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天降りの薬師は敵国の騎士団長に愛される。  作者: 采火


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25/28

25.何度だって失恋する

 王都からサロモーネに帰る道は、馬車の中がお通夜だった。

 当然、私がディオニージに振られて、灰になっていたからだ。


 私はめちゃくちゃ過去の行動を後悔した。穴があったら埋まりたい。あの疑似お父さん騒動がなければ、付き合えていた可能性はあるんじゃない? いや、無理か。あの騒動なくても最初から娘に〜みたいな話してたし……第一印象ぉ〜!


 旅の道中、あまりにも落ちこんでいたせいか、さすがのガエンも空気を読んで私をそっとしておいてくれた。ドミニクさんは逆に「今こそ心の隙間を埋めにいってやれよ」ってガエンを焚きつけていた。それを鵜呑みにしなかったガエンはほんと空気の読める良い子だと思う。好感度は間違いなく上がったよ。


 フェデーレなんかはディオニージが駄目なら次があるさ、と慰めてくれたけど。だからって眼の前にいるガエンやドミニクさんを勧めないでほしい。優良物件? 知ってるけどそうじゃない。お節介しすぎると口聞かなくなるよ、って言ったらスッと下がっていった。


 そういうわけで傷心になった私は、サロモーネに戻ると診療所の仕事とアルゲの研究に没頭した。


 いつものことじゃん、って? いやいや、全然違う。

 家出……というわけじゃないけど、私、領主館の離れから引っ越した。

 診療所の近くに家を借りて、一人暮らしを始めてみた。そこで仕事と研究に明け暮れる生活をしている。


 だってねぇ、私、フェデーレと違って領主館で働いているわけじゃないし……。

 ディオニージに娘のようだと言われても、実際には赤の他人。いつまでも領主館に厄介になっているわけにはいかないと思ったんだよね。


 自立するは今! と思い、フェデーレと話し合いの末、浜には行かない、海賊騒動があったら出歩かない、のを条件に、一人暮らしを許してもらえた。


 領主館での楽な生活に慣れてしまっていたので、最初は大変だったけど、一人暮らしもなかなか悪いものじゃない。アルゲを好きなだけ食べられる。アルゲ研究と称して毎日のようにアルゲを食べてる。そろそろ飽きてきたなって頃にはケチャップを作ったり、バターを作ったりして、オムレツやバターのせパンを食べてる。


 最初は借家と診療所の往復だったけれど、診療所によくくる近所のおばさんからおかずを分けてもらったり、お茶に誘ってもらったり。

 同じ年頃の妊婦さんと仲良くなったので、お化粧のコツを教えてもらったり。

 診療所で親御さんが治療している間に、子供たちに手遊びや折り紙を教えたり。


 なんだかんだいって、失恋を忘れるくらい忙しい日々を過ごしていた。


 そんなある日のこと。

 私が三級薬師になって、数ヶ月が経った頃。

 昼の季節も盛りを過ぎて月の季節に向かう日々の中、ディオニージがサロモーネに帰ってくるらしいとフェデーレから連絡があった。食事会をするから帰っておいで、と言われた。


 失恋による傷心はまだ完全に癒えたわけじゃないし、ガエンのように再アタックする勇気もないけど……フェデーレに領主館へ呼ばれた以上、顔を出しに行かなきゃいけないな、と思った。






「あちゃー……、薬作りに没頭してしまった……」


 マリオ先生が声をかけてくれなきゃ、夜まで作業してたかもしれない。それくらいに没頭して作業していた。


 今日はディオニージが帰って来る日だ。

 フェデーレに夕食を一緒に食べようと誘われていたから、領主館に行かないといけないのにうっかりしていた。

 ……まぁ、うっかりというか。目論見通りというか。何かに集中してないと、また失恋による傷心がぶり返しそうだったんでぇ……!


