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20話 貴族裁判へ



 貴族裁判の当日。


 ミリアム・グランディールは、王都の裁判所へ向かう馬車の中で、静かに息を整えていた。

 どこか埃っぽい空気の漂う朝だったが、ミリアムの胸は晴れやかな昂揚感に満ちていた。


 これまで仕込みに仕込んできた計画が、今日ようやく実を結ぶのだ。


 馬車が揺れる中、窓から裁判所の威圧的な建物が視界に入り、彼女は小さく呟いた。


「……すべて、予定通り」


 財務大臣のグスタフと結託してから、この日のためにどれほど準備を重ねてきたか、

 もともとエステルが財務処理を担い始めたと聞いたとき、ミリアムは淡い失望を覚えた。


 あの従妹は外面こそ華やかだが、数字には疎い。


 ただの飾りか、よくて補助程度だろうと考えていたからだ。


 だが、エステルが思った以上に優秀で、しかも社交界では目立つ容姿で注目を集める。


 ――それなら、先手を打てばいい。


 グスタフ大臣が狙うのは、ヴィクター派閥の強化。

 エステルを断罪できれば、彼女が得ようとしている支持や情報源をすべて潰せる。


 さらに、ミリアム自身にとっても利点は大きい。


 もともと従姉妹としてグランディール家に出入りしている立場を最大限に活かし、エステルを追い落としてしまえば、彼女の父母の信頼を奪い取り、家の実権を握ることも夢ではない。


 王家が絡む大問題――横領疑惑の名目でエステルを告発し、裁判にかければ、上手くいけば死刑にもできる。


 そこまでいけば彼女は完全に排除されるわけだ。

 今まで目立ってきた「美しいエステル」の存在も、今日で終わりになるはず。


 馬車が裁判所の門を通り抜け、石畳の広い敷地へ入っていく。

 窓からは既に多くの人々が集まり、慌ただしく動き回る様子が見えた。


 馬車を降りたところで、財務大臣のグスタフ本人がやってきた。


 彼に挨拶するようにミリアムは頭を下げてから、柔和な笑みを作る。


「準備は万全なのだな、ミリアム嬢」

「もちろんです。証拠はすべて揃っていますし、裁判官や傍聴者に与える印象も事前に考えてあります。あの子は『罪を犯していない証拠』など持っていません。グスタフ様にもお世話になりましたね」


 いつもの穏やかな令嬢らしい微笑みを浮かべながらも、内心では勝利を確信していた。

 もし誰かが反論を試みても、ミリアムが用意した膨大な偽書類を覆すことは難しい。


 ミリアムはすっと背筋を伸ばし、裁判所の石造りの外壁を見上げ、表情を引き締める。


 ここでエステルを完全に追い詰めれば、あとはヴィクター派閥からの支持も得られ、自らの地位を盤石なものにできるだろう。


 建物の中へと入ると、薄暗い廊下に灯るランプの揺らめきが、厳粛な空気を際立たせる。

 扉を開けると、既にいくつかの貴族や裁判所の関係者たちが席についていた。


 奥の席には裁判長らしき人物がどっしりと腰を下ろし、その隣には書記官が控えている。


 そして――視線を巡らせると、最前列の被告席にエステルの姿が見えた。


 あの銀髪の美しさは相変わらず目を引くが、ミリアムにとっては単なる目障りでしかない。


 ここで彼女が有罪を言い渡される姿を想像するだけで、口元が綻びそうになる。


(お飾りの令嬢が、どんな反論をするのかしら)


 ――そう考えながら、ミリアムは裁判長に一礼して、原告席へと進んだ。


 開廷の鐘が鳴ると、裁判長が厳かな声で宣言する。


「これより、グランディール家に関する横領疑惑の裁判を始める。原告であるミリアム・グランディール嬢、まずは告発内容の説明を」

「かしこまりました。私はグランディール家の従姉妹として、家を思うがゆえに内部調査を行いました。その結果、エステル・グランディールが領地の資金を不正に流用している証拠を入手したのです」


