第弍拾陸章 猛攻! 魔将軍リバイサ
およそ二年半ぶりの投稿でございます(汗)
漸く仕事に余裕が出来ましたので執筆再開しました。
見渡す限り何も見えない大海原を進む一隻の船に私達はいます。
海賊達の後ろに控えていたガルスデントの魔将軍リバイサの力は圧倒的でした。
数百年かけて練り上げられてきた霞流の技が一切通用しなかったのです。
暴風のような攻撃は神業と謳われた防御の技ごと雪子さんを叩き潰し、巌の如き肉体は大真典甲勢二尺六寸の豪刀すら弾き返してしまいました。
それでも雪子さんは最後まで諦めずに霞流の秘技の数々をもって戦い抜きましたが、ついに力尽きて囚われの身となったのです。
そして武器を奪われ海賊のアジトと向かう為、彼らの船に乗せられたのでした。
それにしても思い出されるのはリバイサの脅威的な戦闘能力です。
いくら魔族の肉体が人より強靱とはいえ、鋼鉄の甲冑を斬ることができる雪子さんの剣が通じないというのはありえません。
何か絡繰りがあるのは明白ですが、それを解かない限り雪子さんに勝機はありません。
だからこそ雪子さんは敗北を悟ると虜囚の屈辱を甘んじて受け入れたのでしょう。
アランドラ皇子との約束を守るためにね。
「潮風が気持ち良いわね。こうしてのんびり船旅をしていると捕虜という事を忘れそうだわ」
(ええ、想像よりも待遇が良いですし、今は船の上を楽しみましょう)
『アンタ達……もうちょっと捕虜としての自覚を持って欲しいってカンジ~?』
甲板の上で仲良く並ぶこの三人、先程まで死闘を演じていたとは思えない光景です。
本当にほんの数刻前からはおよそ想像ができませんよ。
数刻前。
大砲の弾丸のように飛び出してきたリバイサに雪子さんは迷わず回避行動を取りました。
彼の繰り出す拳をかわしたまでは良かったのですが、そのまま背後にあった家を殴り付けた後が問題だったのです。
一撃です。たったの一撃で石造りの立派な家は微塵に砕け散り、その衝撃の余波と瓦礫が雪子さんの背後を襲いました。
「ぬぐっ?!」
躱しざま振り返ろうとしていた雪子さんは瓦礫に対応しきれずモロに受けてしまいます。
特に子供の頭ほどの大きな石塊が横鬢を直撃したのが痛手となったようです。
『あ~ら? 力加減を間違えちゃったってカンジ~?』
横鬢から血を流す雪子さんにリバイサがさも可笑しげに云います。
それに応えず、雪子さんは居合腰を落としながらリバイサに向かって走り出しました。
迅い。牙狼月光剣の寄り身のように狩りをする狼の如き動きでリバイサと肉薄します。
恐らく雪子さんなりにあの三番勝負の結果を吸収して己の血肉へと変えていったのでしょう。
「せいっ!」
同時に大真典甲勢二尺六寸が抜き付けられてリバイサの首を落とさんと迫ります。
霞流『疾風』。突進で間合いを一気に詰めてから居合へ繋げる連続技で雪子さんの得意技の一つです。
「なっ?!」
しかし、金属で金属を殴ったような音を立てて二尺六寸の豪刀が止められてしまったのです。
それは防御技でも防具でもありません。リバイサの首そのものが雪子さんの刃を受け止めていました。
しかも信じがたいことに、皮一枚断つどころか血の一滴すら流れず痛手を負っているようには見えません。
けど、斬れなかったにしても雪子さんの繰り出す技です。打撃力だけでも相当なはずですがソレさえも通っていないようです。
『悪いわねぇ~。アタシってぇ~呼吸法でぇ~肉体をぉ~鋼鉄以上にぃ~出来るってカンジ~?』
「絡繰りはソレだけじゃないでしょう……気功で防御を固める事は私でも可能。だから分かる。
ソレだけなら金属音なんてする訳がないし、大の男を吹き飛ばす私の斬撃を受けてピクリとも動かないのもおかしい」
『流石はぁ~ガルスデント・エアフォースをぉ~破っただけはぁ~あるってカンジ~?』
雪子さんの指摘を受けてもリバイサは余裕とばかりにクスリと微笑んだものです。
それもそのはず。雪子さんはリバイサが攻撃を受け付けない絡繰りそのものを破ってはいないのですから。
「うぐっ……」
と、その時、雪子さんは頭を押さえてよろめいたのです。
どうやら雪子さんを襲った瓦礫は彼女に深刻なダメージを与えていたようですね。
(姉様!)
