0話 鐘のなる何もない日
空は青く、澄み渡っている。
そんな平和な街の片隅で。
僕は、時々「何か」を思い出す。
あたたかくて、力強くて、不器用で、けれど誰よりも頼もしかった背中。
一緒に旅をして、一緒に笑って、一緒に沢山泣いたはずの記憶。
でも、それがなんだったか。......それはもう、いくら頭を悩ませてもわからないのだ。
思い出そうとすると、頭の中にノイズが走り、ぽっかりと空いた心の穴から、理由のない涙だけがポロポロとこぼれ落ちてしまう。
ただ、たった一つだけ。
『誰かを待ち続けていた』ということだけは、魂の奥底で確かに覚えている。
「......いらっしゃいませ。今日は、どのお花になさいますか?」
「あ、えっと......」
今日も、この花屋の前に立っている。
色とりどりの花が並ぶこの場所で、彼が好きだった花を探しているような気がするけれど、その花の名前すらも分からない。
ただ、行き交う人々の波を眺めながら。
いつか、ひょっこりとあの懐かしい足音を響かせて、彼が僕の前に現れてくれるような気がして。
僕は、ユキは。
平和になったこの世界で、今日も、もう名前も呼べない『誰か』を待っています。
叶うかどうかも分からない、この小さな祈りを胸に抱いて。
「......会いたいよ。──────■■」
どこまでも続く青空に吸い込まれていくように。
僕の呟きは、優しく吹き抜ける風に溶けて、静かに消えていった。




