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 ズッコケ三人組もというちのクソガキ三人組はアリスとすぐに打ち解けた。

 というか、アリスが色々と知りたがることもあって、子どもの三人からすると教えてやるのが楽しいのだろう。


 もっとも、アリスは曖昧な表現を理解できないだけであって、厳密な言葉を使えば普通に大人と同じ会話が可能だ。知らない言葉も多いみたいだが。


 そんなわけで、三人組が余計なことを教えないかと注意しながらも、俺は日々の仕事に追われている。

 一応アリスには車椅子を作ってやったが、三人組がそれぞれ彼女を移動させるのに一役買ってくれる。とはいえ、外には絶対に出さないように言った。


 エルもニックも、チャドだってアリスを外に連れ出してやりたいようだったが、彼女のことを絶対に外で漏らさないようにも注意しなければならなかった。

 悪い大人がアリスを狙っているんだと言うと、三人は素直に受け入れてくれた。


 やはり、かつて自分たちも孤児院を抜け出したということがあるから、そう言った方が理解しやすかったようだ。


「アリス、本当にいいのか?」

「構わない。治癒魔法は詳しくないが、今の状態では寝返りすら打てない」


 アリスは自分から「動くようにしてほしい」と俺に頼んだ。

 俺が一度接続式魔導義肢の構造を教えてやったから、それで思いついたのだろう。


 できないことはない。

 アリスの場合、四肢の腱を切断されているだけだから、切れた部分を人工的な素材でつなぎ合わせればいいだけだ。

 骨にボルトを打つ必要もないし、神経過敏にはなるかもしれないが、それも俺よりはずっと短いはずだ。


 俺の場合、師匠よりも魔力量が多かったせいで治癒魔法で痛みを和らげることがほとんどできなかった。だが、アリスの場合は師匠よりも少し劣る程度の魔力量なので幸い俺の治癒魔法が使える。


「できないわけじゃない。いや、むしろ接続式のアタッチメント増設手術よりもずっと簡単にできる。だが、いくら治癒魔法で緩和しても、かなりの激痛だぞ? それに細胞が定着するまで少なくとも一ヶ月はかかる」


 アタッチメント増設手術なら、細胞とアタッチメントが定着してからが修羅場だ。アタッチメント部分が神経の最先端になるため、風が吹いただけでも激痛が走るようになる。触るなんて以ての外だ。

 だが、今回は神経の手術じゃない。あくまでも腱だ。

 とはいえ、不安は残る。


 やはり自分の神経過敏が慣れるまでにかなりの時間を要したし、その間本当に殺してほしいと思うぐらいに痛かったのが尾を引いている。それでも今はやってよかったと思うくらいには師匠に感謝している。


「魔力を抜かれる痛みに比べたら、多少の痛みは比べるまでもない」

「……魔力を抜かれる、か」


 やはり、そういうことだったのだろう。

 どうして嫌な予感ばかり当たってしまうのだろう。


 しかし、今聞いてしまっては手元が鈍るかもしれない。

 だから、俺はそのまま手術の準備を進めた。


 それもこれも俺の身体を実験台として、師匠が手順を教えてくれたからだ。

 あの時はマッドにも程があると思っていたが、こんなことになるのだからやってよかったのだろう。


「じゃあ、始めるぞ」


 アリスはこくりと頷いて、俺が渡した麻酔薬を飲み干した。

 しばらくしてアリスは眠りについたが、おそらく効きが弱いので治癒魔法で痛覚を遮断する。

 さすがに師匠並みの魔力があるせいか反発が大きい。


 工房のテーブルの上で手術をすることにした。

 ここなら滅菌結界を作ることができる。それにクソガキ三人組にも邪魔されないで済む。


 手術は四箇所で、五時間かかった。

 全部一緒にやれと言ったのはアリスだ。


 魔導義肢を作るときよりも遙かに集中して、遙かに疲れた。

 だが、手応えはある。


 高純度ミスリルで作った魔導回路を古代竜の心筋で包み、切れた腱と腱のつなぎに使う。


 高純度ミスリルは自分で銀に核を添加した。分量も本来のミスリルよりもさらに核の割合を増やした。調整にかなりの集中力を使ったが、半日ぶっ通しでなんとかできた。量は極めて少ないが。


 古代竜の心筋はこれ以上ないくらいの生体素材で、まず出回ることがない。

 代替品がないわけではない。だが、試しに素材屋のバリーを訪ねたら三日で用意してくれた。

 拳大ほどの欠片のくせに代金は聖金貨一枚だったが、それに見合うだけの価値はある。


 そして、ただ腱を繋げるだけならば、魔導回路は必要ない。

 これはアリスの四肢の筋肉量が著しく低下していたからだ。

 魔力で無理やり動かす場合、筋肉量はあまり関係がない。

 だが、腱によって動かすのならば、筋肉量によって動作の加減は大きく変わる。


 それを魔力で補いつつ、さらには今後の魔法行使においてスムーズな魔力の動きを実現するために取り付けた。


 大手術といえば大手術だが、アタッチメント増設手術を知っているだけに、少し拍子抜けする程度には気楽だった。それでも慎重に慎重を重ねて五時間もかかってしまったが。


 翌日にはアリスも目を覚ました。


「……起きたか。どうだ、具合は」

「予想していたよりも痛みがない」

「そりゃあな。今は治癒魔法で痛覚を遮断してるからだ。まだ細胞が人工腱と活着してない。そう簡単には外れないはずだが、大事をとって一週間は寝たきりだ。それから先も一ヶ月は運動禁止だ。まあ、基本はベッドの上だな」

