30話 パートナーと次なる舞台へ
あれから一週間が経った。
私はグランディール家の離れの部屋で、一人机に向かいながら考えごとをしていた。
秋の社交界でヴィクターを断罪したときは、ようやく彼に復讐が果たせたと思ったのに……世の中はそう甘くないらしい。
「まさか、ヴィクターが逃げるとは……しかもグスタフまで連れてね」
思わず独りごちた声が、静かな部屋に響く。
あの地下牢に投獄されていたはずの第一王子ヴィクターが、数日前に脱獄したという報せは、今や王都中の噂になっていた。
国王陛下の命で騎士団が総動員され、王都や主要な街道を厳重に捜索しているらしいけれど、何の手掛かりもないまま一週間。
おそらく、もうこの国内にはいないのだろう。
みっともなく牢獄に囚われていたヴィクターと財務大臣のグスタフが、鮮やかに脱出してしまうなんて、誰もが想像しなかったに違いない。
まったく、どうやって逃げ出したんだか……。
私にとっては、一度殺された憎い相手。
二度目の人生を得て、ようやく倒したはずだったのに……。
「ヴィクターがここまでしぶといのは、むしろ当然よね。あれほど自分のことしか考えていない男だもの。生きながらえて復讐しようって思うのも……あり得る話だわ」
そう呟きながら、パラリと机に広げていた文書をめくる。
ここには彼が残していった不正の証拠や、カーディア公国との密約書簡の控えが山積みになっていた。
どれも先日の裁判で用いたり、国王陛下へ提出したりした資料の写しだが、まさか実際にヴィクター自身が公国へ逃亡するとは。
(まだ傷が癒えきっていないのに、どこまで強欲なのかしら。……でも、あの男ならきっと、私を恨み続けるでしょうね)
そのとき、遠くでドアをノックする音が聞こえた。
「エステル、入るよ」という柔らかな声が、廊下の奥から届く。
私は「どうぞ」と応じて、ドアを開けた。
姿を現したのは、第二王子レオンハルト様。
深い金色の髪を整え、すっかり無能王子という仮面を脱ぎ捨てたかのような、堂々とした印象。
でも、私の前ではいつもどおりの穏やかな眼差しを向けてくれる。
「お久しぶりですね、レオンハルト。一週間くらい会えてなかったから」
「うん。兄上――ヴィクターの脱獄騒動があって、国王陛下と騎士団の調整に手こずってたんだ。そっちは大丈夫?」
言葉を交わしながら、彼は部屋へと入ってくる。
私は小さくため息をつき、「兄上」と呼んだその言葉に反応するかのように、机の上の書類へ視線を移した。
「ヴィクター……今はきっと、この国にはいないでしょう? 王国中を捜索しても何の痕跡も見つからないって話だし」
「そうだね。騎士団の報告によると、ほぼ間違いなくカーディア公国に亡命したらしいよ。グスタフも一緒に行ったみたいだ。財務の知識を持つ彼がついていれば、向こうで何かしら策を練ってくるだろう」
レオンハルト様の声は重みを伴う。
やはり公国と繋がりの深い彼らが、手をこまねいているはずもない。
復讐心に燃えるヴィクターが無事に国外へ逃れたのだとすれば、必ずや私たちへの復讐を狙ってくることは想像に難くない。
「やっぱり……。いつかまた、私たちを殺しに戻ってくるでしょうね」
自分で口にしてみると、かすかに胸がざわついた。
せっかくヴィクターを倒したと思ったのに、また彼との戦いが待っているのかもしれない。
でも、不思議と恐怖よりも冷静さが先に立つ。
「望むところよ」
そう思わず口をついて出た言葉に、レオンハルト様は少し眉を持ち上げた。
私は軽く肩をすくめる。
「あの男にまた狙われるかもしれないけど、負けるつもりはないですから。どんな手を使われても、今の私には、二度と屈する気なんてないです」
「さすがだね、エステル」
「……それに、私には頼りになる共犯者――いえ、パートナーがいるんですもの」
自分で言いながら、頬が少し熱くなるのを感じる。
まだ明確に答えを出していないけれど、彼は私にとって大切な人になりつつあるのだと、改めて実感してしまう。
レオンハルト様は私の言葉に驚きの表情を見せ、続いて嬉しそうに笑みを浮かべた。
「パートナー、ね。君がそんなふうに言ってくれるなんて……ちょっと幸せだな。もちろん、僕はいつだって君と共にいるよ。ヴィクターやグスタフが何を企もうと、僕たちならまた乗り越えられる」
淡い金髪が揺れ、灰色の瞳が穏やかに細められる。
私はその視線を受けとめながら、胸が熱くなるのを感じる。
「ありがとう、レオンハルト。じゃあ次に奴らが仕掛けてきたときも……一緒に踊りましょうか?」
「うん。新しい舞台がどこで開かれようとも問題ない。共犯者、そして……大切なパートナーとして、踊ろうか」
レオンハルト様がそう言葉を継いだ瞬間、私たちは自然と見つめ合って微笑んだ。
外ではまだ、騎士団が慌ただしく馬車を走らせ、ヴィクターの捜索を続けているだろう。
だけど、私はもう恐れることはない。
一度きりの人生なら諦めていたかもしれないけれど、私は二度目のチャンスを得て、ここまで歩いてきたのだから。
(復讐は果たした。けれど私たちの物語は、ここで終わらない。ヴィクターがいる限り、まだ次の幕が待っている)
そう心の中で呟きながら、私はレオンハルト様の姿をしっかりと見つめた。
――頼りになるパートナーが、いつもすぐ隣にいてくれる。
それだけで、どんな苦難も怖くないと思える。
「さあ、エステル。今日は少し時間があるから、これからの計画を話そうか。兄上がどこへ逃げたとしても、ちゃんと対策を立てないとね」
「ええ、そうですね。今度はあちらが復讐しにくる番。私たちはそれを返り討ちにしてあげるだけです」
私たちは揃って微笑む。
ここから先、どんな困難が待ち受けていようとも、二人でなら必ず切り抜けられる。
――そう確信しながら、私たちは部屋を出る支度を始めた。
窓の外には柔らかな秋の陽射しが斜めに差し込んでいる。
新しい戦いの幕開けを予感させるような、澄んだ空気だった。
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