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けいとはないと


「お疲れ様でした」


いつもと同じ挨拶をして職場を後にした。

いつもと同じ席に座りいつもと同じモニターを見つめいつもと同じ上司に指示をされて仕事をしてきた。

けど明日からはもういつもと違う。

今日までのいつもはもう帰ってこない。


今日までのいつも…。

それは先月に自身が出した退職願が終わらせたのだった。


転職先は決まっていない。

コネもツテも何もない。

今の自分は正真正銘どこから見てもタダの無職そのものだ。


送迎会は断った。

上辺だけの付き合いしかしてこなかった仕事仲間と呑んだところでお金と気力が無駄に減るだけだからだ。


会社を出ると自宅アパート方面の電車へ乗った。

またこの改札を通ることがあるだろうか、と考えながらICカードをかざして改札口を通る。


ホームに出るとちょうど扉を開けた車両が見えたので飛び乗る。

久しぶりの定時帰宅だ。

帰宅ラッシュの時間だからいつもよりも電車は混んでいる。


混み合う車内でスマホを手に取ると、慣れた手つきでラインを開いた。

そして連絡先に載る職場の人間の名前をひとつひとつ消していく。

どうせ金輪際関わることのない人間達だ。


谷中、伊澤、相馬…

小夜


「小夜……」


思わず次いで出た言葉に周りの人間が怪訝そうな顔でこちらを一瞥した。


小夜

元同期の小山 小夜。

セミショートの黒髪に銀縁眼鏡が特徴的な小柄で大人しい女性だった。

小さい夜、という名前を表した様な容貌をしていた彼女は今はもうこの世にはいない。


同じ時期に入社したこともあり、小夜とは割と親しい間柄だった…と思う。

サシ飲みでお互いに悩みを打ち明け励まし合うすることもあった。

消極的でおとなしく、自分の意見をあまり言えない彼女でも俺の前では自身をさらけ出してくれていた気がする。


だから、信じられなかった。


「次はーーー駅、ーーー駅」


車両アナウンスにハッと顔を上げた。

眼前にある窓に自分の青ざめた顔が映る。


小夜はある日突然、駅のホームから線路に飛び込んだらしい。

勢いよく走り抜けた車体は減速することもなく小夜の身体に激しくぶつかった。

小夜の身は地面に叩きつけられた水風船の様に散り散りに飛び散ったと聞く。


小夜の葬式には出たが遺体は見られなかった。

きっと見せられる状態ではなかったのだろうと、その時の話から容易に想像がついた。


葬式が済んでから小夜の噂を耳にする様になった。

化粧っ気もなく流行りにも疎い彼女が職場の女性たちから嘲られる対象となっていたこと。

大人しく声が小さい、嫌と言えない性格のせいで上司からセクハラとも取れる行為を受けていたこと。

何よりもショックだったのは小夜が俺にそのことを何も言わずに死を選んだことだった。


俺は小夜にとって信頼できる仲間ではなかったのか?

小夜の中での俺は小夜を虐める女どもや性のはけ口にするようなクソ親父と同等のモノだったのか?


目の前のドアが開く。

自身の降りる駅名が見えた。

スマートフォンを痛いほど強く握り締めながら、駅のホームと車両の間にある溝を跨いだ。


駅の改札でICカードをかざす。

ピピッという聞き慣れた機械音を鳴らしながら改札口が開く。


駅の出口まで来て気がついた。


「雨か……」


ぽつりぽつりと小さなシミがコンクリート床に出来上がり、次第にそれは増えていき最後は全てが雨に滲んだ。


しばらく困った顔で立ち往生していたが、どうでもいいかと不意に思い立ち出口へ一歩踏み出した。


ぽつりぽつりの雨音は既にザーザーという擬音へと変わっていた。


アイロンがけをしたYシャツは透けて素肌に貼り付き自身に不快感を与える。

ワックスをつけて整えた髪型も水分を吸って垂れてくる。

けれど自分はもうそんなことはどうでもいいと思っていた。


「小夜、なんでだ、小夜、なんでだよ」


ガムシャラに道を走りながら、水を吸った泥が踏んだ衝撃で跳ね返ってきてもそれでYシャツに汚れを作っても俺は構わなかった。

そんなこと以上にずっと


「なんでだよおおおお!!!!!!」


小夜がいなくなったことの方が


「ねえ、風邪ひいちゃうよ?」


「え…」


静寂の中で突然目の前から聞こえた声によって俺は急に冷静さを取り戻した。

デスクワークばかりで体力のない自分が急に走ったせいで身体は悲鳴をあげていた。

ヒューヒューと喉が苦しげに鳴るし、心臓も痛かった。


「聞いてる?」


「あ、えっと…でも傘忘れて」


目の前に立っていたのは赤地に白い水玉の傘を持った少女だった。

傘で隠れて首から上は見えない。

裾がレースになった白いワンピースの胸元には赤いリボンが施されている。

6月で雨も降っている寒い日だというのにノースリーブだ。


それもおかしいけれど、もっと何か大きな違和感がこの状況には存在する気がする。

なんだ?


