1. 静寂と灯りの檻
その店には、世界の端からこぼれ落ちたような静けさがいつも満ちていた。
街の賑やかな大通りから1本外れ、さらに細い路地を曲がった突き当たりにある古書店『三日月堂』。
重い木製の扉を開ければ、独特の匂いが鼻腔をくすぐる。
それは幾百年もの時間をかけて乾燥した紙の匂いであり、古い革表紙がまとう油の匂いであり、どこか遠い国の埃が含んだ冬の空気の匂いでもあった。
「……よし、これで終わり」
詩織は小さく息を吐き、最後の1冊を棚に収めた。
時計の針はすでに夜の9時を回っている。
とっくに閉店時間は過ぎていたが、店主の老人が「先に帰るよ、鍵は頼んだね」と言い残して去ってから、詩織は1人で作業を続けていた。
彼女がここで働き始めてから、もうすぐ1年になる。
19歳になったばかりの詩織にとって、この古書店は単なるアルバイトの場所というだけでなく、騒がしい現実から身を隠すためのシェルターのようでもあった。
幼い頃から、詩織はどこか周囲の浮足立った空気に馴染めないところがあった。
皆が今という一瞬を追いかけてスマートフォンを眺めている中、彼女だけは、すでに誰の手からも離れてしまった過去の遺物に惹かれてしまうのだ。
だからこそ、時代の流れから取り残されたようなこの店の、前世紀のまま時を止めた光の陰影が、彼女には何よりも心地よかった。
店内には蛍光灯の類いは一切ない。すべて、真鍮製のアンティークランプや、琥珀色の光を放つ白熱電球だけが光源だった。
詩織がカウンターのランプを残して他の明かりを消すと、店内の陰影は一気に深まった。
光の届かない棚の奥は真っ黒な闇に沈み、ランプの届く範囲だけが、まるで夜の海に浮かぶ小さな島のように温かく浮かび上がっている。
「あとは……倉庫の整理、だったっけ」
詩織は手帳に書き留めたメモを確認した。
店主から「近いうちに処分するかどうか決めたい古い木箱があるから、中身をリストアップしておいてくれ」と頼まれていたのだ。
店舗の奥にある重い引き戸を開けると、ひんやりとした空気が肌を刺した。
倉庫は店舗以上に時間の流れが止まっている。
窓は小さく、今夜は雲1つない夜のはずだが、差し込む月光はわずかだった。
詩織は片手にポータブルのオイルランプを持ち、床に置かれたいくつかの木箱の前にしゃがみ込んだ。
ランプの芯を少し上げると、炎が微かにパチパチと音を立てて揺れた。
それに合わせて、コンクリートの壁に映る詩織の影が、まるで生き物のように大きく揺らめく。
「うわぁ、本当に埃だらけ……」
木箱の表面には、まるで白い毛布を被せたかのように厚い埃が積もっていた。
詩織はポケットから取り出した軍手をはめ、1枚の雑巾でそれを拭い取る。
木箱の蓋には、かすれた文字で「大正期・寄贈品」と書かれていた。今から100年ほど前のものだろうか。
蓋を開けると、蝶番が「ギィ」と錆びついた悲鳴を上げた。
中に入っていたのは、変色してバラバラになりかけた古地図や、何かの記念写真、そして背表紙の崩れた百科事典のようだった。
詩織は1冊ずつ丁寧に取り出し、手元の日誌にタイトルや状態を書き込んでいく。
作業を始めてから、どれくらいの時間が経っただろう。
手元のランプのオイルが少し減り、静寂がいっそう深まったように感じられた頃、詩織の手は木箱の最下層に触れた。
そこには、他の本とは明らかに質の違う、1冊のノートが横たわっていた。




