第壱章ー肝試しー
(正直、まともに戦ったとして喰われるのは目に見えている。ましてやこの魑魅魍魎の群れと土蜘蛛から伊吹さんを守りながら“ぼくだけ”で戦うことなんて論外だ。
なら……)
突然だが、日向には兄妹がいる。妹が一人と、弟が一人。
妹は見る力が非常に強い。日向には見えないモノも見えるし、勘も鋭く、霊視に関することだけでいえば、父をも凌ぐやも知れない。が、力自体はあまりない。
弟は妹程ではないが見る力は日向よりも優れており、力も日向より強い。
一方日向は、全能力において平凡だ。見る力も、“見える者”の中では見えない方だし、異形を滅する力も“異能を持つ者”の中では決して強くはない。
そんな日向だがただ一つ、唯一父をも、他者を寄せ付けない程に秀でた特徴がある。
(いつまでも黙って見てはいないだろう。
やりたくはないけど、四の五の言っている状況じゃない)
様子を伺うようにこちらをただ見ている蜘蛛たちだが、それも数分とて持たないだろう。
正直な所、気の進む話ではないがやるしかない。
「頼むよ、ユキ」
日向はそう呟くと首にぶら下げていたお守りを手に取ると、目を瞑る。
それはお守りと言うには、少々無理のある代物だった。
何を模しているのか形はデコボコしており、辛うじて材質は木だと言うことが伺える。いつ作られた物なのか酷く薄汚れており、裏には赤い文字で『封』と書かれていた。
「其の神代よ。依に寄りて其の力を器に宿し我が糧と成れ。封を解きし我が名は西牙日向。其の力を持って怨敵を滅せよ」
「西牙……くん?」
おかしくなった?加那はまずそう思った。無理もないと思う。肝試しに来る程度のことで体調が悪くなる程なのだ。今この“目の前の化け物”を見ればおかしくもなる。今自分が辛うじて正気を保っているのが不思議なくらいだった。
(逃げなきゃ。でもダメだ。腰が抜けてる。私は大丈夫だから、西牙くんだけでも逃げて……!)
言葉にならない。酷く喉が渇く。尋常ではないほどの汗をかいている。夏の夜の筈なのにいやに寒い。頭の上から爪先まで鳥肌が立っている。頭の中では本能が逃げろと警鐘をけたたましく鳴らしている。それに反し、足は動かない。目線だけで西牙くんとあの化け物を交互に追っている。
あぁ、私はここで死ぬ。
本能が、そう告げていた。