エピローグ きっと誰かの未来に
模擬裁判が終わって、数日が経った。
俺は、あの日の議事録を読み返していた。
タイピングの音も、議論の熱も、今は静かにファイルの中に眠っている。
でも、あの日の“声”だけは、まだ耳に残っていた。
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「記録って、誰かの“目線”で残るものですよね。
その目線が、誰かの“記憶”になる。
それって、すごく大事なことだと思います」
傍聴人Aの言葉だった。
元・記録係だという彼の目は、俺の中の何かを揺らした。
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俺は、記録係になった理由を思い出していた。
大学時代、議論が苦手だった。
人前で話すのも、意見を言うのも、怖かった。
でも、議論を“記録する”ことならできた。
誰かの言葉を、誰かの思考を、残すことなら。
それが、俺の“傍観”の始まりだった。
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でも、あの日。
タカシの声を聞いたとき。
陪審員の涙を見たとき。
傍聴人Aの問いに触れたとき。
俺は、記録の意味を初めて考えた。
記録は、過去を残すだけじゃない。
誰かの未来に、届くかもしれない。
誰かが、そこから何かを感じるかもしれない。
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俺は、議事録の最後に一文を加えた。
「この記録が、誰かの未来へのきっかけになることを願って。」
そして、ファイルを閉じた。
傍観人、如月哲也。
俺は、もう“傍観”していない。
次の模擬裁判では、記録係じゃなく、“問いを投げる人”になってみようと思う。
※この物語は当然ながら全てフィクションです。現実に即するものは何もありません。




