第93話
「く・・・かはっ・・・」
サクラが拳を引くと同時に、空間に入ったヒビ割れは消滅する。ボーディガンはよろよろと後ずさり、ゆっくりと膝を地面に着いた。
「終わりだ、災厄魔王ボーディガン」
「・・・L」
ボーディガンの指輪が光る。その瞬間、ボーディガンの隣にエルが一瞬で現れる。
「あぁ! ボーディガン様、こんなに傷を・・・」
「L、あれを使う。手を貸せ」
「はい、どうぞ私の体をお使いください」
「何がする気だ、止めろ!」
サクラが走り出すと同時に、ボーディガンの手がエルの手と触れた。指輪が強い光を放ち、俺達の視界は一瞬塞がる。
「間に合わなかった!」
「ジハード、君はこっちに!」
リーリャンに抱えられ、俺は光の中心から引き離される。
サクラが俺達と光の間に立ち、守る様に立ち塞がる。
「・・・すまない、L」
光が収まると、そこにいたのは無傷のボーディガンだった。その隣には傷だらけのエルが、地面に横たわっていた。
「【ダメージを他者に移し替えるギフト】、一度きりの最後の切り札だ」
「そんな・・・」
リーリャンが絶望の声をこぼす。
「はっ! だったらもう一度拳をねじ込むだけだ!」
サクラは地面を踏み鳴らし、ボーディガンに拳を見せ付ける。だがサクラの腹には貫通する程の刺し傷、無茶な動きは出来ない。
今のボーディガンに対して、俺達は勝ち目を失ってしまった。
「今度は全力で行く、この後の作戦や脅威排除の事は考えない。俺はお前達を確実に殺す」
ボーディガンの背中から、さっきよりも多い異形の腕が生えてくる。様々な武器を持ち、見えない斬撃が飛び交い、黒い稲妻が地面に降り注ぐ。
その目は光り輝き、俺達の未来の動きを見ているのが分かった。
「どうすれば・・・」
「やっと、僕の出番のようですね」
ボーディガンの顔が驚きに染まる。俺達の後ろから、足を引きずりながらゆっくりと誰かがやってくる。
「お前・・・」
「お待たせしました。ホバ、ただいま参上です」
そこには、ホバが立っていた。
「偽物達は僕に手を貸してくれなかったので、ブラックホールを抜けるのに時間が掛かってしまいました」
「ホバ、体は大丈夫なのか?」
「少し休んだお陰でまだ動けます」
「でも、病人が増えたところで勝ち目はないでありますよ?」
「ご心配には及びません。戦うのは僕ではなく、我が王ですから」
ホバを囲む様に、風が吹き荒れる。
風はまるで人の顔の様に形を作り、ホバの中に入っていった。
「我が王よ、体をお貸しします。どうか災厄の魔王を打ち倒し、世界に平和を取り戻してください」
ホバは俺達に向かって振り返る。
「皆様との旅は、とても楽しいものでした。それでは皆様、またどこかで会いましょう!」
「ホバ!」
風が全てホバの体に入り込む。吹き荒れていた風は消え、一瞬の静寂が訪れる。
突然ホバの体が風船のように膨れ上がり、みるみるうちに巨大になっていく。
『カカカッ! よくやった我が側近ホバよ! 流石は俺様の息子だ!』
巨大に膨れ上がった体は膨張を止め、みるみるうちに萎んでいく。だが元のホバのサイズではなく、巨漢の筋骨隆々とした体型に落ち着く。
「お前は?」
『俺様の名前は風神魔王フォーム! 始まりの七大魔王の一人にして、最強の魔王だ!』
「最後の砦って訳だ」
ボーディガンが戦闘態勢に入る。フォームは虚空に何かを掴むと、その周囲に小さな竜巻が現れた。
『来たれ、《《豪風》》!』
ボーディガンが竜巻から取り出したのは、ホバが使っていたレイピアだった。巨大な指で摘むように持つそれは、レイピアよりも指揮棒の様だった。
『謳えよ風! 舞えよ刃!』
「同じタイプのギフトか!」
フォームが指揮棒を振ると風が吹き荒れ、一瞬で空間の壁に幾重にも切断跡が現れる。見えない風の刃はボーディガンに向かい、ボーディガンの周りを飛ぶ見えない刃を次々とかち合っていく。
衝撃だけが可視化され、お互いの体に傷がどんどん増えていく。
「こっちの方が不利か」
『当然! 俺様が最近のナヨナヨした魔王如きに負けるか!』
「舐めるなよ老害が!」
ボーディガンは背中から生えた腕を伸ばし、フォームに直接攻撃を叩き込もうとする。百を超える武器がフォームの目の前に迫るが、フォームは指揮棒を大きく振るった。
『我が風よ、全てを薙ぎ払え!』
突風と呼ぶには強すぎる。言うなれば、《《覇風》》と呼ぶに相応しい風が強烈に吹き下ろされる。
フォームの目の前にまで迫っていた腕達は全て地面に叩き潰され、一瞬でミンチになる。
「ぐっ!」
フォームの握る指揮棒の速さが一段階上がる。フォームの体の傷は増えなくなり、一方的にボーディガンの体にだけ傷が増えていく。
『軟弱者め! 災厄の魔王は俺様が殺す!』
「この・・・っ! 動け!」
ボーディガンが背中から生えた腕を動かそうと身を捩る。だが、腕は地面に押さえ付けられピクリとも動かない。
「やれ、殺せ!」
『無駄だ! 俺様の風は一度掴んだものを離さない!』
「動け!」
『カカカッ! 無駄・・・』
フォームの心臓に、小剣が突き刺さった。その小剣は、ブラックホールから伸びていた。
「はい、ボーディガン様」