「ハロルド」

「ん?」

「喉が渇いた」


 頭を支えて水を飲ませてやると、アリスは小さく息を吐いた。


「わからない」


 アリスは天井を見つめたままだった。


「何がわからないんだ?」


 尋ねると、彼女はいつの間にか目元を潤ませていた。

 驚いたが、それでも彼女の言葉を待った。


「ハロルドは、わたしに何を求めている?」

「別になんにも求めてないさ」

「わたしを拾ってもハロルドに危険が及ぶだけだ。利益はないはずだ」

「かもしれないな」

「この手術も、だ。金というものはよくわからないが、ないと困るものだとチャドが言っていた。師匠が見たこともない金貨を持っていたとも言っていた」

「……余計なことを言ったみたいだな、チャドは」

「なぜだ。なぜわたしを助ける。なぜ協力する。なぜだ。一体、わたしに何をさせたい」

「物好きなやつに捕まったとでも思ってればいい。というかお前がやれって言うからやっただけだろ。まあ、提案したのは俺だけど」


 思い出す。

 あの日、師匠が俺を拾ってくれたときのことを。

 あの時は物好きなやつもいるもんだと思った。

 腕が一本しかないのに、そんな子どもを雑用係にしておまけに弟子にまでしようなんて。

 とんだ物好きだ。


「物好きとはなんだ」

「そうだな。自分の利益にならないのに、あれこれと手を回して世話を焼きたがる馬鹿のことだな」

「ハロルドは馬鹿なのか」

「かもしれないな。まあ、一種の自己満足みたいなものだ」

「自己満足」

「ああ。アリスだけじゃない。困っている人、苦しんでいる人、そういう人を見ると昔の自分を見ているようで、あの時の苦しみを追体験しているみたいで、自分が苦しくなる。だから、苦しむのが嫌で助ける。救うなんておこがましいことは言えないけど、それでもちょっとだって助けた人が喜んでくれたら、俺も嬉しい。感謝してほしいなんて思わない。ただ、俺は誰かの役に立ちたいんだよ。まあ、自業自得で苦しんでるやつはどうでもいいんだけどな」


 きっと、そんなのは偽善だと思う。

 自分でもどうしてこんなに偽善的なのだろうかと自嘲してしまうほどには。


 けれど、俺は自分が苦しみたくないだけなんだと思う。

 他人に同情して、あの明日をも知れない過去を思い出して、その度に辛い気持ちになる。

 閉塞感に押しつぶされそうになる。


「ハロルド」

「なんだ?」


 アリスは目尻から涙をこぼしていた。

 何が彼女の感情を震わせたのかわからない。

 こんなにも人間味の薄いアリスだから余計にそう思うのかもしれない。

 けれど、彼女は人形なんかじゃない。

 触ると温かくて、案外感情が豊かで、気になることはなんでも知りたがる。


 もしアリスが人工知能を有したただの人形なのだとしても、俺はそんなの認めない。それを認めるわけにはいかない。それを認めてしまったら俺は師匠を人じゃないと認めてしまうことになる。

 だから認めない。


 ――アリスは人間だ。


「わたしに何をさせたい」

「生きて欲しい。アリスが感じたこと、思うこと、願うこと、できるだけたくさん叶えて幸せになって欲しい」

「幸せとはなんだ」

「俺にもわからない。けど、俺は今ようやく仕事が軌道に乗り始めて、クソみたいな悪ガキの世話に追われて、かと思えば近所の職人と一緒に酒を飲んで愚痴をこぼして、時々アリスみたいな女の子を助けて……毎日忙しくて騒がしくててんやわんやのすったもんだで幸せだよ」

「わからない」

「だよな」


 初めてアリスが笑った。

 すぐにまた元の無表情に戻ってしまったけれど、確かに一瞬笑ったのだ。


「わからないままだ」

「美味いもん食いたいだろ? いい家に住みたいだろ? 友達と一緒にわいわいがやがやしたいだろ。アリスはどうか知らないけどさ。俺はそういう生活がしたいんだよ。だからまあ、今はそういう生活ができて幸せなのかもな」


 何も多くは求めない。

 あるがままでいい。

 俺は英雄願望なんてない。ただ手の届く人を助けられたらそれでいい。


「アリス。お前は何がしたいんだ?」


 アリスは「わからない」と言った。


「そっか。まあ、そんなすぐにはわからないよな」


 優しく頭を撫でると、アリスは少しだけ嬉しそうに頬を緩めた。

 この前はムッとしていたくせに。


「わかるまでここにいればいい。今日からはアリスも俺たちの家族だ」

「家族」

「ああ、知らないか?」

「わからない」

「じゃあ、少しずつわかっていけばいいさ」

「そんなに難しいのか、家族は」

「簡単だよ。言いたいこと言って、時にはぶつかって、仲直りして、思いやって、支え合って、わがまま言って、わがまま言われて、まあ、そんなもんだ」

「ハロルド」

「ん?」


 アリスは笑いたいのか泣きたいのか、それとも怒っているのかよくわからない顔をして言った。


「オートミールが食べたい」


 うん。それでいい。まずはそこから始めよう。

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