38.シーン3-4(重い荷物で旅に出る)
聖都へ来たときとほとんどというか一切変わらぬ装備のオルカとカインと合流すると、そのままミリエは東門へ向けて歩き出した。オルカもカインも、所持品という所持品があまりない。
私が利用しようとして挫折した定期船の利用者や、海路利用の荷物なんかが出入りする東門は、人と馬や他の動物と物資とでそれなりに賑わっていた。昼間という時間帯も相まって、かなり活気づいているようだ。
「お疲れさまです、ミリエ様」
門の見張り番の衛兵が、爽やかにミリエへ向けて挨拶を交わす。そのまま彼は、私へ向けて何かをどすんと押しつけた。
「よう、ご苦労さん。もしかして新入り? 羨ましいねー、ミリエ様のお付きなんて! この幸せ者がっ! 浮かれるんじゃないぞ、ちゃんとしっかりこれ持てよ!」
何をまくし立てているのだ、彼は。目の前に置かれた大きな荷物をまじまじと眺めながら、私は今の自分が兵装であることを思い出した。勘違いも甚だしい。誰が持つのだ、この荷物。
「お待たせしました」
後ろからキュリアさんが数名の衛兵と共に追いついてきた。数名の衛兵は、どちらかというと別の任務の為に、船に用があるらしい。みな、とことこと荷物を無視して門を出ていく。
だから、この荷物は誰が持つのだ。
「うっわ、何これ、重っ! ちょっと、これ何入ってるんですか? なんか無駄なもん入ってません? 麻雀とかウノとか携帯ゲームとか入れてるんじゃないですか?」
体積もさることながら、それに対する質量が、着替えか何かとは思えない。誰が持つのだ、こんな荷物。
「えっ、私? これ私持つの? 私荷物係なの?」
荷物係なら荷物係だと、始めから言ってほしい。借りがあるのだ、あまりに不可能な命でもなければ、私も断ることはしない。
オルカがおれが持とうかと私に申し出てくれたが、そもそも彼はなぜかこれに付き合わされている時点で被害者である。連れないのも考えものだが、付き合いが良すぎるのも考えものだ。荷物まで持たせるのは申し訳ない。
「いやまあ、ほら、おれが無理矢理ベルトつかんで引き上げたのも原因かもしれないし……」
私がなぜ付き合ってくれているのか尋ねると、彼は気まずそうにそう言った。
「そんなこと気にしなくていいのに……」
私は呆れ混じりにつぶやいた。あのとき助けてくれただけで、十分すぎる功績だろう。
ちなみにこれは余談であるが、 私がカインに責任の片側を押しつけようとしていたときに、もしも彼が口を挟んできたならば、私はそれを引き合いに出し彼の肩を叩く気でいた。記章はおろか、私の私物もその衝撃で落ちているのだ。剣が落ちていく寸前にごめんという声がしたことから考えて、少なくとも私の私物に関しては、引き上げる際に焦ったのか、余計な衝撃がホルダーに加わってしまったことが直接的な原因だろう。
オルカがあの時やたらと保身に走り私のフォローに回っていた理由は、その負い目があったためと思われる。なんて謙虚な性格なのだ。こんなものは私の言い張る主張である。彼が私を救った事実は変わらない。彼は彼で、私の命を救った恩人なのだと、胸を張っていれば良いのだ。
キュリアさんにこちらへと言われ、門の出入り口から少し離れた路肩の方へ目を向けると、そこには教会の印章を掲げた馬車が一台、停まっていた。
「港までは馬車ですか、優雅ですね」
聖都はもともと海の近くにある町なので、最寄りの港、グレマロース港までは、普通に歩いたところで数時間もかからない。それでも馬車利用で移動だなんて、高位魔術士、およびそれを抱える教会の生活の質がうかがえる。
「港まですぐですし、それほど危険なこともないとは思いますが、一応荷がありますので」
荷とはもちろん、私が抱えたウノとか麻雀卓とかが入っているウハウハ旅行の荷物である。
栗色のややずんぐりとした馬の後ろには簡素な車が繋がれており、中では座席が向かい合って二列に並ぶ。当然、私はあれを利用できるのならば、万々歳である。こんな重い荷物をもったまま延々歩くというのは流石に御免だ。
ミリエが真っ先に奥の席へと乗り込んだ。私は目を光らせながら乗りなよと催促して、先にカインを乗せておいた。彼は、無言のままミリエとは対角線上、一番遠い斜め向かいのポジションに、人を避けるようにして落ち着いた。
彼は何をやっているのだ。最終的には五人が乗るのに、人を避けるも何もないではないか。しかも、そこは入り口すぐ近くである。あとから人が乗るのに入り口付近に座ったら邪魔である。何なのだ。逃げる気か。
次の人が乗れないから奥まで行けと入り口から彼を遠ざけ、私はしっかりとミリエの横を陣取った。
「ちょっと、なんでこっち来るのよ、嫌よ! 荷物邪魔じゃない! そっち座んなさいよ!」
「いーじゃん! 一緒に座ろうよおー」
ミリエは座ろうとした私の尻を無理やり押し返して、反対側の席へと突っぱねた。ミリエ酷い!
