貴女は何故ここにいらっしゃるの?
夕食後、家族で談話室でのんびりとする。
刺繍を刺していた私に母が言った。
「貴女は将来のこと考えているの?」
そうお母様の言った言葉に首を傾げる。
母の隣にいる父を見るが、珍しく黙ったままだ。
いつもと違う光景と真剣な眼差しにムズムズする。
将来?
「あの、私、ロベルト様に嫁ぐのでは?」
違うのだろうか。
小さな頃から付き合いで、それが当たり前だった。
今更、違う方に嫁げと言われても困るし嫌だ。
「それ以外にやりたいことってないのかい?」
今度は父の問いにもう一度、首を傾げる。
何故他を探すのだろう。
ロベルト様に嫁ぎ子を育てる。
それ以外?
「まぁまぁ、母さんも父さんもそれくらいで、ディーはまだ10歳だよ」
お兄様の言葉に母と父が顔を見合わせて何か目で会話している。
そこに最近おしゃべりな下の妹が母につっこんでいく。
優しく抱き止められ、妹は母の膝に乗せられる。
「わたくちにもきいてくだしゃいませ」
舌足らずで可愛い妹は私の真似をなんでもしたがる。
刺繍も真似したがったので教えたが、すぐ辞めたけど。
「スピカは将来、なんになるのだ?」
「このくにでいちばんえりゃいひとになりましゅ」
「それは楽しみだ。未来の王妃様。
ではまずいっぱい寝て大きくならなければね」
「なりましゅ。おとうしゃまより大きくなりましゅ」
みんなで笑う。
それは流石に大きすぎだ。
妹の可愛い夢にうふふと笑みがもれるが、心の隅で母と父の問いがまた私に問いかけてくる。
兄はまだ早いと言ったが、それは過保護だと思う。
考えても答えが出ない日々に、悶々とした。
それから数日して、兄と孤児院に慰問に行った。
私くらいの子もいて、なんとも言えない気持ちになる。
このままでいいのだろうか。
恵まれた環境、仲に良い家族、素敵な婚約者。
どれも私は持っている。
羨ましいと言われたことはないが、誰の目もいつも私に訴えている。
私は何故ここにいるのかしら。
貰ってばかりでいいのかしら。
このままで本当にいいのかしら。
将来は?
兄はまだ10歳だからと言った。
でも兄が10歳の時、もう父の仕事を少しずつ覚えていたではないか。
私は?
友達とお茶会をしてものぼる話は家族がすごい、そんな家族をもってディアナ様すごい。
私の話題と言ったら容姿だけ。
それも私なのだが、私は何もなせていない。
兄や家族のおまけでこのままでいいのだろうか。
このままロベルト様と結婚して何か変わる?
ただ家族の名前がロベルト様に変わるだけ。
ロベルト様すごい、そんなロベルト様を夫にもつディアナ様すごい。
それでいいのだろうか。
「ディー帰ろうか」
「はい、お兄様」
兄に馬車までエスコートされる。
「ディー何かあった?そんな難しい顔して」
「そうですか?
…もう私も10歳ですもの色々考えます」
「まだ10歳だよ。
君はもっと遊んでいいんだよ」
「そうでしょうか」
遊びたくないわけではない。
遊ぶのも友達とのお茶会も楽しい。
でも違う。
兄はロベルト様より私を甘やかす。
10歳、されど10歳。
ロベルト様とは私が16になったら結婚しようと約束している。
あと6年。
長いと感じるか短いと感じるか。
このまま兄に甘やかされて終わっていいのだろうか。
馬車に乗る前、孤児院のみんなが見送りに来てくれた。
院長にありがとうございましたとお礼を貰う。
私は何もしていない、ただついてきただけ。
卑屈になっているわけではない、事実を並べただけ。
だけどそう聞こえ後ろめたく思うのは自分が悲観してるから。
まずはお母様とお兄様に慰問の仕方を習おう。
どこを見ればいいのか。
何に気をつければいいのか。
男性目線も女性目線もどちらもいいとこどりしよう。
ロベルト様はそう言うのにおおらか、言い換えれば疎い。
本当に困ってる人の助けを見逃さないようになれば回り回ってロベルト様のためになる。
漠然としていた妻の仕事、いえ私の仕事が一つ見えてきた。
少し肩の力が抜ける。
お別れを言いつつ馬車に乗ろうとしたところで風で馬車の飾りが一つ飛んだ。
「僕とってくる」
小さなトーマスがかけていく。
その後ろで孤児院で年長のマルクが走ってついていった。
無事に飾りを二人が拾いこちらに手を振って見せてくれた。
手を振って応える。
そこに猛スピードで馬車が突っ込んできた。
危ないと誰かが叫んだ。
スレスレで避けたように見えたが、避けきれてなかったらしく二人ははじき飛ばされた。
「ディーここにいて!」
兄の言葉にハッとなり、そして無視してついていく。
私にもなにかできることがあるはず。
それに私達が別々にいたら、ただ立っているだけの私から護衛が離れられない。
兄のそばにいればその分、護衛や侍女を動かす余裕ができるはずだ。
兄のそばに駆けつけるが、目を背けたくなった。
血だらけの人など見たことない。
トーマスもマルクも声にならない声をあげている。
「ディーきたなら、力を貸してほしい。
僕が見るから、とりあえずトーマスの止血をしてほしい。
ハンカチでここ押さえてて」
「はい!」
私は何のためにここにきた?
