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第70話 リリアナの退位と勇者クリスタの今後

 食事も済んで一息ついたころ、魔族側の会議が終わったと、部屋に迎えが来る。

 俺とリリアナ、ドグラス将軍の三人はその会議室で結果を聞こうと、案内の者についていった。


 会議室は簡素な部屋で、壁にはこの国の風景を描いた物であろうタペストリーが一枚だけ飾られている。それ以外に部屋の中にあるものと言ったら、大きな長テーブルとそれを取り囲む椅子くらいだ。そこにはギードと国の重鎮らしき数人の魔族が、すでに席についていた。彼らはリリアナを見ると一斉に立ち上がり、頭を下げる。

 リリアナはもちろん、全員と顔見知りだ。一人一人の顔を見て軽く頷きながら当然のように一番上座に座る。俺の席はその隣にあった。


「久しいのう。皆、元気そうで何よりじゃ」

「我々もリリアナ様の無事なお姿が見られて、心より安堵いたしました」

「うむ」


 俺の方をチラチラと見てくる視線には刺々しいものもあるが、リリアナに対してはそれはなさそうだ。行き違いがあったとはいえ、王として、生き神様として慕われていたことがわかる。

 皆が座ったのを見計らって、リリアナがゆっくりと話し始めた。


「先ほど、ギードには話したので皆もすでに知っているとは思うが、私はこの百年の間、王冠の魔道具によって意志の多くを封じられておった。今ここにいる皆が、私のことを王として、大切に接してくれたことは嬉しく思う。長年暮らしたこの国に愛着もある。国民が皆、健やかに暮らしてほしいと願ってもいる。じゃが……じゃがの。魔道具が外れた時に思ったのじゃ。これで自由になれると。自分の意志ではなくここに繋ぎ止められた百年間から、ようやく解放されると。

 半年前、黙って逃げてしまったことを謝罪する。そして今ここで、その時言うべきだった言葉を言わせてほしい。

 私は退位する。この国を捨てて、出ていくつもりじゃ。……すまぬ」


 言い終わったリリアナが口をつぐむと、部屋の中に沈黙が訪れた。それはずいぶん長い時間だったようにも、あるいは一瞬だったようにも思える。

 そのうちに一人、二人と椅子から立ち上がって、床に膝をつく。

 一人の魔族が口を開いた。


「百年もの長きにわたりこの国を守ってくださったことに、心より感謝いたします。この先の旅路に幸多からんことを」

「この国の者がリリアナ様にした仕打ちは、許されることではないのかもしれません。失った時は戻すことはできず、過去の過ちを償う方法を、思いつくことはできませんでした。ですがせめて、我らがこれから先のリリアナ様の幸せを祈ることをお許しください」


 続けて語ったギードの言葉に合わせるように、全員が一斉に深く頭を下げる。

 決まりきった形ではなく、短く簡単で作法も何もない。けれどそれは確かに厳かな、リリアナの退位の儀式だった。


 ◆◆◆


 続けて、主にチビ狐エフィムと勇者クリスタの今後について話し合われた。

 エフィムに関しては、そのまま王としてガルガラアドに籍を置く。本人にやる気があることが第一だが、ガルガラアドとしても今まで通り幻獣様がいてくれるだけで国民が安心するという。

 ただし今のままではエフィムは弱すぎる。リリアナのように実力で刺客を追い返す力がないので、当面の間、ルーヌ山に里帰りすることも納得された。


「山へは私が送り届けるゆえ、心配はいらぬ。数年も鍛えれば、自分の身ぐらいは守れるようになるじゃろう」

「我々の中から護衛として、数人一緒に山に向かうことにしています」

「いや、それは無理じゃな。山は我ら同胞が、対等な契約者と認めた者しか入れぬよ。エフィムを助けた女のみ、連れて行く」

「しかし危険では……」

「どこで暮らそうとも、危険は常にあるものよ。彼の成長を信じて待っているがいい。その間にこの国の警備体制を見直しておかねばの。いつまでも個人の武力に頼るようでは、またアルハラに付け入られるじゃろ」


 一番の問題は、やはりアルハラとの関係が悪化していることだ。刺客が送られてくるだけならまだ対応できないこともないが、このままだといつ戦争になるかも分からない。


「また刺客が送られてくるのでしょうな」

「あいつら、モグラのようにあっちこっちにトンネルを掘りまくってるからな」

「トンネルを探して、片っ端から埋めていくのはどうでしょうか」

「人海戦術だと圧倒的にアルハラのほうが有利だろう」

「トンネルをこちらが把握すれば、逆にカッとなって戦争の引き金になるやもしれんな」

「結局これまで通り、突然襲ってくる敵を迎え討つしかないのか」

「トンネルの出口を探して警備を強化するくらいはできる」

「しかし人員が足りぬぞ」


 こんな会議は、きっと今までにも何度も繰り返されたんだろう。

 侃々諤々《かんかんがくがく》と議論を戦わせるガルガラアドの面々。と、ふと思いついたように軽い調子で、リリアナが言葉を投げた。


「一つ提案があるんじゃが。私は森の民、いわゆるアルハラの刺客候補の者たちをアルハラから解放したいと思っておる。この条件と引き換えに、今回の刺客クリスタの身柄をこちらに貰い受けることはできぬかの?」

「それは……」


 リリアナ、そんな話は俺も聞いてないぞ。

 だが……あの遺跡のあった森でアルが仲間を解放したいといった時。俺の胸の内にも同じ想いが芽吹いた。

 たとえ一人、二人でもいい。ただ捕まって搾取されるだけの人生ではなく、抵抗して、戦って自由を勝ち取る。そんな選択肢もあるのだと気付かされた。

 そうか。リリアナはアルの作戦に乗るつもりなのか。


「ここにいるリクも、そしてクリスタも決して好きで刺客としてここに来たわけではない。森の民の多くはアルハラに捕らえられて、戦闘要員やその人質として使われていての。私は彼らを奪還したい。リクの同胞をくびきから解放したいのじゃ。それは、ひいてはこの国のためにもなるであろう」

「刺客のうち黒髪の者がいなくなれば、確かにこちらも防衛が楽にはなります」

「口約束しかできぬし、成功するかもわからぬがのう」

「なるほど。しかし王を狙ってきた刺客をむざむざと解放したとなれば、この国はますます、アルハラから侮られます」

「うむ。それゆえ、対外的には刺客は王が倒したと報じるのが良い。そうすればクリスタの面目も立つというものじゃ。死んで面目が立つなど、おかしな話じゃがな」

「死んだことにした方が俺たちも動きやすい。それに、魔王の、この国の王の強さのカムフラージュにもなるかもな」


 エフィムは弱い。だがそれをわざわざ敵方に教えてやることもあるまい。

 今日の出来事をどのように脚色して外へと出すのが良いか、この後深夜まで話し合いは続いている。彼らの出す意見を聞きながら、俺もまた同胞の奪還について心の内で手段を考えていた。

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