 ガエンってすごいなって本当に思う。私、彼のこと相当手ひどく振ったんじゃないかって思うくらいの対応してるよね? なのに彼は呆れながらも、未だに私を好きだって言ってくる。手紙だって寄越してくる。たまに贈り物もついてくる。私はあくまで友人の範囲で返信や贈り物を返しているけど……ガエンって、本当にすごいなぁ。


 ガエンになびいちゃえば簡単だ。

 それなりに幸せにしてくれるし、それなりに楽しく過ごせるかもしれない。

 でもきっと、それだけ。

 幸せで楽しいのは大切なことだけど、きっとそれだけなんだよ。

 私は安心感が欲しい。

 ここなら大丈夫だという、絶対の安心感が。

 ディオニージは、それを持っているから。

 これが、ガエンに気持ちを向けてあげられない理由の一つだったり。


 なーんてことを何度も何度も自問自答した。ガエンから手紙や贈り物が届くたびに考えた。考えたけど……やっぱり、駄目なんだよね。


 だからこそ、まだ失恋を引きずっているわけで。

 領主館の夕食会がちょっと憂鬱なわけで。


「お疲れ様でしたー」

「おう。団長によろしくな」


 マリオ先生に挨拶をして、白衣を脱いで、診療所を出る。

 すっかり夕方で、空は茜色から濃紺へと色が変わり始めている。夜ももう近いな。


 今日の私はブラウスにタイトスカートという出で立ち。裾に切れ目が入っているから、診療所で働いていても動きやすい仕様だ。普通のふわふわスカートだと足に絡まって動きにくいから、町の人に特別仕様で仕立ててもらったんだよね。最近、サロモーネで流行りのスタイルともいう。


 前よりも伸びた髪は、細身のリボンで高い位置で一つに括っている。作業中、ばっさばっさすると集中が切れるからね。この髪型で白衣が私の定番スタイルだ。今は白衣脱いでるけど。


 小さな鞄に貴重品だけを入れて、私は町を歩く。

 その途中で、誰かが私の前に立ち塞がった。


「セトさん!」


 私はふと足を止める。こんな大通りでどなた?

 進路方向に立ち塞がっているのは一人の青年だ。私よりちょっと年が上。見たことのある顔立ちな気がする、と思っていたら、よく怪我の手当で診療所に担ぎ込まれる自衛団の人だ。

 私はにこりと微笑む。


「こんばんわ。どうしましたか」

「あ、あの、セトさんにお伝えしたいことがあって……!」


 ちょっと力んだような言葉。身体の調子が悪いのかな? それともまたどこか怪我をしたのか?

 この人、弱っちいらしいからなぁ。体の鍛え具合も全然足りない。漁師になるにしろ、自衛団をやるにしろ、最低でもガエンくらいの筋肉はつけるべき。ディオニージほどはさすがに高望みしないけどさ。


 なんてことを考えていたら、青年は一歩私の前に踏み出して。


「好きです! 惚れました! 怪我をしてくれた時に治療してくれるあなたの優しい微笑みが好きです! 愛しています! どうか俺と結婚を前提にお付き合いしてくれませんか!」

「ごめんなさい、私、好きな人いるの」


 にっこりと微笑んでお断りする。

 ……物好きはガエンだけかと思ったら、三級薬師になってから、こうして告白されることも増えた。いや三級薬師というより、私が成長し始めてから? 三級薬師になってからは服装を一新したし、化粧をするようになった。ふっ、これも大人の女に一歩ずつ近づいた証拠かな。


 モテる女はつらいぜ、って思いたいんだけどさ。見ず知らずの……いや、知り合いではあるけどさ。仕事で知り合っただけの人に告白されても、そんなに嬉しくないのが本音のところ。


 だからバッサリとお断りしたんだけど。


「す、好きな人って誰ですか!」

「え、それ聞くの?」

「貴女好みの男になります!」


 この人、見かけによらず根性あるな。

 好きな人がいるんで、って言ったら諦める人ばっかりだったのに。とはいえ、諦めない宣言する人はガエンだけでお腹いっぱいだ。私なんかに固執しても良いことがなさすぎる。


 だから私はこう言ってやった。


「黒髪で、私を片腕で抱っこできちゃうくらい逞しくて、ちょっと鈍感で、でも優しくて。その人に守ってもらえるとすごく安心できるような――騎士団長みたいな人が好きなんです」


 そう言えば、青年はショックを受けたような顔になる。そんなん無理だよ、と打ちひしがれている。ほんの少しばかり可哀想にも思うけど……それが私の気持ちだし、ゆずれない思いだから。


「だから、ごめんなさい」

「……、……………ろ」

「え?」

「俺の恋人になるのが嫌だから、そんなこと言うんだろ……!」


 え!? そんなこと一言も言ってないけど!?