立っているだけは嫌だったからでしょ!
言われた箇所をハンカチの上から押さえる。
「お、お兄様、止まりません」
「もっと強く押すんだ!」
「はい!」
兄が周りに指示を出しているようだが、理解できず耳を抜けていく。
止まれ!止まれ!止まれ!
それしか思い浮かばない。
「ディーありがとう、かわるよ」
そう言われてやっと周りが見えた。
心配そうな目が周りを囲ってる。
誰かが街の医療術師を呼んだのだろう。
お兄様と何やら難しい話をしてた。
「お嬢様、こちらに」
侍女に促され護衛と侍女と輪から離れ、木陰にあるベンチに座る。
あ、私泣いていたのね。
涙を拭おうとしたが手が真っ赤に染まっていたのでやめた。
垂れる汗など気にもしていなかったが、今は頬に汗で張り付いた髪が邪魔だと思った。
知らず知らずのうちに入っていた力が抜けた。
「お嬢様、手を洗いましょう」
血に染まった手袋を取り、侍女が持ってきてくれた水で手を洗う。
その間も兄は忙しく働いていた。
怖いと思いながら私はただ見てるだけ。
悔しい。
もっと私に知識があればトーマスの痛みを癒せたかもしれない。
もっと私が大きかったら二人を守れたかもしれない。
もっと私が強くあれば護衛も侍女もいらず、兄の方に人をやれたのに。
もっとの次はもしが溢れてくる。
もしこれがお兄様だったら?
もしこれが妹たちだったら?
もしこれがロベルト様だったら?
彼はまだ見習いだが、ゆくゆくは前線に立つ。
一番奥で縮こまっている方ではない。
誰よりも先に誰よりも前に誰よりも危険な場所に行くだろう。
彼が強いからと言って怪我をしない保証はない。
その時私はどうする?
ただ怖いと言って泣くのか?
今みたいに見てるだけなのか?
それでいいのディアナ?
こんな考えるだけの時間本当に今必要なの?
できないのは仕方ない。
知識がない子どもじゃ、側に行っても邪魔なだけだ。
私がここにいてできる事を考える。
ちっぽけな自分を認めるだけで終わっていいはずがない。
気合いを入れるために頬を叩く。
私はリリーフロスト家の長女、ディアナ・リリーフロストです。
我が誇りにかけ見てるだけの女で終わるつもりはありません。
今この一瞬も逃さず情報を得るのです。
大勢の動きを見ても目が滑りわからない。
なら知ってる兄だけに集中しよう。
お兄様を見る。
お兄様の声に耳を澄ませるの
お兄様が何をして、何を求めているか考える。
わからなすぎて頭が痛いが、一瞬でも気を抜かない。
どうしてそれをするのか。
どうしてこれをしないのか。
わからないなら後で聞けばいい、今は全部覚えるんだ。
これが今できる私の一番だから。
しばらくして事を収めた兄がこちらにきた。
服のあちらこちらに血がつき、汗と血で泥が顔に張り付いた。
「ディーお待たせ、せっかくの可愛い服が汚れてしまったね。
新しいの買いに行くかい?」
何事もなかったようにいつもの甘い兄だ。
兄の言葉に頷く。
「ええお兄様、私欲しいものがあるのです」
「珍しい君がおねだりとは、いいよ着替えたら街に行こう」
孤児院で服を着替え、馬車に乗り街へと買い物をして家に着いた。
自分の部屋に行き買ってきたものを机に並べて、目を瞑る。
そのまま深呼吸を三回する。
私、可愛がられる人形のような扱いは嫌だ。
でもそれと何もしないでただロベルト様に嫁ぐのは変わらない気がする。
刺繍は好きだ。
今まではそれで財をなしたり、社交をするのもいいかもしれないと思っていた。
刺繍が一番だと思って極めるつもりだった。
心の底でそれだけでは足りないという思いはあった。
それが今日私はそのことにはっきり意識してしまった。
私は刺繍ではない、この道を極めると。
何もできずただ見てるだけなんてお人形と変わらない。
反対されても進むと決めた。
周りが職業婦人と笑い蔑んでも、ロベルト様が危ないからと止めようと、兄が苦労なんてしなくていいよと甘やかそうとも関係ない。
