第8話 洗濯場と浴室
四人はもう一度、閉鎖区画へ入った。
保守部屋の前を通り、通路をさらに奥へ進む。
地図で灰色に表示されていた場所には、次の扉があった。
扉の先は、広い部屋だった。
壁際に大きな箱が並んでいる。
丸い窓のついた箱。
上面に蓋のある箱。
奥には細い棚があり、天井近くには太い管が通っていた。
「これは……何でしょう」
ノアが携帯保守端末をかざす。
端末の画面に、箱の輪郭が映った。
少し待つと、読める文字に変換された表示が出る。
《設備候補:洗濯機》
《状態:停止》
《給水経路、接続あり》
《排水経路、接続あり》
リナが一歩近づいた。
「洗濯機」
その声には、喜びの色があった。
次に、丸い窓のついた箱へ端末を向ける。
《設備候補:乾燥機》
《状態:停止》
《排気経路、接続あり》
「乾燥までできるの?」
リナは箱を見て、それから天井の管を見た。
「これが動けば、濡れた布を部屋に干さなくて済みます」
「今は干しているんですか」
「ええ。邪魔ですし、湿気も増えます。何より、子供が引っかけて倒します」
それは見たことがある。
昨日、ルカが布を干した紐に引っかかり、ソフィアに叱られていた。
バルドが洗濯機の裏をのぞき込んだ。
「配管は残ってる。切れてはいねえな。だが、動くかは別だ」
「ここだけで使えますか」
ノアが端末に聞く。
《当該設備の運用には、衛生系統への登録が必要です》
《追加制御コア未接続》
「やっぱりコアか」
「でも、配線と水路は生きていそうね」
洗濯場の奥には、さらに扉があった。
開けると、小さな部屋に出る。
壁には棚とカゴがある。
そして、その先に、もう一枚の扉。
「ここは何でしょうね?」
リナが言った。
「その奥は?」
バルドが扉を押したが、固く動かない。
蝶番に工具を当て、軽く動かすと、扉はゆっくり開いた。
中は浴室だった。
白い槽が二つ。
壁に並ぶ細い管。
床の排水口。
隅には腰掛けられる低い台がある。
乾いた埃が積もっているだけで、汚れは少ない。
長く使われていなかった部屋の匂いがした。
ノアは端末を浴槽へ向けた。
《設備候補:浴室》
《給水経路、接続あり》
《排水経路、接続あり》
《温水制御、停止》
《換気経路、接続あり》
《追加制御コア未接続》
ノアは端末の表示を見た。
「水と排水はつながっている。換気もある。でも、水を温める制御が止まっています」
「これも追加制御コア」
エリスが言った。
「それがあれば、衛生系統として登録できるはず」
リナは浴槽の縁に手を置いた。
表面の埃を指で払う。
「探しましょう」
その一言で、全員が保守部屋へ戻った。
保守部屋の棚を、今度は端末で一つずつ確認する。
金具。
配管接続具。
小型制御端子。
用途不明の板。
そして、奥の金属箱に入っていた三つの円筒。
手のひらより少し大きく、側面に細い端子が並んでいる。
ノアが端末をかざした。
《追加制御コア》
《未使用》
《残数、三》
バルドが低く口笛を吹いた。
「当たりだな」
「三つある」
エリスが言った。
「洗濯場に一つ使っても、二つ残ります」
「洗濯場と浴室をまとめて動かせますか?」
ノアが端末へ聞く。
《該当制御コアなら1コアで2施設を制御可能》
《洗濯機、乾燥機、脱衣室、浴室を一系統として管理します》
《追加制御コア、一基が必要》
《指定個所へマニュアルの通り設置してください》
「1つで済みそうだね。ただ、その前にこの追加コアも生産登録して増やそうか」
いったん開発区画へ戻り、読取台で登録を試すことにした。
「この追加コアを登録して」
《スキャン開始…》
《コア部分の構造が複雑なため、本施設では利用不可》
《利用には、施設のアップデートが必要》
「困ったな、追加制御コアは増やせないみたいだ」
「しょうがないわね、今あるもので必要そうなものから使っていきましょう」
エリスが残念そうに言った。
「とりあえず、洗濯場と浴室は動かしましょ」
リナが提案し、皆同意したため、ノアは追加制御コアを持ち、洗濯場へ戻った。
浴室手前の壁に、扉のついた箱があった。
ノアが手をかざすと、箱の内側で小さな音がして、扉が開いた。
箱の扉を開けると丸い穴があり、追加制御コアの端子と同じ並びの溝があった。
「ここですね」
エリスが端末で確認する。
ノアは追加制御コアを穴へ差し込んだ。
かちり、と音がした。
壁の内側で細い光が走る。
洗濯機の箱に、浴室の管に、天井の換気口に、順に小さな灯りが点いた。
《追加制御コア、接続》
《衛生設備の正式登録へ移行しますか》
「登録して」
《衛生設備、正式登録》
《給水確認》
《排水確認》
《換気確認》
《温水循環、低出力試験開始》
壁の奥で水が動く音がした。
最初は細い。
ためらうような音だった。
それから、浴室の管の一つがかすかに震える。
リナが浴槽の前で身をかがめた。
温水の吹き出し口らしき突起の先から、水が一滴落ちた。
次に、細い線になった。
リナは手を差し出す。
「冷たい」
少し待つ。
水の線は途切れず、やがて彼女の指先で湯気が立った。
「温かい」
その声で、部屋の空気が変わった。
バルドが天井を見上げる。
「湿気は?」
《換気経路、稼働中》
天井の格子から、弱い風が吸い込まれていく。
「排水は」
リナは手のひらに受けた水を、床の排水口へ落とした。
水は溜まらず、細い音を立てて消えた。
《排水処理、低出力稼働》
「浴室は、一通り動くみたいだね」
「これで、子供たちをちゃんと洗えます」
「リナさんも」
エリスがからかうように言う。
「当然です」
その声は少しだけ明るかった。
広場へ戻ると、制御盤の地図で灰色だった一部が薄い青に変わっていた。
衛生設備。
名前がつき、都市の一部になった。
残った追加制御コアは二つ。
その日の夕方、大部屋に知らせが届くと、子供たちの声が一斉に上がった。
「お風呂?」
「今日入れる?」
ソフィアが両手を叩いた。
「順番を決めます。走らない」
「あと今日着ている服はお洗濯するので、ちゃんとカゴにいれてくださいね」
その声を聞きながら、ノアは制御盤の地図を見た。
新しく青くなった衛生設備から少し離れた場所に、まだ灰色の空間が残っている。
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