突っぱねられた反動で重い荷物が揺さぶられて体の重心がぐらぐらと揺れ、勢いあまって私は荷物ごとカインに向かって突撃した。一応詫びたが、彼は何も反応しない。もはや毎度のことである。
むしろここまで無関心を通されると、逆にどうすれば何かしらの反応を返してくるのか気になるところだ。彼はいったい何を好み、そして何を忌み嫌うのかというものが未だにはっきりとしていない。少なくとも、人付き合いはあまり望んでいないようだ。
彼には非常に残念なことかもしれないが、どんなに嫌でもそれを乗り越え、スマートかつマイルドに社会に身を置くのが大人である。年でも食ったように動じないというか落ち着いているようでいて、やはりまだまだ青いんだなあ、なんて余計なお世話みたいなことをぼんやりと考える。
奥へと押しやったカインとの間にどかりどかりと荷物を二段に重ねて逃走防止のバリケードをつくってから、さらにどかりと乗せた後で転げそうになった分を膝の上で抱えると、私もようやく落ち着いた。
照れくさそうに、ミリエの横にオルカが座る。なぜ彼が我が妹の隣という特等席にちゃっかり腰かける権利を得ているのだ。先にキュリアさんが来ないのかと彼女の方を見てみると、キュリアさんは入り口から馬車の中を覗いて、ちょっとだけ待っていてくださいと言い、どこかへと寄っていった。
入り口から身を乗り出して彼女の行き先を確認したところ、すぐそばにある建物の出入り口番に声をかけているようだった。建物自体は、人や物、聖都へとやってくる全ての物流をチェックしている場所だ。公営の運送屋、いわゆる問屋場のようなものである。分かる範囲で例えるのならば、民営化される前の郵便局と検問が合体したような感じのものだろう。
キュリアさんは懐から何か包みのようなものを取り出すと、応対している見張り番にそれを手渡した。
「どうも、いつもお疲れさまです!」
「これをまた、リィベまでお願いします」
「リィベまでのですね!」
喋っているのはすべて私の一人芝居である。
「えっ、リィベ?」
私の言葉、というよりも、キュリアさんらが話した暫定の言葉に対して、なぜかオルカが反応した。
「いつものですか?」
「いえ、今回は伝言のみです」
「わかりました! お預かりします!」
「ええ、よろしくお願いします」
「アンタ、一人で何やってんのよ」
最後の声はミリエである。読唇術である。なんて、二人とも横顔しか見えないし、ある程度は動作と表情からの憶測だ。見張り番の方は声がずいぶん元気なおかげで、耳をすませば多少は音を拾えたのである。
「オルカはリィベってどんなとこか知ってた?」
さきほどオルカが反応したことから考えても、恐らく単語自体は間違えていない。キュリアさんが伝言やら何かの荷物やらであれこれと交流しているとなると、何となく気になってしまう。なにせ、昨日の出来事が出来事だ。
「えっ、いや……」
私の問いに対し、彼は少し不自然な調子で答えを返してくる。私が怪しそうにオルカを見ていると、キュリアさんが戻ってきた。
「お待たせしました」
キュリアさんが乗り込むため、オルカは照れながらミリエの方へ距離を詰めた。
「よし、じゃ、行こうか!」
目を光らせる私からいろいろと逃れるようにして、オルカが音頭をとる。なぜ君が張り切るのだ。




