鵜飼さんの厚意
次の日も同じように図書準備室に足を運んだ。
やはりどうやってコミュニケーションを取ればいいのか分からない。
今でも手話の勉強をしているのだが、やはり会話できるほどの能力がない。単語として何かを認識する程度ならできるのだが、文として捉えることが出来ない。
こちらが一方的に喋って、鵜飼さんが頷くという展開が一番多い。
別にそれでもいいのだが、何か寂しい。
「やっぱり、これは不便ね」
「佐々田さんもそう思う?」
しかし鵜飼さんには伝わってしまったようだった。しゅんとして下を向いてしまった。
「ちょっと、さっさと謝ってくださいよ! なんてこと言うんですか!」
「三谷君だって同意したじゃん! ち、違うのよ、真琴ちゃん。あれ。あれよ。学校側もい色々準備があるから」
佐々田さんはそう言うと、準備室を漁り始めた。
「あった。これ。真琴ちゃんに貸してあげるから! むしろ持ち帰ってもいいから!」
佐々田さんはタブレット端末を鵜飼さんに渡した。
「こぇは?」
鵜飼さんが渡されたものを見て、困惑している。
「ただのメモ帳としてだけど使ってって、校長が言ってたわ。これで筆談できるでしょ?」
鵜飼さんは頷いて、メモ帳を起動した。
キーボード表示され、鵜飼さんはタイピングし始めた。
「うま……!」
めっちゃ早い。俺もある程度できるけど、鵜飼さんは遥か上を行っている。
『貸して貰っていいんですか?』
鵜飼さんがササッと入力すると、その画面を見せてきた。スマホの操作は慣れないようだったけど、タブレットは違うみたいだ。
「良いわよ。でも壊しちゃだめよ。一応は学校の備品だから」
佐々田さんはその他諸々の備品を鵜飼さんに渡した。至れり尽くせりだ。
鵜飼さんの嬉しそうな顔を見れば、その位良いかと思えてくる。
するとチャイムが鳴って昼休みの時間が終わりを告げた。
鵜飼さんはタブレットをさすがに持ち帰る気はなかったようだ。
「別にいいのよ?」
『税金ですから』
現実的だ。確かに一生徒のみに貸し出すというのは、何か問題になりそうだ。
「それもそうね。じゃ、ここにいる間だけね」
そういう結論になって俺たちは準備室を出て行った。
俺はスマホの画面を通して、鵜飼さんとの会話を試みる。
『良かったね』
鵜飼さんは俺のスマホを受け取って、メモ帳に書き込んだ。
『筆談できるね』
確かにそうだな。紙ももったいないし。鵜飼さんと喋れるのなら俺も文句はない。
次の日。木曜日は図書委員の仕事の日だ。
いつも通り仕事を済ませて、鵜飼さんの隣に座った。
俺はスマホ、鵜飼さんはタブレットのメモ帳を開いて、会話を試みた。
『何書こうか』
『そうだね。何かある?』
と、言われても困るな。
無難に行くか。というより、俺、鵜飼さんの事全然知らない。
『あんまりいい気分じゃないと思うけど、良い?』
鵜飼さんは頷いた。
『いつから聞こえなくなっちゃったの?』
鵜飼さんは高速で表示されているキーボードを打ち始めた。相変わらず早い。
『最初から。気づいたときにはほとんど聞こえなかったの』
『補聴器を付けないの? 便利だと思うけど……』
『いじめられた時があって、あまり付けたくない』
誰だいじめた奴は。そんな事で人を傷つけるな。
まだあるようだ。
『それに人の目も気になる。知らない人はいいけど、同級生たちには知られたくない』
やっぱり知られたくないんだ。
『俺知っちゃったけど』
『それは、しょうがないけど。三谷君は例外でいいよ』
そんなこと言われると、勘違いしそうになるんですけど。訓練されているので、俺は大丈夫。鵜飼さんは天然そうだから、気負っていない。そう。大丈夫。冷静に。ただ知られたから、俺だけはもうどうしようもないだけだ。
『手話は? 俺頑張ってるけど、なかなか覚えられない』
「ぅ~ん」
鵜飼さんはどう言えばいいのか悩んでいる。最近は俺の前でも自然に声を出すようになっている。それでもちゃんと発音はできないようだ。その辺はあまり突っ込まないようにしている。
『私も苦労したし。そう簡単に身につけられたら困るかな!』
鵜飼さんは笑いながらそう書いた。
俺は苦笑いするしかない。
