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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第二章:グロムハルト編
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第036話 真っ直ぐな信頼

 ツインリザードを難なく倒したバルディアに、エミルとアヤメは思わず息を呑んだ。


「お前、火属性なのか……!」

「にししっ、火の鍛冶師はレアなんだぜ。昨日は見せる機会がなかったからな!」


 バルディアは得意げに鼻を鳴らすと、自慢のガントレットが装着された腕を突き出してきた。三本の爪がギラリと輝く。


 獣人特有の高い身体能力と、火属性の爆発力。そしてそれを制御する精密な技術。とても十三歳とは思えぬその実力は、一流の師の下で血の滲むような鍛錬を積んできた証なのだろう。


「……とはいえ、コイツらだってこんな浅い階層で出てくる魔物じゃねえ。やっぱり、ケルベロスのせいで下から追い出されてきてやがるな」

「……あと少し進めば、昨日の場所ですね」


 ゴクリ、と唾を飲む。重苦しい緊張感が場を支配しかけた、その時だ。

 

「おっ、コイツらの素材、結構いい値段で売れるぜ! それにこの辺りの鉱石も上物だ」


 バルディアが目を輝かせ、手慣れた手つきでツインリザードの解体を始めた。剥ぎ取った素材や鉱石の山が、みるみるうちに積み上がっていく。


「ちょっと、バルディアちゃん。荷物がパンパンになってしまいますよ?」

「うっ……ま、まあ、気合で担げばなんとかなる! 鍛冶師は体力勝負だからな」


 強がってはいるが、小柄なバルディアの背丈ほどある荷物は限界を超えそうだ。エミルは小さく息を吐くと、一歩前に出た。


「そこはおれに任せてくれ。『アイテムボックス』」


 エミルが山積みの素材に手をかざす。次の瞬間、空間が歪んだかと思うと、素材の山は音もなく虚空へと吸い込まれ、消滅した。


「は……?」


 バルディアの手から、剥ぎ取り用のナイフがぽろりと落ちた。


「なっ……なんだそりゃ!? き、消えちまったぞ!?」

「まあ、おれの力の一環だよ。亜空間に物を収納できるんだ」

「マジかよ!? そんな便利な能力があんのか……! これならどんな重い鉱石や魔石だって運び放題じゃねえか!」


 鍛冶師としての血が騒ぐのか、バルディアは興奮を隠しきれない様子だ。鍛冶師にとって、素材の運搬は死活問題だ。この反応も無理はない。


「エミル様、そんな力どこで……!」

「ああ、『空間転移』の応用なんだ。少し練習は必要だったけどな」

「練習で……?」


 アヤメは驚きを隠せない様子だった。


 ——だけど、あまり大っぴらに見せるべき力じゃないよな。


 エミルは内心で冷や汗をかく。


 無限の収納。それはつまり、ダンジョンの資源を根こそぎ独占し、物流さえ支配できるということだ。こんな力がバレれば、商人や貴族、あるいはもっと厄介な連中に目をつけられる可能性は充分にある。


 それに、この力は努力して得たものじゃない。


 異世界に来たときに一方的に与えられたものだ。バルディアのように血の滲む修練を積んだわけでもない。この力に驕り、振り回された結果が、ブラドとの模擬戦での暴走だった。


 だからこそ、慎重にならないといけない。


「いいなあ、鍛冶師の夢だぞソレ……!」

「こんな能力、お前らだから見せたんだ。他のやつには内緒にしてくれな」

「お? そりゃ構わねえけどよ、どうしてだ? その力使えば、一生食いっぱぐれねえぞ?」


 不思議そうな顔をするバルディアに、エミルは正直に話した。この力がどれだけ異常で、危険を伴うものなのか。


 話を聞き終えたバルディアは、真剣な表情で頷いた。


「なるほどな。そういうことなら誰にも言わねえよ。オマエなら、その力を悪用するわけねえしな」

「わたしもですよ、エミル様。あなたの秘密は、わたしたちだけのものです」


 アヤメもまた、力強い眼差しでエミルを見つめる。


 その真っ直ぐな信頼が、少しだけむず痒く、そして何より温かかった。


「……ああ。ありがとうな、二人とも」


 照れ隠しに視線を逸らしつつ、エミルは拳を握る。


 こんな自分を信じてくれるやつらがいる。それだけで、この忌々しい力も、少しはマシなものに思えてくるから不思議だ。


「よし! 荷物の心配もなくなったし、先を急ごうぜ!」


 身軽になったバルディアが、再び先頭に立って駆け出す。


 やがて三人は、ダンジョンの第三階層へと到達した。


 そこは、昨日グラナイト・ケルベロスと戦った広大な空洞だった。今も、血と魔力の残滓が生々しく漂っている。


「……においはまだ新しい。そう遠くへは行ってねえはずだ」


 先頭に立つバルディアが、獣人の鋭い嗅覚で周囲を探る。


「エミル様、あれ……」


 アヤメが指差した先の壁には、昨日まではなかった巨大な傷が刻まれていた。硬い岩盤が、まるで豆腐のように抉り取られている。


「この先に進んだとみて間違いなさそうだな」

「痕跡を追っていきゃ、ヤツの巣に出くわすはずだ。……師匠たちが行方不明なのと、無関係じゃねえはずだしな」


 バルディアが拳を握りしめる。ここからは、いつあの化け物が現れてもおかしくない。


 エミルの脳裏に、タルマ村のダンジョンで出くわしたあの規格外の魔物——地底の暴君(アースデバウラー)の姿がよぎる。奴も、本来そこにいるはずのないイレギュラーだった。


 ——もしかしたら、このダンジョンの奥にも……。


 この異常事態の先にこそ、この力の謎を解く鍵があるかもしれない。それに、元の世界に戻る手がかりだってあるかもしれない。


 不謹慎だとわかっていても、期待してしまう自分がいた。

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