8:最後の戦い
王都の城壁の上に、俺たちは立っていた。
地平線の向こうから、黒い波のように魔族の軍勢が押し寄せてくる。
「すげぇ数だ...」
カイルが呟く。
確かに、圧倒的な数だ。でも、不思議と恐怖はなかった。
ノヴァが隣にいるから。番の印を通じて、彼の力強い感情が伝わってくる。
「ノヴァ」
「ああ」
二人で頷き合い、同時に変身した。
ノヴァは銀竜の姿に。全長30メートルの巨体が、陽光を反射して輝く。
俺は竜人の姿に。銀色の翼を広げ、全身に薄く鱗を纏う。手には銀炎が宿っている。
「行くぞ!」
ノヴァが咆哮を上げ、空へ飛び立った。
俺も後に続く。番の絆のおかげで、ノヴァの動きが手に取るようにわかる。
魔族の軍勢に向かって、二人で銀炎を放つ。
俺たちの炎が重なり合い、より強大な力となって魔族を焼き払う。
「やるじゃない!」
リーナが地上から援護してくれる。
カイルも、レオナルドも、エリーゼも、皆が戦っている。
でも、敵の数は減らない。
倒しても倒しても、新たな魔族が現れる。
そして――
「久しぶりだな、アルジェンティウス」
低い声が響いた。
魔族の王、ベルゼビュートが姿を現した。
黒い翼を持つ、巨大な悪魔の姿。その瘴気は、周囲の空気を腐らせるほど強い。
「ベルゼビュート...」
ノヴァが唸る。
「300年ぶりか。随分と弱くなったようだな」
「黙れ」
「ほう、番を得たのか」
ベルゼビュートの視線が、俺に向けられた。
「人間と?しかも元は男のΩと?堕ちたものだな」
「翔を侮辱するな!」
ノヴァが激昂し、銀炎を放つ。
しかし、ベルゼビュートは片手でそれを払いのけた。
「その程度か」
次の瞬間、ベルゼビュートが姿を消した。
いや、速すぎて見えない。
「ノヴァ、後ろ!」
俺の警告も間に合わず、ベルゼビュートの爪がノヴァを切り裂いた。
「ぐあっ!」
ノヴァが墜落する。
「ノヴァ!」
俺は急降下して、ノヴァを受け止めた。
でも、重すぎて一緒に地面に落ちる。
「大丈夫!?」
「ああ...だが...」
ノヴァの脇腹から、銀色の血が流れている。
番の印を通じて、ノヴァの痛みが伝わってくる。痛い。すごく痛い。
「さて、どちらから殺そうか」
ベルゼビュートが降りてきた。
「そうだな、番の片割れが死ぬのを見せてやるのも面白い」
ベルゼビュートの手が、俺に向けられた。
黒い光が集まっていく。
やばい、避けられない――
「翔!」
ノヴァが俺を庇った。
黒い光線が、ノヴァの背中を貫いた。
「がはっ...」
ノヴァが血を吐いた。銀色の血が、俺の顔にかかる。
「ノヴァ!ノヴァ!」
「逃げろ...翔...」
「嫌だ!君を置いていけない!」
番の印が、激しく痛む。
ノヴァの生命力が、急速に失われていく。
「感動的だな」
ベルゼビュートが嘲笑う。
「だが、無駄だ。お前たちは、ここで終わりだ」
絶望的な状況。
でも、その時、俺の中で何かが弾けた。
怒り。
悲しみ。
絶望。
そして、愛。
すべての感情が、俺の中で爆発した。
「あああああああ!」
叫び声と共に、俺の体が光り始めた。
銀色の光。いや、違う。
金色と銀色が混じり合った、新しい色の光。
「何だ!?」
ベルゼビュートが後ずさる。
俺の体が、変化していく。
人間でも、竜人でもない。
完全な、竜へと。
しかも、ただの竜じゃない。
全長20メートル。
ノヴァより小さいけど、その鱗は金と銀が混じり合い、虹色に輝いている。
「竜化...完全な竜化だと!?」
ベルゼビュートが驚愕する。
「人間が、完全な竜になるなんて...」
俺は、新しい力を感じていた。
ノヴァとの番の絆が、俺を進化させた。
創造魔法と銀炎が融合し、新たな力となっている。
「ノヴァ」