 びっくりして目を見開けば、青年の様子は一変、ぎょろりと私を睨みつけてきて。


「皆そうだ……! 俺がすっげぇ弱いから相手にしてくれないんだ! 俺のことが嫌いなら、最初から優しくするなよぉ……!」

「ちょ、ぎゃぁ!?」


 青年がいきなり飛びかかってきた!? ちょ、何!? なんなの!? 告白失敗したからって逆上!?


 私はその場から逃げようと踵を返すけど、私の歩幅は青年の腕の長さに負けた。数歩駆けたのも束の間で、靡いた髪が追いかけてきた青年に掴まれてしまう。


「痛いっ! はな、してっ!」

「うるさいうるさいうるさい! お前もそうなんだろ! この世の女の子たちは皆俺のことを嫌ってるんだ……っ、俺は結婚なんかできないんだ……!」

「そりゃそうでしょうね! あんたみたいに被害妄想酷くて暴力奮う奴なんて、私だって嫌だよ!」

「なんだとっ、このっ!」

「ぎゃっ」


 髪を引っ掴まれたまま、民家の敷地の中に連れこまれる。え、ちょ、気がついたけど、ここってこいつの家じゃ……!?


 さすがに脳が警鐘を鳴らす。家の中に連れこまれるのだけは阻止しなきゃ!


「だ、誰か――むぐっ」

「さ、叫んでも誰も来ないぞっ! こ、告白するの聞かれたくないから、事前にご近所さんの予定、聞いてたんだ……っ」


 そういう用意周到さは別のところに使ってくれませんかね!?

 そう言ってやりたいのに、口を手で抑えられてしまってモゴモゴとしか言えない。暴れようにも、さすがは弱っちいと言えど自衛団の一人。ひょろっとしてるくせに、力は一丁前に強いじゃんか……!


 さすがに分が悪すぎる。

 しかも、この状況、三年前の、あの時と、同じ、で。


 あ、だめだ。


 気づいた瞬間、さぁっと全身から血の気が引いた。ぞわっと全身が粟立つ。やだ、やだやだやだ、こわい……!


 なんであんな挑発的なことを言ってしまったのか。なんで立ち止まってしまったのか。もっと穏便にできなかったのか。


 後悔しても、もう遅い。


「俺は君の理想の男になれないなら、君の理想の男を俺にするしかないよね……?」


 やだやだやだ、何この男気持ち悪い!

 全力で拒否したいのに、身体がこわばって動かない。

 どうしよう、どうしよう……!


 男の手が玄関の扉にかかる。

 その瞬間だけ、私の口から手が離れて。


「たすけて、ディオさまぁっ!」

「ぶ、ぐぉふっ!」


 叫んだ瞬間、青年の顔面が自分で玄関の扉に激突していった。……いや、違う、後ろからどストレートに殴られたんだ。


 顔面を強打した青年の身体から力が抜ける。髪を引っ張られて引きづられていた私の身体が、支えをなくして倒れこみそうになる。


 それを、たくましい腕が伸びてきて。

 私のお腹側へと差しこんで、支えてくれた。


「怖かったな。もう大丈夫だ」


 振り返らなくても分かってしまう声。

 ……なんでこの人、いつも、こんなにタイミングがいいのかなぁ。


 もう狙ってやってるんじゃないかってすら思えてしまう。だけどきっと、間に合うかどうか、いつだって本人が一番気に病んでいるんだろうな。


 私はうるみそうになる視界をぐっと堪えながら、後ろを振り向いた。


「ディオ様……」

「悲鳴が聞こたから何事かと思った。……なんだ、この男は」

「ストーカーです! やばい男です! 全女の子の敵です!」


 顔面強打して伸びている野郎を指さして、私は全力で主張する。

 ディオニージは私を優しく地面に着地させると、気絶している男を見てどこからか出したロープで縛り上げた。……え、ほんとにそのロープどこからでてきた?