「ウソ、ほんとは濡れたかったみたい。そうでしょ?」


いたずらっぽくククッと笑い声をあげた少女は黄色い長靴で水たまりをパシャりと蹴った。


あれ?


その時、俺は違和感の正体に気づいた。

雨が降っていない。

いや正確に言うと降ってはいるが、動いていない。


雨粒が空中で止まっている。

そして先ほど少女が蹴った水たまりの水滴も周りに存在する俺と少女以外の全てが止まっていた。


「な…え…!?」


脳みそが追いつかない状況に俺が狼狽していると少女が不服そうに声を出した。


「はなし、聞いてる?」


「話とかそんな場合じゃ…ないだろ

世界が止まってるんだぞ…?」


世界が止まっている、自分で言っておいてなんて馬鹿らしい台詞だと恥ずかしくなる。

が、それ以外にこの状況を表す言葉が思いつかなかった。


「雨がうるさいとぼくの声が聞こえないでしょ?

だから止めたの」


俺の言葉にケロリと少女は返答をした。


「君が止めたのか…?

ていうか何だよ、何なんだよ意味わかんねえ…!」


「この状況に対する感想や理解は今はどうでもいいの

霧山圭人くん。」


霧山圭人、と少女の口から出たことに俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

霧山圭人…それは俺の名前だ。


「………」


意味のわからない状況で意味のわからない相手に自分を知られている状況に恐怖を感じ始めた俺は無言で少女を睨みつけた。


「そんなに恐がらないでほしいな〜?

小山小夜嬢を救えなかった哀しきナイトの霧山圭人くん。

キミにチャンスをあげようと思ってきたんだよ」


「小夜…?」


「この世界からいなくなった小夜ちゃんは今別世界で生きている。

生きてはいる…が、筋書きではそちらの世界でも小夜ちゃんは若くして死んでしまう。

こちらの世界の小夜ちゃんと同じようにね。

哀しいけれどそれが向こうの神様が考えたストーリー」


「別世界の小夜…?神様の考えたストーリー…?」


理解の追いつかない頭の必死に回転させて少女の会話を拾っていく。

小夜がまた死ぬ…?


「そんな神様のストーリーを捻じ曲げる方法がひとつあるんだよね」


「別世界の人間が転生をして神様のストーリーに介入する」

少女はそこまで言い切ると傘からかろうじて見える口元をニヤリと歪ませた。


「別世界の人間にはストーリーが存在しない。

つまり自分のお話作りたい放題やりたい放題ってワケ」


「別世界の小夜を転生した俺が救うこともできるってことだな…」


俺の返答に少女は小馬鹿にしたように拍手をした。


「ぴんぽんぴんぽんだいせいかーい♪

こちらの神様にも若くして殺され、あちらの神様にも殺される運命を作られた小夜ちゃんを救えるのはキミだけだ霧山圭人くん!」


「君が何をさせたいかは理解できた。

ただ……なんで君がそれをさせたがってる?」


「………それはまだ言えないかな


お楽しみは後に取っておこうよ。

ぼく、大好物は最後に食べるタイプなんだよね」


無邪気そうに話す少女の言葉に一瞬だけ影が射したような気がした。

が、瞬時にその影も少女自身の生み出す明るい声がかき消す。


「さあて、理解ができたならあとは向かうだけだぞっ!

霧山圭人くん、準備はいいかね?」


「………ああ。」


どうせ仕事を辞めたあとに予定なんて何もなかった。

小夜を救えなかったあの日から俺の人生はただ無駄に消費していくだけ。


それならいっそ別の世界へ行って、次こそ小夜を助けることができるなら…

俺はそのチャンスに賭けたい。


「オッケー!

じゃあ………行ってらっしゃい。」


少女が傘を持たない方の手を天にかざすと指を鳴らした。

と同時に俺の視界は暗転した。


第1話 おわり


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