第71話 チビ狐の帰省、俺たちの帰宅
結局ガルガラアドには、そのまま数日間滞在することになった。
勇者クリスタ、この国にとっては暗殺者であるクリスタは王が見事打ち取ったと、すぐに国内に報じられる。その報はガルガラアドに潜んでいる密偵によって、ほどなくアルハラにもたらされるはずだ。
「世間的には、私は戦って死んだ。であれば、弟の命は保証されるのだろうか……」
「アルハラの奴らが、お前との約束を守ればな」
「弟は、トファーは体が弱い。とても戦士になれる力はないのだ。私たち奴隷は、男は戦士に、女は人質になるのが運命だった。だが私とトファーは無理を言ってその立場を変えた」
「ああ。お前も大変だったな」
「そんなことは何でもない。できることをするだけだ。死んでしまった今……もはや、私にできることなどないのか」
「クリスタ……。お前がなくしたのは、アルハラの戸籍だけだ」
クリスタの処遇は俺達に一任された。森の民の解放を一応の条件にしてはいるものの、実際のところは無条件解放に近い。クリスタもそのことを知って複雑な表情だ。
彼女はアルハラしか知らない。そこで与えられた知識と、今目の前で実際に見ている魔族はずいぶん違う。これから見て体験することを比べながら、徐々に世界を広げればいい。弟のことは心配だが、今はできることをするしかない。
来た時とは違って、この数日で俺たちも随分この城に馴染んでいる。それは誰にでも屈託なく笑顔で話しかけるシモンのお手柄でもあった。シモンは城にいる間中、カリンとくっついていろんなところを歩き、誰かと出会うたびに話しかけているんだ。巻き込まれたカリンはちょっとだけ迷惑そうだが。
人族との魔族が仲良く歩き回る姿は、ギード達にも歓迎された。魔族たちもこれからはもっと他国と交流するべきだと思い始めている。今はちょうどそういう時期でもあった。
時にはシモンやカリン、仲良くなった下働きの魔族なども交えて、いろいろと話し合う。これからの予定を相談し、合間にエフィムと契約者の女の旅支度を整える。そちらは側仕えの侍女たちが競って荷造りしていた。雪山へ登ることになるので、かなりの重装備だ。エフィムが重い荷物を持てるよう、身体に魔力をめぐらす特訓も始められた。
出発の日、城の中のあちらこちらを回って、リリアナとエフィムが魔族の皆に別れを告げる。俺達もまた、仲良くなった者たちと簡単に別れを済ませた。
最後に城の裏門に主だったものたちが集まる。
出発するメンバーには、俺たちの他にクリスタ、エフィムとその契約者の女が加わっている。死んだことになっているクリスタや、城の外に出るはずもないガルガラアド王エフィムは変装した。なるべく目立たないように、こっそりとこの国を出るのだ。決してアルハラの密偵に見つからぬように気を付けて……。
そして、エフィムたちと入れ替わるように、レーヴィがこの城に残ることになった。レーヴィの隣には寄り添うようにドグラス将軍が立っている。
「リクさん、みなさん、ここまでありがとうございました。私はしばらくの間、この国を見てみたいと思います」
「我が国は、ガルガラアドはこれから変わっていかねばならぬ。レーヴィの存在は、魔の民だけでなく他の種族のことも知る、良い機会だ。そして……父としてこうして娘に会えたことに、改めて感謝する。これから私たちが作り上げていく国を、どうかまた見に来てほしい。今度はきちんと正門を開けてお迎えしよう。」
「リリアナ様、良い旅路をお祈りいたします。エフィム様、身体に気を付けてどうかお元気で。この国の者全員が、あなた様の帰還をお待ちしております」
◆◆◆
別れを惜しみつつ城を後にして、俺たちは城よりもさらに北にある、ルーヌ山に向かった。
……が、雪深いこの季節、ただでさえ険しい山に分け入るほど無謀ではない。
「こんなこともあろうかと、準備してきてよかったのう」
王城の北に向かって半日。人里など到底見えない林の中に、リリアナが新しい転移陣を作った。初めて見て息をのむクリスタ達。その様子を見て、やれやれと肩をすくめるシモン。誇らしげにリリアナを見つめるカリン。
「いいですか、クリスタさん、内緒ですよ。ここで見たことは内緒です。これから先見るものも、すべて内緒です。ええ。もう諦めつつありますけど」
「は、はい」
「美しい魔法でした、リリアナさん。さすがです」
エフィムとその契約者も目を見張っていたが、修行していればこんな神秘的な光景にもすぐに慣れてしまうだろう。
この転移陣はブラルの俺たちの家ではなく、イデオンの『北の荒れ地』にある洞穴の一つに繋がった。現在開拓中の場所からは少し離れていて、街道沿いでもないので人はほぼ通らない。
この旅に出る前に、今後のことを考えて、いくつか新しい転移陣を設置しておいたのだ。こうすれば、家の地下の転移陣を使わずに済む。いざという時、サイラードの崖の上やラビの孤島の秘密基地を隠すために。
「転移陣の場所は埋めたり何かで覆ったりして隠し、軽々しく他言するでないぞ。特にエフィムはこれから、里で修行するが、契約者のそなたも決まり事を一緒に学ぶとよい」
「(リリアナさんもですよ)」
ぼそっとシモンがつぶやいた。
ははは。諦めろ。
北の荒れ地からは、イリーナの森の遺跡近くの村跡に転移する。そこから遺跡を通って、エフィムと契約者の女を幻獣の村に送り届けた。
「こんなに早く着いて……」
「雪山を人の姿で歩くのは面倒じゃ」
「リリアナさん! だったら、いつでもポチになってくれていいのですよ?」
「シモンはほんに、欲望に忠実じゃのう」
エフィムの家は遺跡からは遠いが、近くに住む者が家族を迎えに行ってくれる。きっとすぐに再会できるだろう。
俺たちが全員で見送れるのは遺跡の中までだ。そこで五年後の再会を約束して、手を振った。
「さて、我らも家に帰るかの」
「なんというか、知らない場所にポンポンと……目が回りそうだ」
クリスタが頭を振りながら小声でつぶやいた。
「そうだな。これからもっといろんな場所に行くことになるさ。でもまずは家に帰ろうか」
イリーナの森の村跡から、北の荒れ地の洞窟に転移で戻る。そこから家までは、徒歩で一日。
「家に帰ったら、まずお風呂に入って、それからちゃんとしたご飯が食べたいですよね」
「シモンの料理か! 楽しみだな」
「リクさん、そうやってさり気なく自分の当番を飛ばしちゃだめですよ。次の食事当番リクさん、そしてそのあとは新人のクリスタさんですからね。ええ、家事は分担制です」
「料理など……まともに作ったこともない」
「大丈夫ですとも!僕がしっかり鍛えますよ。カリンさんはまだしも、リクさんとリリアナさんは本当に酷いもんでしたから。でも今はちゃんと料理も洗濯も風呂の準備もできるのですよ」
ふっふっふっ、と不敵に笑いながら、意気揚々とシモンが歩く。
そうか。次の当番は俺か……。
座ってれば食事が出てきたガルガラアドの城に、少しだけ戻りたくなるな。
そんなことを思いつつも、家へと向かう足取りは軽かった。