辛くても、目を背けたくなってもやる。
目を開け、再度気合いを入れるために頬を叩く。
夕食の時、母と父にその事を伝えると母は微笑み、父は「君らしいね」と笑ってくれた。
兄だけがぐちぐち止めてきたが無視する。
私は決めたのだ。
次の日から、兄に買ってもらった服を着て治療院を訪ねた。
笑って迎えてくれたが、内心嫌だと言ってるのが透けて見える。
最初から歓迎されると思ってない。
色々と理由をつけて追い出されると思っていたので、これはむしろ好機だと思った。
その日から時間さえあれば、日があるうちは治療院に夜は本で勉強する日が続いた。
治療院も最初は侯爵家のお嬢様扱いだったのがだんだん扱いが雑になっていく。
邪魔だと何度、怒鳴られたか数えられないほどだ。
それでもいい、むしろそれでいいのだ。
知識も浅いものがウロウロしているのは忙しい治療術師からしたら邪魔で当たり前。
ましてやトロイ子どもだ。
怒鳴られるだけですんで良かった。
皆優しいから邪魔でも追い出したりしない。
手が空いてる時は質問も答えてくれる。
侯爵家のお嬢様だから邪険にできないだけかもしれない。
それでもいい。
せっかく持ってる権力だ。
いつもはそれが少し疎ましかった。
特別扱いは他と違うと言われているようで嫌だったのだ。
でも今はそんな甘えたこと言ってられない。
成長のためには何でも使うまでだ。
月日は流れ、治療術師の資格も取り、周りから邪魔だと久しく言われなくなった日。
院長から呼び出された。
「申し訳ないきてもらって」
「いえちょうど手が空きましたので、お茶でも飲もうと思っていたところですわ」
院長がすっと封筒を差し出した。
「いい加減受け取っていただきたいのですが」
「無理言って学ばせて頂いてる身です。
お給金など頂けませんわ」
「もう無償の域を越えているのですリリーフロスト嬢。
これ以上は下の者に示しがつかない。
厳しい事を言います。
我々は金をもらい働く。それは責任や時間、技術をお金で買ってもらっているからです。
貴女がお金に困っているいないの話ではない。
責任を持って治療にあたっている以上、仕事です。
その対価を払わないのは理から外れていると思いませんか?」
そうかそう言う考えもしなければならないのね。
「私、毎日のように来れません。
自分の都合で来て自分の都合で帰っております。
いつぱったり来なくなるかもわからないのです。
そんな私を雇ってくださいとは言えません」
「貴女の事情はわかってます。
ここで貴女は雇いません。
でも来られて仕事された際、給金を出させてください。
何、ただ仕事された分のお金を渡されるという作業が増えただけ。
そうだ。直接は手間ですし銀行に入れましょう。
さすれば今まで通りでしょ。
それに残高の数字が増えるのは楽しいですよ。
自分のために何か買うのもいいでしょう。
何とも言えない気持ちになりますよ」
ニコッと笑う院長に笑みを返す。
私、本当に恵まれているわ。
話が終わり院長室を後にする。
とりあえず今日の分ともらったお給金を手に握り締めて。
そうだブローチを一つこのお金で買おう。
飾りっ気がなくてもいい。でも私の目の色これだけは譲れない。
それで治療院に来る時は身につけよう。
自分はいつでも甘やかせる。
でも仕事では甘えて逃げる事をしないために、私は私を見つめるのだ。
誰かが特に兄やロベルト様が甘やかしても、私は自分を甘やかさないために。
そして私が誰よりも私を褒めれるように。
私が用意し私のお金で買う。私のために。
「貴女は何故ここにいらっしゃるの?」
自分を含め誰に問われても、恥じぬ答えが返せるように。
目的を見失っても初心を思い出す目印に。
誇りと戒めを胸につけるのだ。
しっかりしたお子さんで
轢き逃げはすぐ捕まりました。
二人も後遺症なく元気です。