そうか。鵜飼さんも苦労したのか。
『どう覚えたの?』
『実践あるのみ!』
短いが的確な答えだ。
『ちょっとやってみて』
鵜飼さんは早速手本を見せる。
バババッと手話を行う。誰も注目はしていない。その点は大丈夫なのだが、何を言っているのかさっぱり分からない。
「全然わからないわ。ごめんね。もういいよ」
鵜飼さんは手話を辞めて、周りを確認した。誰も見ていなかったようだ。ちょっと心臓に悪い。
「やっぱり覚えた方が良いよな。どうするか……」
「……ぁ」
鵜飼さんは何かに気付いたようで、ポンと手を打ち鳴らした。
『私と付き合って』
次の土曜日。朝早い。というより眠れなかった。
金曜日を挟んでいるにも関わらず、緊張しっぱなしだった。
「大丈夫、変な事なんてない。知り合ってから一か月以上たっているし……」
もう五月も中旬だ。
図書委員になってから一か月以上たっているし、鵜飼さんと一緒にご飯も食べている。多分友達だ。
友達っていうのはなるんじゃなくて、いつの間にかなっているものだという。何かの漫画で読んだ。
そう。俺と鵜飼さんはもう友達。
「だから今から鵜飼さんの家に行くのも変じゃない。普通。超普通。ノーマルだから」
この前の木曜日。鵜飼さんは自分の家に来て、一緒に勉強しようと誘った。中間テストと手話の勉強だ。一挙両得。普通だよね。同級生だし。一緒にご飯食べる仲だし。強制的だけど。でも、最近は普通に喋っている。
俺や佐々田さんが喋りかけて、鵜飼さんはタブレットで受け答えする。
補聴器を付ければ鵜飼さんは割と声が聞こえるみたいだった。それでも聞き取れないときもある。読唇は基本、鵜飼さんが良いようにとってしまう事が多々あった。本人もそこまで信用していないみたいだった。
だからこそ、鵜飼さんはそこまで勉強が得意じゃない。
頭はいいけど、勉強という括りでは、難聴という点が足を引っ張ってしまっている。
だから俺と一緒の高校にいる訳なのか。
そんな事を考え現実逃避をする。
やべーよな。もう白砂駅だし。俺変なところないかな。存在がというのは無しの方向で。俺は自分の服装を確かめる。暑くなってきたので、七分丈の服を着てきた。長袖はさすがに暑くなってきた。地球温暖化も本領発揮という事だ。
今は白砂駅の改札口付近で鵜飼さんが来るのを待っている。
本来なら電話でもして鵜飼さんを呼び出すのだろうが、生憎と鵜飼さんと電話は相性が最悪だ。傷口を抉るような事はしなくても良い。これくらいで何かを思う事ないと思うが、あまり鵜飼さんが不快に思う可能性がある事はしたくない。できるだけだが。
「あぁ、もう、いかん。超緊張する。何で俺がこんな目に……」
その瞬間、後ろから肩を叩かれた。
びっくりして振り返ると、やはりというか、鵜飼さんが居た。
「……おはよう」
「はぉ」
鵜飼さんは軽く手をあげて、挨拶をした。ここではあからさまに手話はしないようだ。
私服だ。白いワンピース。カジュアルなその格好で、手には何も持たずここまで来たみたいだ。本当に迎えに来ただけという格好だ。
補聴器はしている。鵜飼さんの補聴器は少し黒っぽいので、髪の毛の色と見分けがつけ辛い。近くないと気づかないかもしれない。
今は朝の十時くらいだ。こんにちはと言うべきかもしれないが、まぁ、それ位良いだろう。
「こっち」
久方ぶりにまともな発音をしてびっくりしたが、偶にこう言う事がある。良い事なのだろうが、通常は『あ行』しか言わないから、かなり驚いてしまう。失礼だけど。
鵜飼さんは俺を先導して、駅から離れていく。
「近いの?」
「ぅーん。あぉちょっぉ」
すぐに並んで歩いて、鵜飼さんに聞いてみた。割かし話して答えてくれる。
言い方を変えれば、俺の手話は鵜飼さんと会話できるレベルではないのだが。何か悪い気がしてしまう。
恐らく、あと少しと言ったのだろう。唇の動きに気を付けるようになったので、何となくわかる。それに一応はかなり近い発音はしている。
住宅街に入り込んで、数分歩くと普通の一軒家が目に入った。
鵜飼と言う珍しい表札が埋め込まれた表札だ。ここか。白っぽい壁に黒色の屋根。スタイリッシュ。現代風の家だ。