焦燥に駆られた『月夜』の心が伝わってきます。
なれど、雪子さんのすぐそばにリバイサがいるせいで近づくことも、逆に炸裂弾による援護も出来ないようです。
『これ以上のぉ~戦闘はぁ~無理ってカンジ~?』
「莫迦を云いなさい。この程度、なんのことやあらん」
雪子さんの真っ向唐竹割りがリバイサの脳天に落とされますが、やはり甲高い音を響かせて弾き返されてしまいます。
「せいっ!」
が、その時には走り込みで鍛え上げられた右足がリバイサの股間を蹴り上げていました。
「ひぎぃ?!」
しかし、倒れ込んだのは雪子さんの方でした。
リバイサの金的を襲った右足を抱えて地面を転がっている様は見ているこちらが痛くなってきます。
『男相手に金的……在り来たりってカンジ~? そんなん効かないってカンジ~』
リバイサは呆れるように雪子さんを見下ろしながら拳を振り上げました。
『今度はこっちから行くってカンジ~?』
振り下ろされた拳を体を捻って辛うじて躱した雪子さんでしたが、その直後に地面が捲れ上がり、その衝撃を受けて吹き飛ばされてしまいました。
なんとリバイサが殴りつけた場所を中心に地面が大きく陥没し、周囲の木々や建物が粉砕されていたのです。
(この!)
吹き飛ばされた事で雪子さんがリバイサから離れたと見た『月夜』が陥没の中心にいくつもの炸裂弾を投げ入れました。
導火線を短くしていたようで、すぐさまとてつもない爆発がリバイサを襲います。
(これだけの爆発……さしもの怪物も無事では済まないはず)
何故でしょう? 今、『月夜』が思ってはいけない事を思ってしまったような気がします。
『何をぉ~やってもぉ~無駄ってカンジ~?』
やはりというか、爆煙が晴れると相も変わらず無傷のリバイサがそこにいました。
ただ服までは無事とはいかなかったようで、白いレースのショーツとチチバンドのみというおぞましい姿と化していましたが……
『じゃぁ~アンタにはぁ~これでお礼をしてあげるってカンジ~?』
リバイサが手を『月夜』に向けて手の平を翳すとそこに人の頭ほどの火の玉が現れたのです。
『燃え尽きなさいってカンジ~? 『プロミネンスボール』!!』
火球が『月夜』に迫りますが、突然渦のように姿を変えて『月夜』の左腕に吸い込まれて消えていきました。
『あらん? ソレってぇ~もしかしてぇ~炎魔の盾ってカンジ~? どこで手に入れたのってカンジ~?』
そう、『月夜』の左腕には手甲と一体となっている赤い盾が装着されていたのです。
これこそ炎系のあらゆる攻撃から装着者を守る炎魔の盾というスグレモノでした。
軽くて物理的な防御力も高いということもあって、『月夜』に与えられていました。
『炎魔の盾はぁ~魔王様のぉ~秘密のぉ~宝物庫を~開ける鍵の一つってぇ~云われてるってカンジ~? アンタがぁ~持ってて良い物じゃぁ~ないってカンジ~!』
おや? 確か炎魔の盾を雪子さんに托したスエズンの冒険者ギルドの長にはコレを使った夢があったとアンカー亭のオーナーが云ってましたね?
もしやギルド長ゲインさんの夢とは魔王の宝物庫にあるお宝を見る乃至手に入れる事にあったのでしょうか?
『ソレをぉ~返しなさいってカンジ~!』
『月夜』に迫る女性物の下着をつけた半裸の男……
物凄く嫌な光景ですが『月夜』は焦る様子を見せていません。
『むうぅ……『フレイムピラー』!!』
『月夜』の声と同時にリバイサの足元から炎の柱が吹き上がって彼を包んでしまったのです。
炎魔の盾の装着者は中位レベルの炎系魔法を使えるようになるとありましたが、『月夜』が魔法を使う姿は何度見ても違和感がありますね。
『こ、これは炎系でも上位の魔法?! 炎魔の盾の補助があるにしても何故それを?!』
ここでリバイサが始めて表情を変えてきたのですが、対して『月夜』は涼しい顔です。
『星神教に帰依し、『火』と『生命』を司る『不死鳥』の神の加護を得た私は『宿星魔法』として炎系の魔法の修得する資格を得ました。魔法の心得が無い者でも中位の魔法が使えるのならば心得がある者ならば? それも上位に迫る実力がある者ならば?』
そう云う事です――と事も無げに云い放つ『月夜』にリバイサは信じられないと云わんばかりに目を見開いたものです。
『ちょっと待ってってカンジ~?! アンタらはぁ~この世界に召喚されてぇ~十日も経ってないってぇ~話ってカンジ~?』
『教本と入門に際に優秀な指導者に恵まれた……それだけの環境があれば理論は簡単に理解出来るはず。後は技能を磨くのみ』
スエズンにある星神教の教会に金貨三十枚もお布施をした甲斐があったというものです。
お陰で『不死鳥』の神々の中でも上位の神を守護神として降ろして下さいましたし、巫女様達の指導も熱が入ってましたしね。
ただ神降ろしの儀式で『月夜』と肌を重ねた巫女様がスエズンを出る日には『月夜』に泣いて縋ってきたのには驚きましたが……
『いやいや、いやいや! 簡単にってぇ~アンタの脳味噌はぁ~どうなってるってカンジ~?!』
気持ちは分かりますが、『月夜』の頭脳がかなり優秀なのは紛れもない事実ですよ?
