1-8 取り引き、と、没収
レストランはさびれていた。
木造りのその建物は、田舎っぽい雰囲気を漂わせており、中は掃除が行き届いているとは言い難かった。
NPCしか客がいない。
それは当然だった。
ゲーム内で食べても現実の腹は膨らまないだろうから。
一番奥のテーブルを選んで俺たちは座る。
女将さんが注文をとりにきたので、三人とも飲み物を注文した。
「ほら、数えてくれ」
リリアが銭袋をテーブルの真ん中に置く。
俺は手に取って結び目をほどいた。
白金貨を取り出して数えていく。
楕円形をしており天使の模様が彫られた硬貨だった。
「ある」
丁度20枚あった。
硬貨を袋に戻す。
「じゃあ、早くスキル書を見せてくれ」
リリアが右手の甲をくるっと表に向ける。
「分かったわ」
セニャがカバンを開き、中からスキル書を取り出す。
リリアが本を受け取る。
両手で持ち、それをまじまじと眺めた。
「これが、噂に聞く、ヴァンパイアイリュージョンかあ」
よほど強いスキルのようだ。
彼女は顔を上げる。
「でも、どうやってこのスキル書を手に入れたんだ? こう言っちゃ悪いが、あんたらレベル低いだろ? ヴァンパイアイリュージョンって言ったら、吸血鬼の館のボスモンスターからしかドロップしないって聞いたんだが」
「それは、人の死体から」
セニャが答えた。
「死体?」
「洞窟に落ちてたのよ」
「なるほどな、誰かが死んで落としたのか」
俺たちは頷く。
女将さんがオボンにジュースのコップを載せて運んできた。
「お待ちどうさま」
テーブルに置いてすぐに下がっていく。
俺たちはジュースに口をつけた。
ちゃんと味がして、みかん100%ジュースの生き生きとした甘みがあった。
つぶつぶも入っている。
美味しかった。
リリアはステータスボードを呼び出した。
「じゃあ、覚えるぞ?」
俺たちは頷く。
「ああ」
「うん」
「よし」
彼女はスキル書を片手に、習得を実行する。
本が黄色い光になって消えた。
リリアはヴァンパイアイリュージョンを覚える。
こうして彼女は俺たちの仲間になった。
ふと外が騒がしくなってきた。
レストランで取り引きを終えてすぐのこと。
窓の外に目を向けると、赤のローブの集団が広場に入ってきた。
「なんだ?」
俺は眉をひそめる。
リリアが顔をひきつらせる。声をにごらせた。
「まじか、くそっ、まずいことになったな」
俺とセニャは顔を見合わせて首をかしげた。
「リリア、あの集団は何なんだ?」
最初にこのゲームに来た時のこと。
初心者キルをしていたレンという名の男も、赤のローブだった。
「レッドリーパー。そう言う名前の、殺人ギルドだよ」
「レッドリーパー?」
俺は広場に目をこらす。
赤の集団はそこにいた人々を捕まえて、首に刃物を向けている。
「逃げる者は殺す!」
集団の一人が野太い声で叫んだ。続けて、
「ここにいる者は全員、全財産を出せ! 繰り返す、全財産を渡せ。逃げる者は、殺す!」
自分だけは逃げよう。
そう思うのが人々の習性である。
人々が広場を離れようと動き出した。
「キャァァァァア!」
女性の悲鳴が上がる。
男の首が空中に舞って、血潮が飛んでいる。
赤のローブの誰かが、男の首を切ったのだ。
「逃げたら、こうだ!」
見せしめだった。
俺は顔を硬直させて、リリアに顔を向ける。
「ど、どうすれば?」
セニャが涙目になる。
イスから降りて窓の下に体を隠した。
リリアは舌打ちをする。
「相手が数人ならあたし一人で成敗するんだが、こう30人以上もいるとなると、勝てねえな」
心臓がバクバクと鳴っていた。
今しがた、白金貨20枚を儲けたばかりである。
これを全部、レッドリーパーたちに奪われてしまうのだろうか?
