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第019話 扉

 轟音と共に、巨大な岩盤が魔物の頭上へと崩れ落ちた。


 舞い上がる土煙が、視界を灰色に塗り潰す。爆風と衝撃波が背中を叩き、二人はもつれ合うようにして地面に転がった。


 ……。


 …………。


 やがて、音が止んだ。

 怪物の咆哮は、もう聞こえない。


「はぁ……はぁ……やった、か……?」


 土埃の中で、エミルはゆっくりと体を起こす。身体中が軋む。魔力もすっからかんだ。


「エミル様……無茶しすぎですよ……」


 隣で、アヤメも荒い息を吐きながら上体を起こした。


 やがて粉塵がゆっくりと晴れていく。目の前に現れたのは巨大な岩の山。その隙間から、下敷きになった怪物の甲殻が覗いていた。完全に沈黙している。


「……終わったか」

「やりました……やりましたね、エミル様!」


 アヤメの顔を見ると、土埃と汗でぐちゃぐちゃだった。思わず吹き出しそうになった。


「なんだよ、その顔」

「む……エミル様こそ、泥だらけですよ」


 アヤメが口を尖らせて指摘する。


 お互いの顔を見合わせ、どちらからともなく笑いがこみ上げてきた。


 紙一重の勝利。もし少しでも間違えていれば、今頃自分たちも巻き添えを食らっていた。泥だらけの互いの姿が、今は何よりも「生きている証」のように思えた。


「まさか、ダンジョンの奥にこんな化け物がいるなんて……」

「ああ……。でも、こいつの素材なら高く売れるんじゃないか」


 岩の山から覗く怪物の外皮に目をやる。あの異常な硬度なら、防具の素材として使えば最高級だろう。


「ええ。これだけあれば、わたしの装備にも使えそうです……!」


 アヤメの目が輝いた。彼女にとっては、これが本来の目的だった。素材を集めて換金し、グロムハルトへの旅費と装備を整える。


 ——そうだ。アヤメはここで素材を集めて、セルディスに戻る。

 おれは、この先にある「扉」を見つけて……。


 そう思った、その時だった。


(……来い……)


 ドクンッ。


 心臓を直接鷲掴みにされたような衝撃が走り、エミルの体が跳ねた。


「……ッ!?」


 咄嗟に周囲を見回す。だが、いるのは自分たちだけだ。


「ど、どうしたんですかエミル様、急に」

「……今、何か言ったか?」

「え? 何も……」


 アヤメはきょとんとして首を傾げている。


 ——聞こえてないのか?

 今の声は……おれだけに?


 耳から入ってくる音じゃない。頭の中に直接響いてくるような、奇妙な感覚だった。男か女か、老人か若者かも判別できない。ただただ澄み渡った、不思議な声。


(……来い……まっすぐ……進め……)


 視線が、勝手に吸い寄せられる。


 怪物を埋めた岩山の、さらに奥。崩落の衝撃で壁が崩れ、今まで隠されていた「新たな道」が口を開けていた。


「……あっち、か」


 ——もしかして、「扉」が呼んでいるのか?

 あの酔っ払いが言っていた、おれと似た服を着た男が探していた「扉」。それがこのダンジョンの奥にあるはずだ。


 声に導かれるように、エミルはふらふらと立ち上がった。


「エミル様? ちょっと、どこへ行くんですか!」


 制止するアヤメの声が、ひどく遠くに聞こえる。


 気づくと、この頭に響く声につられてどんどん進んでいった。まるで、自分の体が勝手に導かれるように、一歩、また一歩とダンジョンのさらに奥へと進んでいく。


「待ってください! まだ魔物がいるかも……」


 アヤメが慌てて追いかけてくる気配がする。だが、止まれない。足が勝手に動く。


 暗い。深い。ダンジョンの最奥から漂う、濃密な魔力の匂い。それがエミルを、強烈な磁力のように引き寄せていく。


 あとでアヤメに聞いた話なのだが、取り憑かれたようにひたすら進んでいく姿を見て怖くなったそうだ。目を離すともう見つけられなくなってしまうのではないか——それほど異様な様子だったらしい。




 —————




 どれだけ歩いただろうか。


 声に導かれるまま進んだ先で、視界がぱっと開けた。


「……あった」

「な、なんですか……これ……」


 追いついてきたアヤメが、息を呑んで立ち尽くす。


 目の前には、巨大な鉄の扉がそびえ立っていた。ダンジョンの奥深くには不釣り合いなほど巨大で、荘厳な扉。明らかに異質で浮いている存在。


「これが……おれが探していた『扉』なのか……?」


 心臓が跳ね上がる。


「これが……?」

「ここから声がする……」


 期待で胸が張り裂けそうだった。


 ——この先に、元の世界への道があるのか?

 やっとだ。やっと見つけた。これで帰れる。帰れるんだ。母さんの仇を追える……!


 心臓の鼓動が早くなる。ごくりと唾を飲み込み、その重厚な鉄扉に手を伸ばそうとした——その瞬間。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


 触れてもいないのに、重々しい音を立ててひとりでに開き始めた。

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