26話 断罪へ
ようやく、ここまできた――それが、私の正直な気持ちだった。
「――第一王子であるヴィクター殿下が、ある国と内通している嫌疑がございます」
私の言葉に、会場が一瞬静まり返った。
金色の髪を誇るヴィクター殿下は、さも呆れたように唇をゆがめ、うっすらと笑いを含ませる。
けれど視線はまるで刃物のように鋭く、私たちを睨んでいる。
「ほう……興味深いな、エステル。君はまた、何か面白い芝居を打とうとしているのかい?」
ヴィクター殿下が軽口を叩くように言う。
周りの貴族たちも「まさか」「また大騒ぎになるのか」とざわつき始める。
すると、国王陛下が玉座から静かに声を落とした。
「エステル・グランディール、レオンハルト。この告発の言葉、責任を持てるのだな? 第一王子が他国と内通――国を裏切るなど、大罪も大罪。事実でなければ、ただでは済まぬぞ」
私の隣に立っているレオンハルト様が、深々と礼をして答える。
「陛下、私たちは確固たる証拠をもって、ヴィクター兄上がカーディア公国と内通している事実を告発します。拙い臆測ではありません」
私も勢いに乗じて頷く。
「はい、陛下。お示しする証拠の数々をご覧いただければ、ただの噂などではないと納得いただけるはずです」
その瞬間、ヴィクター殿下が軽い笑い声をあげて、国王陛下に向き直った。
その表情は一見穏やかだけれど、明らかな敵意が見え隠れする。
「お父様、二人の言うことなど、でたらめに決まっています。どうかお気を煩わせずに。ロドルフやミリアムの件もあり、あれこれ騒ぎ立てたいのでしょう。無視なさるのが賢明かと」
軽やかな調子で、周囲を煙に巻こうとする彼の声。
だけど、国王陛下は首を横に振った。
「ヴィクター、この二人は今までの実績がある。エステルとレオンハルトの告発は、決して無視できるものではない。むしろそのまま捨て置けば、遺恨を残すことになる」
その言葉に私は心が安堵で満たされる。
今まで、私は何度も悪女として扱われ、偽の罪をかぶせられた。
そんな私の無実を晴らすため、レオンハルト様と一緒に動いてきた。
そして今では、国王陛下自身が「彼らの告発は簡単に無視できない」と言ってくれるまでになった。
――私の努力は報われたのだ。
ヴィクター殿下はその瞬間、一瞬だけ笑みを崩しそうになったが、すぐに取り繕うように顔を上げる。
「父上……どうか、私の立場もお考えいただきたい。こんな根拠のない告発を信じられては、第一王子の威厳に関わります」
しかし国王陛下の耳には届かないかのようだ。
彼は玉座に身を預けたまま、レオンハルト様へと顎をしゃくってみせる。
「そうだな、だから手早く済ませよう。では、レオンハルト。お前たちが言う証拠とやらを見せてもらおう」
「承知いたしました、陛下」
レオンハルト様は周囲の視線が集中する中、懐から書簡の束を取り出した。
私も一歩前に進み、同じく用意していた幾つかの証拠書類を広げる。
まるで舞台の小道具を並べるように、騎士たちが手早く台を用意してくれて、そこへ書簡や書類を開示する形になった。
「これらは、カーディア公国との密約を記した書簡の数々。――ヴィクター兄上ご自身の署名や、殿下の家臣による印がいくつも確認できます。さらに、日付や送達の記録を合わせると、この半年の間、殿下が公国の要人と繰り返し手紙のやり取りをしていたことがわかります」
私が説明すると、王妃陛下が驚きに満ちた声を上げた。
「そんな……ヴィクターが? 本当に……?」
国王陛下も王妃陛下もさすがにショックを受けている様子で、目を見開いている。
「馬鹿な……!」
一瞬、小さく呟くような声が耳に届いたが、それはヴィクター殿下本人のものだった。
おそらく本人も意図していなかったのだろう。
すぐに言葉を呑み込み、作り笑いを浮かべている。
「っ、失礼。私が……そのような文書、存じませんよ。すべて捏造でしょう。筆跡も何も、いくらでも偽装できますからね」
ヴィクター殿下は声を張り上げるが、明らかに動揺しているのがわかる。
数名の高位貴族たちが、「これは……まずい」と言わんばかりの視線をやり取りしている。
国王陛下と王妃陛下は、騎士が運んできた書類の束を丁寧に受け取り、筆跡を一枚ずつ確かめているようだった。
周囲の空気が張り詰め、誰一人として軽々しく口を挟めない。
「……これは、確かにヴィクター、お前の筆跡ではないか? 領内で使われる独特の印も押されている。まさかこれも捏造なのか? ここに在る貴族たちも、何人かはお前の筆跡を知っているだろう」
国王陛下が淡々と言及すると、ヴィクター殿下は頬を引きつらせる。
「い、いえ……何かの間違いです! たとえ似ていても、私がそれを書いた証拠にはならない!」
必死の弁明。
しかし、その叫び声には以前の堂々たる余裕がまるで感じられない。
私は心の中で冷ややかな笑みを浮かべる。
ずいぶん取り乱しているわね、ヴィクター。
一度目の人生で、私を殺し、罪をなすりつけ、何もかもを手に入れようとした。
自分の罪を部下に背負わせ、そして私にも押し付けて――私はあの処刑台で絶命した。
だけど二度目の今、こうして彼を追い詰めることができた。
(今、あなたの罪をすべて払わせてあげるわ)
そう心中で呟きながら、私は王や王妃のもとへまた一歩進み出る。
彼らの表情には、もはや疑念を越えた確信めいたものが揺れていた。
筆跡の特徴、捺印の位置、日付の齟齬のなさ――全てが、ヴィクターがカーディア公国と繋がっていることを示している。
「何か弁解はあるか、ヴィクター?」
国王陛下が静かに問う。
けれど、ヴィクター殿下はうまく言葉を発することもできず、ただ「何かの間違いだ」「こんなの嘘っぱちだ」と繰り返すばかり。
貴族たちも、その様子を呆然と見ている。
(昔はあんなにも自信に満ちた王子だったくせに。今の姿は何と滑稽な……)
復讐。
その言葉は暗く、時には人をも蝕む。
でも私には、どれだけ醜いと言われても失えない思いがある。
一度目の人生で、彼が私にした仕打ちは決して許さない。
死ぬ間際まで、どれほどの屈辱にまみれたか。
これでようやく、彼を断罪できる。
「っ、あ、陛下、王妃陛下! どうか、こんな無茶苦茶な……私が敵国と繋がっているなど……!」
ヴィクター殿下が振り返り、最後の望みをかけるように王妃陛下へ視線を送る。
王妃は目を伏せて首を振った。
王家の重臣たちが、出された書簡や書類を次々と確認し始める。
秋の社交界という華やかな舞台でのやり取りが、次第に重い裁定の場へと変わっていく様子を、私は静かに見守る。
もうすぐ、国の命運を左右する決断が下されるだろう――。