 ミリアムは落ち着いた口調で語り始める。


 机の上に積んである書類や証拠物件を一つずつ手に取り、裁判長や周囲の貴族たちに見せつける。

 偽造の筆跡や印鑑――緻密に作られた契約書類などが、次々と提示されていく。


 エステルの名前が踊る書面の数々に、傍聴席の人々からざわめき混じりのささやき声が聞こえてくるのがわかる。


 これだけの証拠があれば、普通ならどんな言い訳も通用しないはずだ。


 ミリアムは内心ほくそ笑む。

 彼女の両親がどれだけエステルを庇おうと、客観的事実として提示された書類には勝てない。


「――以上の点により、被告のエステル・グランディールは領地資金を横領し、王家に納めるべき税を偽装して私腹を肥やしていたと推測されます。私は、この重大な犯罪行為を見過ごすことはできません」


 最後にそう締めくくると、裁判長が重々しく頷いた。


「確かに書類上では、エステル・グランディールの名と印が確認できる。原告が提出した証拠をいったん受理しよう。被告はこれについて、何か反論はあるかな?」


 そう問われ、被告席に座るエステルが静かに立ち上がる。

 その青い瞳がどこか冷ややかに光っているのを見て、ミリアムはほんのわずかに眉根を寄せた。


「私、エステル・グランディールは、この罪状を全面的に否定します。これらの証拠は、すべて捏造です」


 一瞬、会場がざわめく。


 あくまで無実を主張するつもりか――ミリアムは心の中で鼻を鳴らす。

 そんな自信がどこから来るのか理解に苦しむが、最終的には追い詰められる運命だろう。


 実際、エステルは現時点で“捏造”であることを裏付ける証拠を何ひとつ示していない。


 ミリアムが提出した偽書類はどれも完璧だ。


 裁判官の目を欺くには十分すぎるほどの出来映えであり、エステルが言葉だけで否定したところで説得力は乏しいはず。


 しかし――。


「証拠なら、私も用意しています――ですよね、レオンハルト殿下」


 エステルが、そんな言葉を口にした。

 その瞬間、ミリアムの背筋に冷たいものが駆け抜ける。


 レオンハルト殿下――あの人物は第二王子で、周囲から「無能王子」と蔑まれている。


 ほとんど王宮にいても何もしない存在だと聞いているが……なぜ、ここでエステルが彼の名を呼ぶのか。


 まさか――と思うより早く、裁判所の入口付近がにわかに騒がしくなる。


 傍聴席の一部がざわつき、扉が開かれる音が響いた。

 その奥から、フードを脱いだ金髪の青年が姿を現す。


 淡い色の髪はどことなく眠たげな印象を与えるが、周囲が一斉に頭を下げる様子を見ると、確かに王子としての権威を示しているらしい。


 ――レオンハルト第二王子。


 ミリアムは喉の奥がかすかに震えるのを感じた。


(なぜ……どうしてエステルの味方として現れるの?)


 レオンハルトは確かに王族だが、ヴィクター殿下ほど政治的な影響力があるわけではない。


 無能と呼ばれ、何の功績もないと噂されている存在。

 だというのに、なぜ今になって、こんな場所に、エステルを助けるような形で出てくるのか。


「お、お待ちください。第二王子殿下……いったい、これは」


 裁判長でさえ困惑しているのがわかる。


 レオンハルトがエステルとどういう関係なのかは、表向き誰も知らないはずだ。

 ミリアムの胸に、警鐘のような恐怖が鳴り響く。


 計画にあるはずのない“不穏分子”が姿を現した――それは明らかに彼女のシナリオを狂わせる兆しだった。


(おかしいわ、こんなの聞いてない……グスタフ大臣からも、レオンハルト様は何の力もないと聞いていたのに。どうして今さら出てきたの? しかもエステルの側で)


 エステルは、まるで勝利を確信した人間のように穏やかに微笑んでいる。


 ミリアムからすれば、何がどうなっているのか理解できない。


 ――全て予定通りに進むはずだったのに。


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