24話 レオンハルトは慕う
エステルがすうすうと寝息を立てたまま、僕の膝の上で微かに身じろぎする。
彼女が最後に僕を呼んだあの一言――「ありがとう……レオンハルト」――正直、あれには少なからず心臓を揺さぶられた。
いつもは「殿下」だとか「レオンハルト様」だとか、相応に敬語を交えて呼んでくれるのに。
眠りに落ちる直前の、あの甘く柔らかい声色で、俺のことを「レオンハルト」と呼び捨てにしてくれたのだ。
共犯者として一緒に動くようになってから、もう数か月が経つ。
彼女とは奇妙な縁で結ばれ、同じ目標――兄である第一王子ヴィクターの打倒――を胸に抱き、幾度も顔を合わせ、作戦を練り、時には命がけで行動し合った。
最初こそ「エステル・グランディールという令嬢は、兄に騙された哀れな貴族なのだろう」程度にしか思っていなかった。
ところが、彼女は自分を陥れた者たちへ復讐の炎を燃やし、二度と騙されないとする強い意思を隠し持っていた。
僕も「無能王子」と呼ばれながら、兄への不信と国の行く末を案じて独自に暗躍していたからこそ、そうした彼女の本質に惹かれたのかもしれない。
いつしか彼女と並んでこの離れの部屋で書類を広げたり、敵の動きを報告し合ったりするのが当たり前になり……それが心地よいと感じるようになった。
(おそらく、僕は……彼女に恋慕の感情を抱いているのだろうな)
最近になって、自覚した。
ふと、エステルの寝顔を見下ろしながら、そんな事実を改めて噛み締める。
長い銀髪が柔らかく俺の手の甲に触れていて、その感触が妙にくすぐったい。
眠りに落ちる直前の、いつもより棘のない幼げな声で、しかも呼び捨てにされたあの瞬間――。
正直、あれだけで胸が高鳴った。
「でも……伝えられないな。今はまだ」
そっと声に出してみる。
エステルが倒れるまで消耗するほどに奔走しているのも、一重に「兄を倒す」という目標のためだ。
ここで彼女に告白して気持ちを乱れさせるわけにはいかないだろう。
まずはヴィクターを打倒し、彼女が背負った復讐を晴らしたあとで……もし余裕ができたなら、そのときに初めて好意を伝えたい。
「共犯者の次は、人生のパートナー……か」
そう言って笑いながら、エステルの髪を一房、指先でそっとすくう。
しんと静まった部屋の中、彼女の安らかな寝息だけが響く。
彼女がこうして人前で無防備になるのは、滅多にないことだと思うと、さらに胸が締め付けられる気分だ。
共犯者としての日々は、僕にとっても大きな支えになっている。
それを壊さないように、ゆっくりと手を離し、彼女の髪をそっと撫でつける。
「君が倒れるわけにはいかないからね……エステル」
そう呟いた直後、エステルのまつげが微かに震え、瞼が開いた。
どうやら短い眠りから覚めたようだ。
俺の膝を枕にしていることに気づいたらしく、彼女は目をこすりながら一瞬戸惑う表情を見せる。
「ごめんなさい……わたし、迷惑をおかけしました……」
恥ずかしそうに視線をそらすエステル。
そんな様子に、僕は微笑を浮かべつつ、軽く首を振る。
「問題ないよ。むしろ少しは休めたかい? 膝枕って初めてやったけど、悪くないね」
少しからかうような言い方をすると、エステルは頬を赤らめながら身を起こす。
その表情を見ているだけで、また胸が騒ぐけれど、とりあえず平常心を保たねば。
「あの……さっき、私……」
彼女が口籠もるのを見て、俺は先に切り出すことにした。
「エステル、さっき君が敬称なしで僕を呼んでたよ。『レオンハルト』って」
その一言に、エステルは「えっ」と目を見開く。
どうやら眠る直前の記憶があまりないらしく、今になって思い出した様子だ。
「す、すみません……私、うっかり……」
慌てる彼女に、俺はゆっくりと手をかざして制する。
「いいんだ。むしろ二人きりのときは、そのまま呼んでくれないかな。敬称があると、何だか距離を感じるんだよね」
本当は「もっと呼んでほしい」と言いたいくらいだけれど、さすがにそこまで言うのは照れくさい。
エステルは再び頬を染めながら、少し逡巡するように目を伏せ、それから素直に頷いた。
「い、いいんですか? じゃあ……二人きりのときは、その……レオンハルトって」
「うん。それで頼むよ。共犯者として、これまで苦労を共にしてきたわけだしね」
俺が満足げにうなずくと、エステルは「わかりました」と小さく笑ってくれた。
その笑顔を見ただけで、不思議なくらい心が温かくなるから困る。
「さて、じゃあ本題に入ろうか」
それまで張り詰めた空気が緩んだが、俺は気を引き締め直す。
「今日持ってきた情報は、大きい。これで兄上を――ヴィクターを倒せるかもしれない」
「やはり……あの話は本当だったんですね?」
エステルが一拍置いて、言葉を継ぐ。
「第一王子ヴィクターが、敵国と密通しているというのは」
俺も深く息を吐いて頷いた。
「そうだ。兄上は国を裏切ろうとしている。だからこそ、今こそ逆転の機会だ。僕らが手を打てば、必ず引きずり下ろせる」
この件をどう公にするか、そしてどこまで情報を広げるか――考えることは山ほどある。
だけど、今の僕たちなら大丈夫だ。
エステルが頼もしい相棒でいてくれる限り、いずれ兄のヴィクターを打倒する日がやってくる。
そして、全てが終わったら……俺のこの想いを、彼女に伝えるときが来るだろう。
――共犯者の次は、人生のパートナーとして。
心の中で強くそう誓いながら、エステルの瞳を見つめ返す。
彼女も真剣な面差しで頷いてくれた。
さあ、これからが本番だ。
僕たちが目指してきた舞台は、すぐ目の前にあるのだから。
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