鵜飼さんは当然躊躇する理由はなく、門をくぐって家のドアを開けた。
「たぁいま」
「お、お邪魔します……」
すると奥から前に見たお母さんらしき人が姿を現した。エプロンをして、サイドテールに髪を縛っている。なんというお母さん像だ。完璧だ。ザ・お母さん。
「あら、あなたが三谷君? まぁまぁ。本当に来たのね。半信半疑だったわ」
「は、初めまして」
緊張する。何と言っていいものか。というか、来るのすら疑われてたのか。
「ごめんなさいね。真琴がお友達連れてくるのなんて初めてだから、おばさん年甲斐もなくはしゃいじゃ
うわ。どうする? ケーキ食べる? それとも和菓子がいいかしら? 三谷君はどっちが良い?」
本当にはしゃいでいるようだ。なかなか饒舌なお母さんだと思っていると、鵜飼さんがお母さんを止めに入った。
俺には分からない手話で何事か話している。何を表現しているのかさっぱりだ。
「別に良いじゃない。そんなこと言わなくても」
「何て言ってるんですか?」
俺の疑問に、お母さんは手話で返すのではなく、口で喋り始めた。
すると鵜飼さんが突然慌て始めた。お母さんの口を塞ごうとしているが、腕に阻まれている。
抵抗むなしく、お母さんは鵜飼さんが言ったことを復唱した。
「邪魔しないでって。妬けるわ~」
カァァと顔が熱くなるのを感じる。
鵜飼さんがそんなこと言うのかと思うと、何か、感動するものがあった。
「ぉっと!!」
「わ、それじゃ、邪魔者は退散しようかしら。お菓子は後で適当に持って行くから」
俺たちは廊下に取り残された。無音の空間が俺たちを包み込む。
鵜飼さんがゆっくり振り返った。
顔真っ赤だ。
「こっち」
無かった事にして欲しいらしい。俺も蒸し返されると顔がニヤけそうだから、ちょうど良い。嬉し恥ずかしだ。
鵜飼さんは二階に行って、俺も付いていく。
とある部屋の前で立ち止まり、鵜飼さんはドアノブを回した。ここか。緊張だ。入っていいのやら。
「ぉぅぞ」
鵜飼さんの許可を得て、俺は部屋の中に入った。
「おぉ……!」
すごい。本の数が。見覚えがある。詠子の部屋に似ているが、随所に女の野らしさが見える。ぬいぐるみとか、ピンクの家具的な。それでも一番目を引くのは、たくさんの本だ。
でも、男の子的にはベッドに目が行ってしまう。
やめろ。
そんなつもりないし。
ないし。
ないもん。
別に用意なんてしてないから。
買う勇気すらないし。
何言ってるか分からなくていい。
そう言うのは無し。というよりできない。
下にお母さん居るし。これでするとか勇者だ。
しかも鵜飼さんとはそんな関係じゃないし。
俺は少しはなりたいかな、とか思ってるけど。少しね。少し。迷惑だろうし。釣り合っていない。今日のも鵜飼さんが手話を教えてくれるという名目で、ここにいる訳だし。そう言うのじゃないし。
俺が固まっていると、鵜飼さんは小さな机を引っ張って来た。
鵜飼さんはその机の前に座って、俺もそこに座る。対面で座ると、鵜飼さんはタブレットを出した。学校のではなく、個人的に持っていたんだ。だからタイピングがあんなに早かったのか。納得。
『始めましょう』
最初は、手話からだ。
俺の手話と鵜飼さんの発音の練習。一石二鳥だ。
『おはようございます』
「ぉぁようぉざいまふ」
落ち着け俺。可愛いな、とか思ってる場合じゃない。次だ。
『こんにちは』
「ぉんにちは」
惜しい。もう少しで今のは完璧なこんにちは、だった。
「もう一回」
「ぁぃ」
気を取り直して、もう一度発音してもらう。俺も手話の練習になっていい。一人より、断然楽しいと思う。
『こんにちは』
「こんにちは」
「今の良い!」
「ぉんと?」
ややイントネーションが違うかもしれないが、範囲内だ。全然聞き取れるし、違和感もそうはない。聞き取れる事が一番だ。
俺は「ホント」と伝えると、鵜飼さんは何回も確認するように発音を繰り返した。何回か繰り返していると、いけるかなと思い、次に行くことにする。
その前におはようも言えるといいかな。
「もう一回、おはようね」
「ぁぃ」
はい、って言ってくれないな。『は行』は苦手かな?