俺は傷ついたノヴァに近づいた。
そして、創造魔法で生み出した治癒の光を、彼に注ぐ。
「翔...?」
ノヴァの傷が、見る見るうちに治っていく。
「すごい...お前、完全な竜に...」
「君のおかげだよ」
俺はベルゼビュートに向き直った。
「さあ、決着をつけよう」
「ふん、竜になったところで...」
ベルゼビュートが攻撃を仕掛けてきた。
でも、今の俺には、その動きがスローモーションのように見える。
軽く避けて、反撃。
創造魔法で生み出した光の剣が、ベルゼビュートを切り裂く。
「ぐあっ!」
「これが、俺たちの力だ」
ノヴァも立ち上がった。
「翔、一緒に」
「うん」
二頭の竜が、並び立つ。
銀竜と、虹竜。
番の力が、共鳴する。
「合体技だ」
「ああ」
二人同時に、力を解放した。
銀炎と、創造の光が融合する。
それは、浄化と創造の究極の力。
「消えろ、ベルゼビュート」
光が、ベルゼビュートを包み込む。
「ぎゃああああ!」
断末魔の叫びと共に、魔族の王は消滅した。
同時に、魔族の軍勢も霧のように消えていく。
王を失った魔族たちは、撤退していった。
戦いは、終わった。
戦いが終わり、俺たちは人間の姿に戻った。
いや、俺の場合は、もう完全な人間じゃない。
竜人の特徴が、常に現れている。翼も、角も、鱗も。
でも、それでいい。
「翔、大丈夫か?」
ノヴァが心配そうに俺を見る。
「大丈夫。むしろ、調子いい」
本当だった。
竜になって、世界が違って見える。
魔力の流れ、生命の輝き、すべてが鮮明に感じられる。
「お前は、本当にすごいな」
ノヴァが俺を抱きしめた。
「人間から竜になるなんて、前代未聞だ」
「でも、完全な竜じゃない。ハーフみたいなものだよ」
「それでも、すごい」
ノヴァが俺の首筋の番の印にキスをした。
「俺の番が、こんなに強くて、美しくて、誇らしい」
顔が熱くなる。
「ノヴァ...」
「これで、寿命の問題もない」
そうだ。
竜になったことで、俺の寿命も竜並みに延びたのだろうか。
「おーい!」
カイルとリーナが駆け寄ってきた。
「すげぇな、お前!竜になっちまうなんて!」
「本当に驚いたわ」
二人とも、俺の姿を受け入れてくれている。
エリーゼも、レオナルドも、皆が祝福してくれた。
「これで、真の伝説になったな」
レオナルドが笑う。
「人間から竜になった冒険者。後世に語り継がれるだろう」
戦いから一ヶ月。
俺とノヴァは、相変わらず冒険者を続けていた。
ただし、今は二人とも竜の姿になれる、最強のコンビとして。
「今日のクエストは?」
「古代遺跡の調査だって」
「また遺跡か」
ノヴァが苦笑する。
「お前、遺跡好きだな」
「だって、面白いじゃん」
朝食を食べながら、他愛ない会話をする。
首筋の番の印が、温かい。
ノヴァの感情が、常に感じられる。
愛情と、幸福感。
「ノヴァ」
「ん?」
「愛してる」
「急にどうした」
「言いたくなっただけ」
ノヴァが笑った。
「俺も愛してる」
ギルドに向かう道中、俺は思った。
異世界に転移して、Ωになって、ノヴァと出会って。
大変なことも多かったけど、後悔はない。
むしろ、感謝している。
この世界に来られて。
ノヴァと出会えて。
番になれて。
竜になれて。
「何考えてる?」
ノヴァが聞いてきた。
「幸せだなって」
「...俺もだ」
ノヴァが俺の手を握った。
温かい手。愛しい人の手。永遠の番の手。
空を見上げる。
今日も、冒険日和だ。
俺は、竜と共に生きることを選んだ。
竜として、生きることを選んだ。
そして、それが俺の幸せだ。
ノヴァと一緒なら、どんな姿でも、どんな世界でも。
これが、俺たちの物語。
竜と竜の番として、新たな伝説を紡ぎながら。




