11話 次の動きを
クラリッサを社交界で倒してから、もう数週間が経った。
大きな波乱を巻き起こしたかと思いきや、私の生活そのものはあまり変わりがない。
ただ、社交界での評判は確実に上がってきていて、「エステル・グランディールはやっぱり只者じゃない」と囁かれるようになった。
「ふう……」
自室で紅茶を一口飲み、私はほっと息をつく。
グランディール家の美しい調度品に囲まれていても、心の奥では常に警戒を解けない状態が続いている。
あれほど世間を騒がせたクラリッサの資金横領事件――実際にはヴィクター派の不正資金を運用していたわけだけど――のおかげで、次々と関係者が逮捕されている。
その話題は連日社交界を席巻し、私のもとへ「話が聞きたい」と寄ってくる令嬢や貴族が増えた。
仕方ないとはいえ、注目されるのも楽じゃないわね。
笑みを浮かべながらも、内心は忙しく立ち回らざるを得ない状況だ。
私が二度目の人生で得た目的は、ヴィクター派を根こそぎ潰すこと。
そのためには表向きの評判の良い令嬢の仮面を維持しながら、次の敵に備えなければ。
「そろそろ行きましょうか」
紅茶を飲み干し、カップを置く。
今日は離れにある小さな部屋で、レオンハルト様と合流する約束があった。
彼が私に何か新しい情報を伝えてくれるらしい。
廊下を足早に進み、邸の奥まった場所にある離れの扉を開ける。
そこは普段使われない倉庫の一室を改装したような、小ぢんまりした部屋だが、グランディール家の使用人のうち、私が信頼する者以外は決して近づかないよう指示している。
「エステル、来たね」
すでに中にいたレオンハルト様が、椅子に腰かけながら私を振り向いた。
淡い金髪が微かに揺れ、普段の眠そうな瞳が少しだけ真剣な光を帯びている。
「お待たせしました、レオンハルト殿下。新しい情報があるとか」
私が軽く会釈すると、彼は深く息をついて立ち上がる。
「うん。実は君の言った通り、騎士団長のロドルフ殿が怪しい動きをしているらしい。僕の方でも調べてみたら、兄上が裏で何やら命じているようで……」
やはり、と胸の中で呟きながら、私は眉を顰めた。
ロドルフ――前の人生で死ぬ直前に、耳にした名前だ。
それを根拠に、二度目の人生の早い段階から「彼こそがヴィクター派の筆頭に違いない」と推測していたけれど……どうやら当たりだったらしい。
「やっぱりそうなったのですね。私が予想した通り、ロドルフ殿はヴィクター派閥の一員なんですよ」
さらりと言い切ると、レオンハルト様がほんの少し驚いたように目を見開く。
「君はよくわかったね、ロドルフ殿が兄上に仕えていること。僕はあまり接点がないからか、まったく知らなかったよ」
「ええ、まあ……財務処理の書類を見ていると、それとなく繋がりが見えるというか。怪しい兆候がいくつかありましたので」
本当は死の直前、あの騎士団長が私の周囲を嗅ぎ回っていたのを知っている。
だが、そんなことは口が裂けても言えないから、適当にごまかすしかない。
「それで、ロドルフ殿は何を狙っているんですか?」
私が問いかけると、レオンハルト様は真剣なまなざしで答える。
「おそらく、君の暗殺を兄上から命じられたんだと思う。騎士団員の動向を探っていたら、妙に少人数で訓練を行っていたり、護衛隊を組むような話が出ているのがわかった。たぶん……『事故』を装う算段だろうね」
やはり、そうなるのね。
クラリッサを倒した時点で、いずれこうなるだろうとは思っていた。
横領の証拠を見つけ出したとなれば、当然ヴィクターも黙ってはいない。
「馬車での移動中や、夜道などで事故に見せかけて殺される、といった感じですかね。単純な手ですが、王城の騎士団なら簡単にやるでしょうね」
私は苦い笑みを浮かべる。
護衛の人数を増やせばいいという単純な話でもない。
相手は王城で訓練を受けた精鋭だし、しかも次期国王と名高いヴィクターの命令が背景にある。