「これでよし。……髪がぐしゃぐしゃだな。まったく、女性になんて乱暴なことを」

「ほんとにね。……あー、これ、ほんとにぐしゃぐしゃ」


 自分で頭を触ってみてため息をつく。これはもうリボンを解くしかないな。そう思って、しゅるりとリボンをほどいてしまう。手櫛で髪を整えていたら、クズ野郎を縛り終えたディオニージが私を見下ろしていた。


「ディオ様? なぁに?」

「……リボンを貸してくれ。結んでやろう」

「えっ、ディオ様、結べるの?」

「縄もリボンも同じ紐だ」

「……変な結び方はやめてよね?」


 一瞬不安になったけど、せっかくの機会だし結んでもらおう。

 私はディオニージにリボンを渡してくるりと背中を向ける。


「すっかり綺麗になったな」

「わぁ、ほんと?」

「ああ。後ろ姿だけじゃ分からなかったな」

「何で気づいたんだい?」

「声と話し方だ。普通の女性はそんな話し方しないぞ」


 え? と振り向く。髪がぐしゃぐしゃになるぞ、と言われてしまったので前を向き直る。

 普通の女性はそんな話し方しないって何? 私、変な話し方してるの!? こてこての方言みたいになってないよね!?


「セトは言葉をフェデーレに習ったんだろう? そのせいか、男言葉になってるんだ。周りに手本となる女性はいなかったのか?」

「あ、あー……」


 なるほど、それは一理ある。

 ただなぁ、お手本となる女性って言われてもなぁ。アーダムの村にいたときはフェデーレがそもそも余所者で遠巻きにされてたし……村で交流し始めたのは言葉をある程度覚えてからだったし……それもすぐに友達なくしていったし……。


「私のお手本はフェデーレだけだったからなぁ」


 こればっかりは仕方ないよね。もし直せって言われたらどうしよう。いやでも、ディオニージもそういう普通の女の子のほうがいいのかなぁ?


「話し方、直したほうがいい?」

「いや? 仕事の時は話し方も公私で分かれてるとマリオから聞いている。無理に直す必要はないと思うぞ」


 あー、もう、そういうところ! そういうところが好き!

 私はこんな状況だっていうのに頬が緩んじゃいそうになる。もどれー、表情筋がんばってー。


「よし、できた。こっちもそろそろか」


 ディオニージが私の髪から手を離す気配がした。首元が涼しい。いつもはうなじをくすぐっている髪がない。あれっ、て思って手で触れてみれば、複雑に編み込まれた髪がお団子になっていた。え、すごい……。


 自分じゃ絶対にできない髪型にびっくりしていれば、民家の敷地の外側が俄に騒がしくなる。


「団長、お呼びですか……って、この状況なに?」

「ドミニク、この男を詰所に連れて行け。婦女誘拐の現行犯だ」

「おおー、それはそれは、とんでもねぇ野郎だな! 被害者は?」

「これから送る。事情聴取は……明日でも良いか? これから食事の予定だったんだ」

「別に構いませんけど。……え? 団長が食事に誘ったの?」


 私はディオニージの大きな体で隠れてしまってるようで、ドミニクさんが素っ頓狂な声を上げているのが聞こえる。私はディオニージの背中からひょっこりと顔を出した。


「えー、すげぇ別嬪じゃねぇか! 団長も隅におけねぇなぁ! なんですか、いよいよ結婚間近ってか!? 今回の視察も本当の目的はコレ!?」

「たわけたことを言うな。アユカはあくまで娘のような存在で……」

「えっ、セトちゃん?」


 ドミニクさんがびっくりしたようにこっちを見る。

 いつもなら軽く手を振り返すんだけど……なんでだろう、告白してないのに振られた気持ちになった。ダメ押しとばかりに、娘のような存在って……。


 おしゃれするのも、お化粧するのも、ちょっぴり背伸びをして頑張りたいのも。

 全部、全部、ディオニージに、一人前の女性に見てほしいからで。


 あーあ。


「ごめん、ディオ様。私、このまま帰るよ」

「アユカ?」

「ドミニクさんも。もし事情聴取とかするなら、明日診療所にきてくれれば会えるからさ」

「えっ、セト?」


 それじゃ、と私は手を振って走り出した。

 あーあ、だめじゃん。

 こんなん、だめじゃん。


 私、全然、成長できていない。

 あの人に釣り合う女性に、なれてないよ。




※この作品のヒーローはディオニージです(三回目)。

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