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「ハロルド。どうしてこの部屋から出ては行けないのか」

「ダメったらダメだ。君は今追われている身なんだから」


 アンジェラ型魔導人形――二〇八番。

 それが少女の名前だった。


「そもそもどうやって出るんだ? 君は今自分で起き上がることもできないはずだ」

「そんなことはない。多少魔力の消費が激しいが、可能」

「どうやって?」


 信じられないことに、少女は自分で起き上がることができた。

 動かないはずの両手を動かして、だ。


「……どうして動かせる?」

「魔力で連結させるだけ。それほど難しくはない」


 どうやら動かない両手を魔力で無理やり動かすらしい。

 理論的には確かに可能だ。やっていることは旧来型の魔導義肢と一緒なのだから。だが、傍から見ても魔力の消費量が多い。起き上がるだけでかなりの魔力を使っている。


「時期が来たらちゃんと外に出られるようにするから、今は安静にしなさい。まだ血が足りないはずだ」

「……わかった」

「というか、もしかしてそんな無茶なやり方で逃げ出したのか?」

「さすがにこの状態で厳しいのはわたしでもわかる。ラボを抜け出したのは協力者がいたから」


 ラボ、とはつまり研究所ということでいいのだろうか。


 聞きたいことは山ほどある。

 だが、どれから聞けばいいかわからない。


「ハロルド」

「なんだ? お兄ちゃんって呼んでくれてもいいぞ」


 どうやら冗談が通じないらしい。少女は天井を見つめたまま尋ねた。


「ここは安全か?」

「ああ、これ以上ないくらいに安全だよ。心配はいらない。もしものことがあっても、君は絶対に守るから安心してほしい」


 すると少女はしばらく考えて言った。


「なぜわたしを助けた?」

「……さあ。どうしてかな。ただ、放っておけなかっただけだ」

「腹部の傷は明らかに助からない傷だった。ハロルドが処置をしなければ」

「ああ、だから俺が治療した」

「なぜ」

「なぜって言われても、助けることができたから助けた」

「ハロルドはそれで何か利益があるのか?」

「利益? そんなつもりは毛頭ないよ。死んでほしくなかったから助けた。それだけだ」

「どうしてわたしに死んでほしくなかったのかわからない。ハロルドはわたしに対して何らかの関係を持っていたわけではないはず」

「そういうのは関係ないさ」

「では、わたしと何らかの関係を築きたかったのか?」

「それも違う。そういう打算で君を助けたわけじゃない」

「打算ではないのならば、何がハロルドの行動を起こしたのか」

「同情だよ」

「同情。他者の状況や状態に対して、自己の類似する記憶と照合して推測的に負的感情や感覚を共有することによって生じた状態――合っているか?」

「そう言われると味気ないけど、その通りだ」

「わからない。それではハロルドが今のわたしと類似する過去を体験したということになる」

「ああ、そうだな」

「その記憶とはどのようなものか」

「戦争に巻き込まれてね。両親が殺された。そのあと魔獣に襲われて左腕と両脚を失った」

「戦争とはなにか」

「国と国の争いだな。いっぱい人が死ぬ」

「両親とはなにか」

「父と母。つまり俺を産んで育ててくれた一組の男女だな」

「魔獣、とは」

「恐ろしい生き物だ。人間を襲う。俺も手足を食われたんだ」

「嘘、ではないようだ。が、食われたはずの腕と脚はどうして存在するのか」

「ほら、魔導義肢って言うんだ。俺の師匠がこれを作ってつけてくれた」

「師匠とは何か」

「進むべき道を指し示してくれる人だ」

「進むべき道とは何か」

「さあ。でも俺の場合は魔術師であり、魔導義肢装具士であり、困っている人を見捨てないという道だ」

「つまり道とは職業的、ないしは個人の方針を指す比喩であって、実際の移動を目的とした道とは異なるということか」

「そうだな」

「非常に曖昧な表現でわかりにくい」


 まるで人工知能を相手にしているようだと思った。

 少女は言った。


「ハロルド」

「今度はなんだ?」


 盛大な腹の虫が鳴った。


「身体の維持に必要な栄養素が欠如している。至急必要な栄養素を補給したい」