「悪い、あたしは逃げる!」
リリアがカバンの中から水晶を取り出した。
俺はびっくりした。
「逃げるのか?」
「すまねえ、あたしは、死ぬわけにはいかねえんだ」
「お、俺たちは?」
「トキト、セニャ、悪いことは言わない。全財産をあいつらに渡したほうがいい。死ぬよりましだろ?」
「そ、そうだけど」
「そんなの無いよ!」
セニャが声を震わせる。
「せっかくいっぱいお金を手に入れたのに、とられるなんてそんなの無いよ!」
「リリア、俺たちも、ワープさせることはできないのか?」
「無理だ。この転移水晶は、ワープポイントで儀式を終えた者にしか、使えないんだ」
「そんな!」
「それじゃあ、生きてたらまた会うってことで」
リリアがイスから立ち上がり、転移水晶をかかげる。
「使用! ファイラット」
言葉と共に、彼女は青い光となって消えた。
「ん?」
レストランの外にいた赤のローブの一人がこちらに気づく。
「おい! あのプートゲール亭に誰かいるぞ!」
何人かがこちらに歩いて来る。
みんな武器を構えていた。
俺はイスから立ち上がり、セニャを守るように立つ。
扉が乱暴に開かれた。
「お? 見覚えのある顔だなぁ、草ぁ」
先頭に立っているのはレンだった。
その後ろに弓使いと魔法使いが続いている。
レンは俺の眼前まで歩いて来る。
俺は覚悟を決めた。
「て、抵抗はしません」
「草ぁ。それじゃあ、全財産を、渡してもらおうか」
俺は自分のカバンを開けようとする。
「カバンごと渡せごらぁ!」
「は、はい、すいません」
俺はカバンを渡す。
「そっちの女もだ」
「や、やだー」
「草草、じゃあ、お前は、ここで死んでもらっ」
「セニャ!」
俺は彼女からカバンをひったくる。
「痛っ、トキト、なにするの!?」
俺はレンに向き直る。
「どうぞ」
セニャのカバンも渡す。
「草草! そうこなくっちゃ」
レンはその二つのカバンを後ろにいる二人に渡した。
「調べろ。草草」
二人はカバンの中をあさり、銭袋を三つ取り出す。
一つは俺のもの、もう一つはセニャのもの、三つ目は白金貨20枚の入ったものである。
「すごい、白金貨が20枚ほどあります」
「草ぁ、白金貨?」
レンが肩をいからせて、またこちらに歩いて来る。
「おめー、どこでこんな大金手に入れた」
「そ、それは、たまたま落ちていたレアなスキル書を、人に売って……」
「落ちていたレアなスキル書? 草ぁ、モンスターのレアドロップを誰かが拾い忘れたってところだな。で、誰に売った?」
「そ、それは……」
「言いよどむなよー、殴っちゃうぞう?」
「リリアという、双剣使いです」
白状した。
俺たちを見捨てて一人で逃げたリリアを、かばう義理はなかった。
「リリアだと? 黒のリリアか! あのアマ! 思い出しただけでもムカついてきたぜ! 草ぁ」
「それじゃあ、あ、後はいいですか?」
緊張で体がビクビクする。
「ムカつくんだよあのアマァ! 草ぁ!」
レンが俺の腹を思いっきり蹴った。
後ろに勢いよく倒れる。
だけど、すぐに立ち上がった。
「トキト!」
セニャが立ち上がる。
レンに向かって両手を伸ばしていた。
「ファイアー……」
魔法を撃とうとしている。
俺は後ろからセニャの口を両手で押さえた。
「んー!」
彼女に呪文詠唱をできなくさせる。
そしてレンに言った。
「あの、この辺で、勘弁していただけないでしょうか?」
「草ぁ、分かったよ。ふん」
レンが背中を向けて歩き出す。
三人が出て行く。
弓使いの男はこちらを何度も振り返りながら、警戒していた。
彼らがいた床には、俺たちのカバンだけが残されてた。
「うわぁぁぁぁん!」
セニャがしゃがんで泣き出した。
俺だって悔しいさ。
泣きたかった。
お金を取られたことだけではない。
リリアが、まさか、こんなにもあっけなく俺たちを見捨てるとは。
もう、顔も見たくなかった。
歩いて行ってカバンを拾う。
銭袋以外には手をつけられていない。
戻ってきて、セニャのそばに彼女のカバンを置く。
窓の外を見ると、レッドリーパーの集団が広場を離れていくところだった。
その地面にはおびただしい、血の水たまりがいくつも出来ていた。
殺された人は、赤い光となって消えたのだろう。




