第3話 崩れた壁の向こう
戻ってきた報告は、どれも良いものではなかった。
予備の照明は七つ見つかった。
「広場の中央に二つ。制御盤の前に一つ。リナのところに一つ」
ノアがそう分けると、バルドは壊れた照明具を脇へ寄せた。
「通路は真っ暗だぞ」
「今は照らせません。内側の倉庫と居住室だけ照明を置きましょう。残りは探索用に」
「足りねえな」
「足りません」
ノアは正直に答えた。
トマとルカは、通風口の確認から戻ってきた。
「風は動いているけど、全部は追いきれなかった…」
トマはそう言った。
「ありがとう、一旦分かったよ」
トマの状況を聞いているとエリスが寄ってきた。
「アークライト君」
エリスが小さく呼んだ。
ノアが近づくと、彼女はさらに声を落とした。
「子供たちの前では話しにくいことがあります。年長者だけで、少し話せませんか」
ノアは広場を見た。
「分かりました」
ノアはバルド、リナ、ソフィア、マーヤを呼んだ。
広場から少し離れた倉庫前に集まる。崩れた梁の陰で、声を落とせば子供たちには届きにくい。
エリスは制御盤から写してきた印を、板の上に並べた。
「この針が、おそらく外壁を守っている出力です」
針は少しずつ下がっていた。
一度に落ちているわけではない。だが、戻ってもいない。
「どれくらい保つんですか」
ソフィアが聞いた。
「分かりません。ただ、安定しているとは言えません」
エリスは即答した。
リナが続けた。
「頭を打って、たんこぶが出来た子が二人。擦り傷が二人。大きく問題になる子はいないわ。エリスが一番重症かもしれない。ちゃんと診察できていないけど」
リナはそこで、食料箱へ視線を移した。
「ただ、水も食べ物も少なすぎます。まともに分けたら、二日もつかどうか」
「二日?」
バルドが低い声で唸った。
「つまり」
バルドが短く言った。
「このままじゃ保たねえ」
誰も否定しなかった。
ノアは制御盤の方を見た。
「予備の設備はないんでしょうか。避難用なら、水や空気を保つ仕組みがどこかにあってもおかしくない」
「現行の都市ならあります」
エリスは答えた。
「ですが、ここでは、どこにあるのか、そもそも同じ考え方で作られているのかも分かりません」
「探すしかないですね」
リナが言った。
「でも、外壁側には出せません。子供たちも動かせない、照明も数はないですよね?」
「マーヤ婆に子供たちを見てもらっていて、3組に分かれて探索しますか」
どう分かれて、どこをそれぞれ見るか相談をしている最中に、イリが近づいてきた。
「ソフィア姉、まだお話し中?」
「あら、どうしたの?」
「イリ達も、お外見てきていい?」
「誰かお外行ったの!?」
「トマとルカ、セナが三人でお外行ったよ?」
通風口のそばに、トマがいない。
水桶の横に、ルカもいない。
セナも、耳を押さえて座っていた場所から消えていた。
「三人はどこへ?」
「知らねえ」とカイが言った。
ミナが小さく
「三人、相談してるのを見てて、そのあと出て行ったよ」
ミナは唇を噛んだ。
「どっちへ行った」
ノアが聞くと、ミナは外壁側とは反対の通路を指した。
「幕の棚の裏。壁が崩れてるところ」
ノアは走った。
「ノア!」
リナの声が追ってくる。
「俺も行く」
バルドが照明をひとつ掴んだ。
通路は暗かった。
照明の輪の外は、ほとんど見えない。床には落ちた板と割れた石片が散っている。
幕をしまっていた棚は、落下の揺れで斜めに倒れていた。その裏に、壁のひび割れがある。
ひび割れというより、崩れた壁の隙間だった。
大人の肩は通らない。
トマなら入れる。
「トマ!」
ノアが呼ぶ。
少し遅れて、奥から声が返った。
「ノア兄ちゃん!」
無事だ。
ノアは膝から力が抜けそうになった。
だが、すぐに壁へ手をついた。
「そこにいるのは三人ともか!」
「いる! ルカも、セナもいる!」
「怪我は!」
「してない!」
今度はルカの声がした。
「怒らないで!」
「怒る。あとで怒る。今は出てこい」
「出られない! こっち、広い部屋になってる。でも戻る穴、ちょっと高い!」
バルドが壁の周りを叩いた。
「向こうに空間があるな。だが、ここを崩すと上が落ちる」
「正規の入口があるかもしれません」
エリスが遅れて来て、壁の継ぎ目を見た。
「開発区画や保守区画なら、人が通る扉があるはずです。子供たちは崩れた場所から入っただけで、入口は別にあるかもしれない」
「探します」
ノアは照明を受け取り、壁沿いに手を滑らせた。
埃の下に、縦の線があった。
床から天井まで続く細い継ぎ目。
ノアが近づいた時、金属板の奥で短い音がした。
《認証者を確認》
声だった。
古い発音だが、意味は分かった。
リナが息を呑む。
《外殻開発区画、封鎖を解除します》
壁の継ぎ目が震えた。
錆と埃が落ちる。
重い扉が、横へゆっくり動いた。
照明を向けると、奥に部屋があった。
広い。
広場ほどではないが、倉庫よりずっと大きい。
壁には太い管が何本も走り、床には固定された作業台が並んでいる。天井近くには、外壁へ向かう大きな円形の枠があった。ほとんどの機械は止まっている。
トマとルカとセナは、部屋の奥で固まっていた。
三人とも、埃まみれで立っている。
セナが、奥の壁を指した。
「ノア、ここ、なんか広場の装置と似ている」
「制御盤か?」
ノアが近づくと、部屋の中央にある黒い盤の下で、かすかな駆動音がした。
床から、低い台がせり上がる。
台の上には、手形の窪みがあった。
《外殻開発区画、接続待機》
抑揚の少ない声が響く。
《都市核との接続を開始しますか》
リナがノアの腕を掴んだ。
「待って。何が起きるか分からない」
「分かってる、でも、何もしなければ持たない」
バルドが短く息を吐いた。
「なら、やってみるしかねえだろ」
ノアはうなずいた。
「全員、入口まで下がってください」
トマたちも、リナに引っ張られて扉の方へ下がる。
ノアは黒い盤の前に立った。
手を置く。
冷たい。
次の瞬間、盤の縁から青白い光が走った。
床へ。
壁へ。
天井へ。
止まっていた管の束へ。
《都市核接続、開始》
遠く、地下広場の方で制御盤が鳴った。
ノアの手の下で、黒い盤がさらに強く光った。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
GW終わってしまいましたねぇ。。。
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