数百ページもある星神教の教典を一晩で読破し、この世界の言語を三日で解するくらいですから、魔法理論を身に着けるくらいは造作もないのでしょう。
スエズンの巫女様達としては自信を失いかけたようですが、『月夜』が夜毎丁寧に慰めたお陰で持ち直したようです。
『そ、それでぇ~アンタはぁ~魔法でぇ~アタシとやろうってカンジ~?』
その問いに『月夜』の答えは簡単なものでした。
『魔法ではありません』
『どういう意味ってカンジ~?』
「こういう事よ!」
なんと雪子さんが背後からリバイサにしがみついて何かを彼の口に押し込んだのでした。
『いきます! 『プロミネンスボール』!!』
そして『月夜』の合図で雪子さんがリバイサから大きく距離を取ると魔法の炎が炸裂しました。
同時に爆発が起こってリバイサの口から巨大な火柱が上がったのです。
「月夜がさっき投げた炸裂弾……一つだけ火を着けず私に投げて寄越していたのに気付かなかったようね」
『表面は兎も角、内部はどうでしょうか? これで効果が無ければどうしようもありませんが』
どうやら『不死鳥』の神は我々を見放したようですね。
口から煙を上げながらもリバイサは獰猛に笑っているのですから……
『魔将軍を舐めるんじゃねぇ!! この程度で男リバイサが倒せるものかよ!!』
顔を怒りに歪ませてリバイサは両手を手刀の形にして雪子さんに襲いかかります。
縦に横に振るわれる手刀を大真典甲勢二尺六寸が弾きますが、その度に重厚な金属音が響き雪子さんの顔が苦痛に歪みます。
至近距離でなければ拳銃の銃弾すら弾く神業というべき雪子さんの防御術ですらリバイサは圧倒しつつあるようです。
「なんて重さ! なんて速さ! やはりリバイサの秘密を解かない限り彼には勝てない?!」
『おらおら!! どうした?! そんなんでヴェルフェゴールの姉貴に届くと思うのかよ!!』
息もつかせぬ連続攻撃に雪子さんは反撃の機会すら与えられません。
やがて雪子さんの防御を抜けて手刀が徐々に彼女の体を穿ち始めたのです。
「くっ! このっ!!」
堪らず前蹴りで牽制しようとしますが、それは悪手でした。
あっさりと右足をリバイサに掴まれてしまったのです。
『ふん! そういやさっきは金的蹴りをやってくれたよな? お返しだ!』
「はぐあ?!」
なんとリバイサは雪子さんの股間を殴りつけたのです。
男だろうと女であろうとそこが急所である事に変わりありません。
雪子さんは大粒の涙を零してへたり込んでしまいました。
『姉様?!』
『月夜』の声にも雪子さんは応えられず、ただただ泣きじゃくるだけです。
この光景は信じられるものではありません。
スタローグの兄弟と互角以上に戦い、ガルスデント・エアフォースに勝利した雪子さんが完全に無力化されてしまったのです。
誰がこのような弱々しい雪子さんを想像出来るでしょう。こんな無様な雪子さんを誰が信じられるでしょう。
もう誰もが認める最強の女剣客はいません。そこにいるのは圧倒的な暴力に屈した憐れな少女でしかないのです。
『ふん! やっとおとなしくなったってカンジ~? こうなったら噂の女剣士も可愛いものってカンジ~』
リバイサは雪子さんの姿に溜飲が下がったようで、口調も元(?)に戻ってきました。
『それでアンタは姉様の仇を討つ積もりってカンジ~?』
リバイサの問いに『月夜』は静かに首を振ったのでした。
『いえ、降伏します。姉様が敗れ、現状で最強の『フレイムピラー』を受けて無傷の貴方に勝てるとは思えません』
『そう……賢明な判断ってカンジ~?』
確かにリバイサは無傷ではあるのですが、最後の下着は既に無く全裸ではありますがね。
それでも臆することなく堂々としているのは将としての貫禄でしょうか。
『ただし、姉様の命と純潔は保証してもらいます。それくらいの条件は飲んで頂けるでしょう?』
『別にぃ~構わないってカンジ~? そもそもアタシってぇ~女に興味ないってカンジ~?』
