第二話 イデアの才能
「……私を記憶しているの?」
銀髪の少女は、不安と期待が入り混じった瞳で蒼汰を見つめていた。
突然の問いかけに蒼汰は戸惑いながらも、正直に答える。
「ごめん。君のことは知らない。でも、その本に触れた瞬間……君のものだと思う記憶が頭の中に流れ込んできたんだ」
一度言葉を区切り、少女を見つめる。
「その中で、フードを被った人が君のことを『イデア』って呼んでた」
その名前を耳にした瞬間。
少女の表情がぱっと明るくなった。
「そう……! それが私の名前!」
嬉しそうに胸の前で手を握り締める。
その蒼い瞳には、いつの間にか涙が滲んでいた。
その姿を見て、蒼汰は胸の奥が少し締めつけられるような感覚を覚えた。
状況を整理するように、小さく咳払いをしたのは瀬呂だった。
「……とりあえず、ここじゃ落ち着いて話もできないね。」
瀬呂は地下室を見回しながら続ける。
「詳しい話は上で聞こうか」
「そうだな」
蒼汰は頷き、イデアへ手を差し伸べる。
「立てる?」
イデアはその手を見つめると、少しだけ微笑み、小さく頷いた。
「……うん」
こうして三人は、地下室を後にし、再び地上へと続く長い石階段を歩き始めた。
蒼汰の部屋へ移動した三人は、一息つくと、目の前の謎の少女について話し合うことにした。
「単刀直入に聞こう、イデアちゃん。君はどこまで自分のことを覚えてる?」
「……イデアちゃん?」
瀬呂の自然な”ちゃん付け”に、蒼汰は思わず首を傾げる。
(まあ、今はそれどころじゃないか)
そう自分に言い聞かせ、イデアへ視線を向けた。
「名前はイデア! 歳は十五……たぶん十六歳! それと、元素さんとはみーんな仲良しです!」
胸を張って答えるイデア。
その無邪気な話し方とは裏腹に、蒼汰と同年代だという事実に思わず目を丸くする。
瀬呂は腕を組み、静かに考え込んだ。
「詳しいことは分からないけど……本に封印されていた影響だろうねぇ。精神がかなり摩耗しているように見える」
「……?」
イデアは意味が分からないのか、小さく首を傾げる。
その様子を見ていた蒼汰は、先ほどの言葉が引っ掛かっていた。
『元素さんとはみーんな仲良しです!』
地下室で本に触れた時の異様な感覚。
そして今の発言。
「もしかして……イデアって、全部の元素に適性があるのか?」
瀬呂が息を呑む。
しかし本人は、そんな空気など気にした様子もなく笑顔で頷いた。
「うん! わたし、全部使えるよ!」
そう言って両手を掲げる。
次の瞬間。
炎、水、風、地、雷、氷。
六つの元素が、まるで主人を慕う精霊のようにイデアの周りをふわりと舞った。
「……うっそぉ」
瀬呂の口から思わず声が漏れる。
自他ともに認める天才である彼女でさえ、この光景には言葉を失っていた。
「全元素適性なんて……世界中を探しても数えるほどしか存在しない才能だよぉ?」
その隣では、蒼汰が違う意味で衝撃を受けていた。
「全元素適性……」
イデアは全部。
自分はゼロ。
「俺、適性ゼロなんだけど……」
同年代のあまりにも大きすぎる才能の差に、蒼汰はふらりとよろめく。
「おっと」
倒れそうになった蒼汰を瀬呂が支えながら、ふっと笑う。
「ここまでの才能と出会ったんだ。逆に確信したよ」
「え?」
「あの地下室で、イデアと会ったことで君の中の何かが目覚めた。今の君からは今まで感じたことのない魔力の流れを感じる」
蒼汰は自分の手を見る。
確かに、イデアと出会ってから身体が軽い。
魔力が血液のように全身を巡り、今までにない感覚が身体を満たしている。
「腐っても名家の血筋ってことかな」
瀬呂は少しだけ口元を緩めた。
「蒼汰。今の君なら、魔術騎士団に入れるかもしれない」
その言葉に、蒼汰の瞳へ再び光が宿る。
「それにぃ」
瀬呂はイデアへ視線を向ける。
「騎士団なら国内外の遺跡調査や事件解決にも関わる。イデアちゃんの記憶を探すなら、これ以上ない環境だ」
「……そうだな」
蒼汰は大きく頷く。
その時だった。
ぐぅぅぅぅ……。
静かな部屋に、小さなお腹の音が響く。
音の主であるイデアは顔を真っ赤にし、お腹を押さえていた。
蒼汰と瀬呂は顔を見合わせる。
そして同時に笑った。
「よし!」
蒼汰は立ち上がる。
「難しい話は、ご飯を食べてからにしよう!」
「さんせーい!」
真っ先に返事をしたのは瀬呂だった。
イデアも嬉しそうに微笑み、小さく頷く。
こうして三人は、少し賑やかになった家のキッチンへ向かうのだった。
次の日
一通り状況が落ち着いた蒼汰は、千夜と楓を家へ呼び、地下室で起こった出来事を包み隠さず話した。
そして――。
「…………」
「…………」
二人は揃って口を開けたまま固まっていた。
その顎は、今にも外れてしまいそうなくらいに下がっている。
「おーい。戻ってこーい」
蒼汰が二人の目の前で手を振る。
「いや待て待て待て待て!」
最初に我へ返ったのは千夜だった。
「地下から秘密の図書館が出てきて、本から女の子が出てきて、その子が全元素適性!? どこからツッコめばいいんだよ!」
「私も同感よ……」
楓も珍しく困惑した表情を浮かべている。
「さすがに全部は信じられないけど……」
そう言いながら二人の視線は、部屋の隅でおとなしく座っているイデアへ向いた。
「本当なんだよねぇ」
瀬呂が苦笑しながら肩をすくめる。
「イデアちゃーん」
「はい!なんでしょう瀬呂姉!」
元気よく返事をしたイデアが小さく手を掲げる。
すると。
炎、水、風、地、雷、氷。
六つの元素が、ふわりと部屋の中へ姿を現した。
「「…………」」
二人の顎は、さっきよりもさらに深く下がった。