「そういう時はお腹減ったから何か食わせろって言えばいいんだ」

「お腹減った何か食わせろ、お兄ちゃん」

「学習能力高いな」


 きっと少女は大真面目に言っているんだと思う。

 だが、どうしてだろう。どこか師匠を相手にしているような錯覚があった。


 すぐに一階の台所に降りて食事の準備を始める。


「……師匠。嬉しそう」


 チャドが近寄ってきて俺の顔を覗き込む。

 ニックが言った。


「師匠があの姉ちゃん連れて来たときは驚いたよな」


 するとエルが言った。


「師匠も隅に置けないよなあ。まさかあんなのが趣味とは思わなかったぜ」


 うちのクソガキ三人組は好き放題に言ってくれる。


「七歳児が何言ってんだ、まったく。お前ら勉強は終わったのか? 終わってるからここにいるんだよなあ?」

「っと、おれトイレに行くんだった!」

「お、おいらが先だろ!」

「……ぼく、さきに戻る」


 どうやらチャドが一番素直な性格のようだ。

 まあ、三人とも素直だけれど。


 俺が食事の準備を始めたから気になって出てきただけだろう。

 やっぱりあの三人はまだまだ食い物に対する欲求が強すぎる。


 俺と七歳児用の食事を用意する傍らで、牛乳でオートミールを作る。

 あんまり美味しくないとは思うが、いきなり固形物を食わせても受け付けるとは思えない。


「さて、と。煮込みはこのまま弱火でいくとして、こっちはいいか」


 木の器にオートミールを盛り、匙を持って二階へ行く。


「入るぞー」


 一応ノックをして入るが、少女は仰向けに寝ているばかりで視線だけこちらに向けた。


「……牛乳の匂いがする」

「わかるのか」

「それはなんだ」

「オートミールだ。しばらく何も口にしてないんだから、胃に優しいのがいい」

「他のものを要求する」

「……もしかして牛乳嫌いなのか?」


 少女は黙り込んだ。心なしか目を逸らしている。

 思わぬところで人間くさいところがあって驚いたというか、少し安堵した。


「まあ、とりあえず食ってみろ。そんなに不味くはねえから」

「……それは本当か?」

「嘘は言わねえし、ちゃんと味見もしたから」


 一匙すくって軽く息を吹いて冷ます。

 少女の口元に持っていくが、一向に口を開かない。


「おい、口を開けろ」

「……や――んぐっ!」


 一瞬の隙をついて口に匙を突っ込んだ。

 抗議の視線を向けてくるが知ったことではない。

 少女は諦めたのか口をもぐもぐと動かし始めた。


「……少し、甘い」

「な? 不味くはなかっただろ?」

「ハロルド。早く次の一口を要求する」

「……そういうときはお兄ちゃんあーんって言うといいぞ」

「オニイチャン、アーン」

「冗談で言ってるのに悪ノリさせて悪かったな……」


 少女は次から次にパクパク食べた。

 心なしか少し嬉しそうに見える。

 もぐもぐしているので聞いてみる。


「そういえば、アンジェラ型魔導人形――二〇八番じゃ味気ないよな。呼びにくいし」


 枕の上でこてんと首を傾げるのはそれなりにかわいらしい。


「新しい名前がいるな。なんか希望はあるか?」

「……んく。ない。もう一口」


 また食わせてやって言う。


「でも自分の名前だぞ? 一生使うんだ。やっぱりいい名前の方がいいじゃないか」

「……。名前とは個体を識別するために必要な番号のようなもの。単なる指示語の一種である。特別な意味など不要。次」

「ほれ。じゃあ、俺が勝手につけてもいいんだな?」

「構わない。あむっ」


 だが、俺にはネーミングセンスってものがない。

 仕方がないので母親の名前を借りることにした。


「アリス。今日からお前の名前はアリスにしよう」

「……アリス」

「不満か?」

「構わない。ハロルドが呼びやすければそれでいい」

「おう。じゃあ、アリス。これからよろしく」


 わしゃわしゃと頭を撫でてやると、アンジェラ型魔導人形――二〇八番もとい、アリスはやや不満げな顔で言った。


「早く次を食わせろ、お兄ちゃん、あーん」


 色々混ざりすぎだ。

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