あ、やっぱりそういう人でしたか。
それは兎も角、雪子さんと『月夜』は拘束されて海賊達のアジトへ移送される事になりました。
「貴様! よくも私の腕を!!」
リバイサの治療により、腕こそ失ったものの止血ができたクラウンが雪子さんへ報復しようとしましたが、それから救ったのは意外にもリバイサでした。
『この娘はアタシの捕虜であってぇ~アンタらの捕虜じゃないってカンジ~? この娘を好きに出来るのはアタシだけってカンジ~』
ならばせめて右腕の分くらい返させろ、と主張するクラウンでしたが、弱いアンタが悪いと返されては引き下がるしかなかったようです。
『降伏したからにはぁ~アタシの云う通りにして貰うってカンジ~? 色々とぉ~手伝ったりぃ~知恵を出したりぃ~して欲しいってカンジ~』
どうやらリバイサが雪子さん達に海賊達が手出しさせないのには彼女らに自分の企みの一端を担わせる腹積もりがあったからのようですね。
捕虜として破格の待遇をする事で雪子さん達を懐柔しようとしているのが透けて見えます。
『近辺の海賊共を纏めてぇ~艦隊を組織したのは良いけどぉ~問題が山積みってカンジ~? 脳筋ばっかでぇ~知恵者が欲しかったってカンジ~』
だからでしょうね。目の前で二人が縄抜けしてもリバイサが何も云わないのは。
あの破壊力です。洋上で戦闘になれば船にも甚大な被害を及ぼし、最悪船ごと海の藻屑になってしまうでしょう。
自分は『影渡り』があるでしょうが、まだ利用価値があるらしいクラウンと、才を認め自軍に取り込もうとしている雪子さん達を失うのは避けたいはずです。
つまりこの船の上ではリバイサ自身がその攻撃力故に行動を制限されてしまう状況を見抜いているのでしょう。
リバイサと雪子さん達の第二回戦。狐と狸の化かし合いは既に始まっているのです。
「潮風が気持ち良いわね。こうしてのんびり船旅をしていると捕虜という事を忘れそうだわ」
(ええ、想像よりも待遇が良いですし、今は船の上を楽しみましょう)
『アンタ達……もうちょっと捕虜としての自覚を持って欲しいってカンジ~?』
甲板の上で仲良く並ぶこの三人、先程まで死闘を演じていたとは思えない光景です。
本当にほんの数刻前からはおよそ想像ができませんよ。
水面下では両者の間でさぞ盛大に火花が散っている事でしょうけど……
さてどうなることやら、とんと見当ががつきません。
ただ一つ云えるのはもうすぐ日が暮れるということです。
即ち『私』の時間が来たのですよ。
覚悟なさい、リバイサ。雪子さんを、姉様を傷つけた報いを受けるのはもう間も無くです。
『私』は、『月夜』は決して貴方を許す事はないでしょう。
こうして雪子さんと『月夜』はリバイサと海賊達の虜となってしまったのです。
圧倒的な破壊力と防御力を誇るリバイサに為す術もなく敗れた雪子さんの心に去来するものは如何なるものか。
そして雪子さんが桜花君に托した策とは一体何であったのでしょうか?
カナンの街に潜んでいた間者達は本当に何も掴めずに終わっていたのでしょうか?
次回の講釈はカイゼントーヤの城下町へ戻る事ができた桜花君達へと場面を移します。
雪子無惨……
本当はここまで無様を晒させるつもりはなかったのですが、興が乗ってしまったのと、二年以上執筆出来なかったフラストレーションのせいです。
しっかし主人公が無惨に負ける戦いを書くってのは結構疲れるものだったんですねぇ(遠い目)
敵に負ける女剣客……エロ小説だったら雪子はとんでもない目に遭ってましたよね(おい)
ですが雪子もただ負けた訳ではありません。
リバイサの無敵さには必ず理由があると確信を得ていたので、懐に飛び込んでやろうと考えていたのも事実です。ただ股間をぶん殴られる事までは想定してなかったので演技ではなくガチで泣かされはしましたが(苦笑)
まあ、これからは逆転に向けてどんどん動いていきます。
それではまた次回でお会いしましょう。