そうでもないか。他も全部同じようなものだ。
『おはようございます』
俺は手話でそう表現する。
「おあようぉあいます」
さっきより堂々と発音している。若干残念とか思っていない。小さな声も魅力的、なんて思ってないし。
「もう一回」
俺たちは練習を続ける。
基本は焦らない。挨拶は大切だ。俺と鵜飼さんは、おはよう・こんにちは・こんばんはを何回でも繰り返した。少し飽きたかな、なんて思っているときにお母さんがノックをして、中に入ってきた。
「あら、何やってるの?」
鵜飼さんから聞いてなかったのか。
「手話の練習と発音の練習です」
「あれ? 三谷君、手話出来るの?」
「いや、だから練習を……」
「ふ~ん……」
お母さんは饅頭とお茶を机の上に置いた。その顔は俺に興味津々と言った風だ。
「青春ね」
「おかぁぁん!!」
「分かってるわよぉ。お昼ご飯出来たら呼ぶから。三谷君も食べて行ってね」
「あ、ありがとうございます」
お母さんは、オホホと笑いながら部屋を出て行った。
残された俺たちは沈黙に支配された。なんという雰囲気。やばい。恥ずかしい。あのお母さんは見た目以上にクラッシャーだ。しかもわざとっぽい。
俺たちは俯いていたが、同時に饅頭に目が行ったのか、手を伸ばした瞬間、その手が触れあった。
「ご、ごめん……!」
「……ぅんぅん」
すぐに手を引っ込めて、謝った。何にだ。もう。あのお母さん。やめて。変な雰囲気にしないでよ。
恥ずかしい。
や、実際、俺が手話を覚えたのは鵜飼さんに近づくためなんだけど。
でもあからさまにそれを指摘されると、かなり恥ずかしい。
「……続きやろうか」
「……ぅん」
それから二時間みっちりと俺は手話、鵜飼さんは発音を練習した。
俺の場合は簡単な単語の確認。鵜飼さんは五十音の練習になってちょうどいい。
少しギクシャクしたのは否めないが、それでもちゃんと時を過ごした。
お母さんから呼ばれて、二人で一階に降りた。時刻は十二時頃で、ご飯時という感じだ。
リビングに行くと、ご飯の用意を終えたお母さんがすでにテーブルの前に座っていた。
「ごめんね。何にしようかと思ったんだけど、今日暑いでしょ? そうめんになっちゃった」
見ればテーブルの上には涼しげなそうめんがドンと置いてあった。季節外れと言えばそうだろうが、今日は本当に暑い。五月かと疑うような気温だ。
「全然大丈夫ですよ。むしろ良いくらいです」
「そう言ってもらえると助かるわ。真琴も食べましょ」
鵜飼さんはお母さんの隣に座って、俺はその対面に座る。
「あら? 隣じゃなくていいの?」
無視。
無視だ。
マジで余計な事しか言わない。別に対面でも恥ずかしいし。変わらないし。
鵜飼さんも無視して、そうめんに手を付けている。俺もそれに倣う。
「えぇ。無視? おばさん傷ついちゃう」
「……そんな風には見えませんが」
「そんな事ないわよ。これでも悲しんでるのよ」
お母さんは口元に手を当てて、ヨヨヨと言っている。マジで反省してない。口元ニヤけてるし。遊ばれてる。おもちゃだ。俺はおもちゃになっているのだ。
鵜飼さんは静かにそうめんをすすっている。
「まぁ、冗談は置いておいて」
「いや、本気でしょ」
鵜飼さんも隣で頷いている。
「まぁ、いいじゃない。はしゃいでるだけ。真琴のお友達だし。それに最近何かと話題の三谷君。これは無視できないわ」
ガタッと鵜飼さんが勢いよく立ち上がった。
「ち、ちょっと!」
こういう時に良い発音だ。さっきの練習の成果かもしれない。
しかしまたしても鵜飼さんの抵抗むなしく、お母さんの進撃は止まらない。
「最近、真琴の口からは三谷君ばっかりよ。今日は三谷君とご飯を食べたとか、お喋り出来たとか。今日なんて凄かったわ。どの服が良い? 変じゃない? どこかおかしい所ない? そんなのばっかり」
「ぁぁぁぁぁ……」
やめてくれ。マジで恥ずかしい。俺も鵜飼さんも俯いてしかいない。ご飯の味がしない。これ何だっけ? ゴム?
