10 真相は温かく
「イリーナ……僕は……僕はとても君が好きなんだ……」
「はい、カリス様、私……って、え? えええ!?」
突然の告白に、イリーナの頭は真っ白になった。
(す……す、す、す、好き……? カリス様が……私を!?)
聞き間違いか!? それとも焦がれるあまりに幻聴でも聞こえたのか!?
と、イリーナはすっかり混乱状態だ。
「い、いきなり何をおっしゃって……!?」
「今まで不安にさせてしまって、すまなかった……。けど、僕は普通ではない。昔から異常な力を持っていて……自分の意思でそれは制御できないんだ」
イリーナの手をぎゅっと握りしめ、決して離さないまま、カリスは静かに語り始めた。
生まれた頃から持っていた異常な力のこと。感情の起伏に応じて、意思に関係なく魔術を使ってしまうこと。イリーナに知られたくなくて隠していたこと。
――そして、イリーナのそばにいると、感情を抑えることが出来なくなるため、ずっと避けるようにしていたということ。
何もかも初耳だ。
イリーナにとってもっとも信じられないのは、最後の1点だった。
(か……カリス様が……私のことで感情を抑えられなくなる……?)
ふわふわとした頭の中で、その事実を反芻する。
いつも冷徹なカリスが。
自分にそっけなくて、興味がなさそうにしている婚約者が。
心の中ではそうではなかった……?
それを想像するだけで、イリーナの心臓は激しく波打って、カリスのそばにいて平静でいられないのは自分の方だと思った。
イリーナはカリスの顔と握られた手を交互に見やった。
「えっと……でも、今は特におかしなことは起こっていないみたいですけど……」
「それが変なんだ。こうして手を握っているだけで……こんなに僕はドキドキしているのに」
「あの、思うになんだけど」
そこで口を挟んだのはリュビだった。いつのまにかカリスの肩に腰掛けて、短い前足で腕組みをしている。
「君の力って赤ん坊の時から発揮されてたんだよね? 泣く度に周囲に冷気を発していたとか何とか」
「両親からはそう聞かされている」
「物心ついてからは、力が暴走しないようにカリスはいろいろ我慢してきたんだよね? つらい思いもたくさんしてさ」
「ああ……それがどうした?」
「もしかしてさ」
こてんと首を傾げて、リュビは尋ねた。
「力が暴走してしまうのは、負の感情が湧いている時だけなんじゃない?」
『…………あ、』
2人は同時に声を上げた。
それから目を合わせて、イリーナはふ、と口元をゆるめる。カリスの表情もいつもの氷のような冷たいものではなくて、すっかりとゆるんでいる。
そうして2人は見つめあったまま、笑い合った。
カリスの笑顔を見るのは、初めてだった。
(とても優しげな笑顔……)
とろけるような甘い表情だった。
氷が溶けてしまったかのようだ。イリーナの心も、またぽかぽかと心地のよいぬくもりを覚えていた。
+ + +
「それじゃあ、イリーナ。また明日ね」
「はい。失礼いたします」
王立グルービア学園の門前にて。
イリーナは学友と別れ、帰路につこうとしていた。
と、その時だった。
「あの、カルリエさん!」
イリーナが1人になったのを見計らったかのように声をかけられる。
振り返ると、1人の男子生徒が顔を真っ赤にして突っ立っていた。イリーナと同じクラスの生徒だった。
目が合うと恥ずかしそうに視線を散らして、もじもじとしている。男は意を決したように口を開いた。
「その……僕、前から気になってて……よかったら、僕と一緒に帰りませんか?」
「え……えっと、その……」
イリーナは戸惑った。顔は知っているが、あまり話したことがない相手なのだ。
思わず後ずさると、男は焦ったようにイリーナの腕をつかんでくる。
と、その時だった。
「イリーナ」
穏やかな声音で名前を呼ばれる。カリスがやって来るところだった。前とは雰囲気がだいぶ変わっている。目つきは柔らかく、労わるようにイリーナを見つめている。
何より、今のカリスは微笑を湛えている。氷のような無表情ではなく、うっとりとするほどに美しい微笑みだ。イリーナはもちろん、イリーナに迫っていた男子生徒までが陶然となって、カリスの顔を見つめていた。
「どうかしたのかい。君の友達?」
「カリス様……」
とろけるような微笑みをイリーナへと向けてから。
カリスはすっと視線を移して、隣の男を見た。
その瞬間。
刺すような冷気が吹きつけた。
男は弾かれたようにイリーナから手を離す。
「えっと……な、何でもありません! 失礼します!」
慌ててその場を立ち去ろうとする男。
カリスは相変わらず穏やかな微笑を浮かべたままだが――ぴしり、ぴしりと空気が悲鳴を上げるようにきしんでいく。地面が凍り始めていることに気付いて、イリーナは慌ててカリスの手を握った。
「か、カリス様……抑えてください!!」
「……ごめん。君が嫌そうにしているように見えたから」
その声でカリスは我に返ったようだった。と、冷気がすっと溶けていくように消えていった。
イリーナと目線を合わせて、カリスはまた、とろけんばかりの微笑へと変わる。
「帰ろうか」
「……はい」
穏やかな顔付きで、カリスが手を差し出す。
イリーナは照れたように笑ってから、その手に自分の手を重ねた。
学校帰りの道は、以前にも増して幸福にあふれていた。隣を歩けるだけでも幸せだったのだ。それが今や――
(カリス様は変わられました。いえ、きっと……私が気付いていないだけで、カリス様はずっとこうだったのかもしれません)
落ち着いた声で話をしてくれる。
自分に優しげな笑みを向けてくれる。
こうして手も握ってくれるようになった。
嬉しくて、幸せすぎて、イリーナは今にも胸が破裂してしまいそうだ。この人と婚約で来て、自分は何て幸せ者なのだろうとイリーナは思う。
そして。
カリスとこうして触れ合えるようになって、嬉しいことがもう1つ――
「やれやれ。凍らされそうになったり、熱すぎてゆだりそうになったり……大変だね。使い魔ってやつは」
「リュビ」
「もうリュビさんったら!」
口達者な使い魔の言葉に、2人は顔を見合わせてくすりと笑った。
「そっけない婚約者に毎日笑顔で話しかけたら、いつの間にか落とせてました」終
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
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