「どうする? 護衛を増やすにしても、そもそも王城勤めの騎士を倒せる人がいるかどうか怪しいし……。君が家にこもっていても、いずれ狙われるかもしれない」
レオンハルト様が腕を組んで考え込む。
確かに、家にいれば警備はしやすいけれど、それは一時的な対応でしかない。
そして私自身、復讐のために動き回る必要があるので、籠城は選択肢にない。
「困りましたね。どうしても外に出なければならない場面はありますし……馬車に乗るとき、あるいは夜道を歩くとき、そこを狙われたらひとたまりもないです」
小さく息を吐きながら、頭の中で対策を組み立てようとする。
ヴィクター派の暗殺計画を阻止するには、こちらにも十分な防衛策や反撃の手段が必要だ。
「そうだね。じゃあ……そろそろ僕の出番かな」
思案に沈む私を尻目に、レオンハルト様が意外にも軽い調子で言う。
眠たげな瞳は、わずかに鋭く光っている。
「僕も舞台に上がらせてもらうよ、エステル。せっかく共犯者になったんだし、いつまでも陰に隠れてばかりじゃつまらない」
「それって……殿下が、私の護衛をしてくださるという意味ですか?」
動揺を隠せずに問い返すと、彼はくすりと笑みをこぼす。
「うん。僕が『無能王子』だとみんな侮っているなら、なおさら好都合でしょう? 殺される危険があるなら、僕が君の近くで守ればいい」
「でも……ご自分の身は大丈夫ですか? ヴィクター殿下に敵対姿勢を見せれば、あなたこそ狙われるかもしれないです」
恐る恐る問う私に、レオンハルト様は肩をすくめるように笑う。
「気遣いどうも。でも、自分の身がかわいいからって、せっかく可憐に踊る君の隣に立てないのはつまらない」
そんなキザな言葉をさらりと口にするものだから、思わずドキッとしてしまう。
彼がこんなにも自然に「可憐」なんて言葉を使うなんて、少し前の無気力な振る舞いからは想像できないほど。
「……わかりました。そこまで言うなら、ぜひお願いします。私が暗殺されてしまっては、あなたの目的も果たせなくなるはずですし」
礼を言いかけると、レオンハルト様は軽く手を振った。
「他人行儀にならないでよ。もう共犯者なんだから、もっと頼ってくれていいんだよ」
その無邪気な言い方に、一瞬胸が熱くなる。
私のために護衛を引き受けてくれるのだとわかっていても、素直に嬉しい気持ちが湧く。
「ありがとうございます、レオンハルト殿下。それでは、私の動く場面ではぜひ護衛を……」
「了解。じゃあ明日から早速、君の傍にいるよ。騎士団なんて怖がらなくてもいい。僕が力で抑えこんでやる」
まるで頼りになる騎士のような言葉に、気恥ずかしさを覚えながらも、私は深く頷いた。
レオンハルト様が味方になってくれるのは本当に心強い。
前の人生では叶わなかった、そんな守ってもらえる関係が今ここにある。
「それにしても、ロドルフ騎士団長か……。厄介な敵ですね。気をつけてくださいね」
最後に一言だけ念押しをすると、彼は「わかってるよ」とあっさり返す。
私はレオンハルト様の護衛を受けながら、ヴィクターの暗殺計画に立ち向かう新たな舞台へ突入することになった。
彼が表に立つ以上、もう無能王子でいるのも限界があるかもしれない。
私を殺そうとしているヴィクター派……その先にいるヴィクター本人を叩き落とすためにも、この暗殺計画すら逆手に取ってやろう。
クラリッサを倒しただけじゃ終わらない。
このまま黙って殺されるわけにもいかない。
私がやらなきゃいけないことは、まだまだ山積みだ。
決意を新たにしながら、私はレオンハルト様と小さく微笑み合う。
そして、お互いが次の動きに備えるために、それぞれ部屋を後にした。
面白かったら本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!
ブックマークもしていただくとさらに嬉しいです!