鵜飼さんは両手で顔を隠している。俺は下を向く。
しかし、お母さんの攻撃は終わらない。ずっとお母さんのターン。
「まさか男の子が本当に来るなんて思ってなかったわ。真琴ったら、だ・い・た・ん」
鵜飼さんは我慢の限界だったのか、立ち去った。ドタタタ、とすごい勢いで二階にかけ上って、バンと大きな音を立てて自分の部屋のドアを閉めたようだ。
「あ……」
俺はその後姿を見るだけで、どうすれば良いのか分からない。取りあえず、お母さんと二人でそうめんをすする。味が無い。顔が熱い。もう、なんだよ。完全に遊ばれてる。
「ありがとうね」
「え……?」
二人同時に咀嚼を終えると、お母さんがそう言った。
「まさか、真琴とお友達になってくれる人が居るなんて思ってなかったの。お礼でも言おうかと思ったんだけど、お話しする時間が無くって。ちょっと真琴には退場して貰ったわ」
「……やり方が雑ですよ」
「あなたたちが悪いのよ。ちょっと進みが悪いんじゃない?」
「……何の事やら」
俺は一口そうめんをすすった。美味い。冷静になっている。
「まぁ、いいけど。二人の問題だし」
だったら突かないでください。
「それでもね。私、いえ、お父さんもだけどとても感謝してるの。最近、あの子は明るくなったわ。楽しそうだし、嬉しそうだったわ。今までだったら、陰鬱な顔して学校行っていたのに、そんな事なくなった。何でか気になって聞いてみたら、三谷君ていう名前が出るじゃない。そしたら、今日来るっていうから、私驚いちゃって。嬉しいわ。……本当に」
そう言うと、お母さんはホロリと一筋の涙を流した。
「あ……」
「本当に、本当にありがとう。あの子、小学生の時いじめられて以来、友達なんていなかったし、中学は難聴学級行って。でもそこでもあまり友達はできなかったみたいで。普通の高校に行きたいって言った時は驚いたわ」
それはそうだろう。俺も驚きだ。
「学校に相談して、何とか協力を取り付けて。でも、やっぱり一年生の時は友達が出来なくて。楽しくなさそうだったわ。でもね。今は違うの。ああやって、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにして。とても魅力的な女の子よ」
「……」
涙声でそういわれて、俺は何と返せばいいのか。まさかここまでマジな話になるとは。
「良かったらこれからも仲良くして頂戴」
俺はすぐさま答えた。これは何て言えばいいのか分かる。
「はい」
これだけで良い筈だ。この言葉に全てを凝縮する。真摯に真面目に受け答えたつもりだ。
お母さんはにっこりと笑って、涙を拭った。
「ありがとう。……じゃ、頑張ってね~」
お母さんは空になったそうめんの器を持って、台所に姿を消した。
何を頑張るのかと言うのが一瞬わからなかったが、これは鵜飼さんの事だ。
「何て言って部屋に戻るんだ……」
超気まずい。
いや、待て。
これがある。
俺には使命がある。
鵜飼さんの体調を守るため、俺はとある任務を請け負っているのだ。
俺は席を立ちあがって、二階へと向かった。
俺は鵜飼さんの部屋の前に着くと、数回ノックした。
「鵜飼さ~ん」
下から「は~い」なんてふざけた反応をする人は無視だ。
数秒待つと、少しだけ隙間を開けて鵜飼さんがドアを開けた。
「……」
ジト目で俺を見てくる。俺が悪いわけじゃないのに。
しかし鵜飼さんはある事柄を忘れている。しょうがない人だ。
「薬飲んだ?」




