く、まあありていに言ってしまえば落ちこぼれであったらしい。この魔法というの努力だけでなんとかなるものであるので、あまりこういうことは言いたくないが御剣ルウの努力が足りなかったのだろう。または覚える気がなかったということだ。
最初のうちは御剣家はそれでもいいと思っていたらしいが、御剣ルウに「高位才能」と呼ばれる魔法の素質が見つかったことで状況が変わった。
高位才能は支払った代償の二倍以上の効果が得られる不可思議な魔法適応性だ。妙な効果はない。単純に支払った魔力の二倍以上のエネルギーが発生するだけのわかりやすいものだ。例えば今、俺がこれを得ることができたら矢を発生させる数が二十万本を超えるだろう。
だがこの世界はそもそも努力をしたら肉体性能や精神抵抗が際限なく上昇する仕組みであるのでそんなものを持っていてもあまり意味がない。確かに俺と同じだけの努力を重ねれば俺のステータスの倍の数値がはじき出されるだろう。しかし大部分の人間は「相対的な強さ」でしか強さを重ねない。ある一定の強さまで上がったらみんな満足してしまう。
そのため、この高位才能という能力は最強の潜在性を秘めているにもかかわらず、「成長促進」や「必要努力軽減」としてしか扱われない。
話を戻す。
この世界では才能などという不確かなプレゼント効果は、魔法使い達に当てにされることはない。そのために御剣家も気づくのが遅れたのだろう。
そしてこの才能があるにも関わらずいつまで経っても弱いままである御剣ルウはかなり叱られたらしい。責められたわけではなく、叱られた、だ。できることをやらない子供として。
扱いは落ちこぼれになった。
先も言ったがその強さ自体は通常の魔法使いよりも強かった。ついでに言えば学力自体も悪くはなかった。学校に通っていたらしいがいつしか不登校が目立ち、結局行かなくなったそうだ。一応、規定学力は十分なのでさっさと卒業はしたらしい。
それから何年か前に東京を未曾有の危機に陥れ、特殊災害対策課が組織される原因になった事件が起こったときに巻き込まれ、そのときに御剣ルウを庇った両親が揃って死んだそうだ。
辛うじて生き残っていた御剣ルウは助け出され、内向的な性格になってしまった。
それから御剣理昇は力を求め、御剣ルウには少なくとも自分の身を守れるくらい強くしようと厳しい訓練を行なっていたそうだ。
その訓練が、ほとんど虐待同然でありこの特殊災害対策課でもそこそこ有名になっていたそうだ。
それから御剣ルウは自殺した。
過程まで含めると御剣理昇の行なった行為は実に正しいだろう。
御剣ルウが死ななければ問題にならなかっはずだ。
正直、そこまで多くは期待していなかったと思う。おそらくこの特殊災害対策課で働けるレベルにして、そして隣で見守りたかったのではないかと思う。
氷上家や日守家もそうだが、おそらくどこの魔法使い連中も剣で斬ったとか内臓が破裂したとか、訓練で本当に死に掛けたとか普通の話だ。
俺の考えで言わせて貰えば御剣ルウは「努力のできない落ちこぼれ」だ。
そして、おそらくどこでもそう言われる。
御剣ルウがうちの姉と会ったのは事件後に内向的な性格になり、御剣理昇の訓練を受けているときだろう。
……別にこの話を聞いたところで何か収穫があったわけじゃないし、何か気分がスカッとしたということもない。何もない。ただあの女性の懺悔を聞いて、俺も少し呪いを受けただけだ。俺に話して気が軽くなっただろうよ。
ただ、何から何まで無駄だったわけでもない。
さすがにこの話を御剣理昇の口からしゃべらせたら攻撃されたかもしれない。俺も同じことになったらかなり気分を害する。
俺は「じゃあまた明日ね」と妙に馴れ馴れしい女性と別れて自宅へと戻ってきた。同級生みたいなフランクさを持った女性だった。なんとなく想像する。さすがにあの女性が学生服を着るのは、ちょっと……な。
少し脅かしてやろうと思い、誰にも気づかれないように本気で無音移動を行い玄関を開ける。気配遮断はいつもやっているので今更おかしいことはない。
リキマルと姉がいた。玄関で並んで笑顔を見せている。
俺はゴミだ。自信はあった。
「ただいま」
ぐったりとした声を喉から搾り出す。
「おかえりなさい。食事にしますか? お風呂にしますか? それともわ、た――」
「お風呂で。コートも軽く濯ぎたい」
俺は魔法の使用を止めてリキマルと同じ身長になる。手足の長さと体の厚みを戻すとコートの裾が廊下を擦った。そのまま手早く脱ぐとそれを手に風呂場へと向かう。
料理か風呂か聞いていたが、別に料理は準備されていないし、風呂にお湯も張られていない。わかる。あとは「わたし」しかないわけだが、別に今のところ互いに子供をつくるつもりはないのでそもそも選択肢に入っていない。なんとなく言いたかったのだろう。わからんではない。
ズボンのベルトを掴まれた。振り向くとリキマルが少し寂しそうな顔をしている。
「まさゆみ……」
リキマルの発言に俺は眉根を寄せた。
「リキマル、どうした? 何か変なものでも食べたのか?」
普通にリキマルを心配する。
念のために解呪も使用してみるが特に変な部分はない。隣にいた姉の出力も使って再度行なうが、やはり魔法的な問題はないように思える。もちろん俺が見逃しているだけという可能性も十分あるが、そうであるとどれだけ強力な隠蔽がかけられてるのだろうか。可能性としては低い。そしてそうだったとしたら俺に打つ手はない。
「リキマル、どうして頭の中がピンク色なの?」
訊いてみる。
変な想像で雑な推理をするくらいなら本人から直接聞くほうが百倍良い。俺はそれを学んだ。この数時間で。血を吐くほどめんどくさかった。血は吐かず骨と筋肉が破壊される程度ですんだが。
「あははは」
俺のこの発言が特に気に入ったのだろう。
リキマルは俺の手を取って自分の胸に当てる。別に「この薄い胸であなたの性的興奮を呼び起こさせます」などという失礼極まりない行為ではない。おそらく「私の心を読め」という意思表示だ。
だが「相手の心を読むために」相手の心を読みたくない。
俺が相手の心を読むのはあくまでも「自分の予想の答え合わせ」だ。あまり頼るとこれを使わないと安心できなくなってしまう精神状態になってしまうだろう。便利すぎるのも考え物だ。そうなってしまったら危険なもので、すべての行為工程に「接触して心を読む」という阿呆みたいな無駄が挟まってしまい結果的に俺は弱くなる。
さすがにそれは回避したい。
相手の心を呼んで使用できる強さよりも、それよりは数段劣るが無意識的に行なえる思考力と状況予測能力を、いわゆる経験と勘を強くしたい。基礎パターンからの展開対応力が俺の好みだ。
リキマルは笑っている。
俺の手を、リキマルと変わらない大きさの手を柔らかい乳房に優しく押し付け続けている。
……まさか本当に俺を性的に興奮させようという腹積もりか。
まさか、そんな、まさかな。
どうやって興奮しろと




