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3-15 船出



 半月ほどが経過した。



 その間なにをしていたかと言うと、俺たちはバスガダ周辺の狩場でレベル上げに専念していた。

 ノノとキナの育成に重点を置いた計画である。

 二人は順調にレベルを上げた。



 そしてこれは驚いたことなのだが、戦闘のセンスもぐんぐんと良くなった。

 みんなが熱心に教えた成果かもしれない。

 あるいは、子供だから飲み込みが早いのか。



 ノノは敵に弓矢をはずすことがほとんど無くなった。

 キナはモンスターに遭遇しても、ひるまず向かっていくことができるようになった。

 俺を含む、みんなが感心している。



 他のみんなのレベルはと言うと、これも上がった。

 平均して、ひとりひとりが五レベルぐらい上昇したと思う。



「そろそろ、頃合い」

 ある時、メイが言ったそのセリフをきっかけに、俺たちは次の町へと駒を進めることにした。



 ――そして。



 船出の日がやってくる。



 快晴だ。

 カモメが歌うように鳴きながら空を泳いでいる。

 みんなで、リアカーの荷台に積めるものを全て積んだ。

 以前に下取りしてもらわなかった服や、キャンバスの台と椅子などがかさばっており、回復アイテムや水晶なども積んだので、荷台は山のようにもっこりとしている。



 午前九時半。



 木造りの帆船に俺たちは乗り込んでいく。



「兄ちゃんたちぃ、海に落ちんなよ!」

 あごひげをたくわえた船長さん(NPCだ)が笑顔で大声を張った。

 船員のメンバーたち(これもNPCである)がどっと笑い声をあげる。



「はーい! 大丈夫でーす!」

 セニャがバランスをとるように両手を広げて、しかし危なげない足取りで船へと続く短い橋を渡る。

 続けて、メイ、ノノ、キナと、女性陣が次々に乗船した。



 キルはリアカーを引いており、その後ろではサクと俺が、荷台が落下しないように両手で支えながら、橋をそろそろと渡った。



 みんなが乗船した。



 男性陣はリアカーを船内へと運び込む。



「帆を張れ!」

 船長が叫ぶような声をかける。

「「へい!」」

 船員たちが返事をそろえた。



 船の帆が、バッと大きな音を立てて開いた。

 見事な光景である。



「出航ー!」

 船長さんの声と共に、船が動き出す。



 俺は後部のデッキに出た。

 視界の先に、バスガダの町がゆっくりと遠のいていく。



「なんか、しんみりする」

 気づくとメイがそばにいて、神妙な目つきをしていた。



「いつでも転移水晶で戻れるさ」

 俺はわざと明るい声を出す。



 後ろの方からサクが駆けてきて、船尾に立った。

 大陸に向けて大きく手を振る。

「じゃーなー! バスガドの町! じゃーなー!」

 大声だ。

 それを見て、俺とメイはクスリと笑いをこぼしたのだった。



 それから。



 ここはゲームの世界である。

 航海の時間はすっ飛ばして次の大陸に着くかもしれない。

 そんな予感がしていたのだが、予感ははずれた。



 しっかりと時間がかかるようだ。



 俺たちは船内で休んだり、船の内部を見て回ったりしていた。

 言ってしまえば、暇を持て余していた。



 ……俺たちの他に、乗船している客はいないのか?



 そんなことを思い、船の前部のデッキに出たときのことである。



 ……ん?



 あれは、なんだ?



 船首に近いところにピエロがいた。

 器用に、何本ものナイフをお手玉している。

 白黒の仮面をしていた。髪は青い。ひだ襟についた緑色の服。丸く出っ張った青い靴。



 サーカスで見たことがあるようなピエロである。



 プレイヤーだろうか?

 まさかな。



 俺は好奇心が沸いて近づいて行った。



「フフフ」

 ピエロが笑った気がした。

 そして、お手玉をしていたナイフを次々にこちらへ投擲する。



 は?



 すんでのところで右に跳んで避けた。

 俺の体はデッキの上を転がり、手すりの下の壁にぶつかって止まる。

 急いで上半身を起こした。



 ピエロを見ると、空を指さしている。



 なんだ?



 俺は空を見上げた。



 何羽ものハトがいて、船のマストやロープに止まっている。

 なんと、ナイフはハトに変わったのだ。



 ピエロがピューと口笛を吹いた。

 ハトは飛び立ち、ピエロの頭や腕に止まる。

 そして彼はこちらに歩いてきた。



 さすがに警戒する。

 俺は立ち上がり、腰にさしてある剣の柄に手を置く。



「待ちなよ。ごめんごめん、びっくりさせたかい?」

 男にしては、独特な高い声だった。



「あ、貴方は、な、なんですか?」

 自分で言ったセリフは、どこか変な言葉になってしまった。



 少し距離をとってピエロが立ち止まる。

「僕はポルックス、富豪の一人だ」

「富豪?」

「ああ。ポルって呼んで良いよ」

「どうして、富豪がここに?」

「会いに来たんだよ。僕は君のファンなんだ」



 ポルがまた口笛を吹いた。

 頭や腕からハトが飛び立つ。

 その先には虹の輪っかがあった。

 ハトたちは輪をくぐって消えていく。



 そういうスキルなのだろうか?

 不思議だった。



 俺はどうにか、次の言葉を吐き出す。

「ファンって、どういう意味ですか?」

「そのままの意味さ。君の生命の強さに惹かれてね。ぶっちゃけた話、君のゲームクリアに一億円を賭けさせてもらっている」

「い、一億円!?」



 またしてもびっくりした。



「別にね。僕は賭けに負けても良いんだよ。フフフ」

 ポルはまた、気味の悪い声で笑う。



 ……。

 なんとなく、言っていることは理解した。

 とは言え、このポルという富豪は、相当な変わり者ではないか?

 俺に一億円を賭けており、その上で賭けに負けても良いとはどういうことだろう。

 そう思ったが、俺は別のことを聞いた。



「あの、どういったご用事で、俺に会いに来たんですか?」

「つれないこと言うなよぉ。僕はただ、君に会いたくて来たんじゃないか」

「は、はあ」

「くぅぅ、なんだいその反応は」



 ……待てよ。



 俺は思った。

 ポルが富豪であるのなら、ここは下手に出て取り入るべきではないだろうか?

 もしかしたら、何かえこひいきしてくれるかもしれないし。

 もしかしたら、だが。



 俺は緊張をほどいて、世間話を向けた。

「あの、サーカスとか、好きなんですか?」

「大好きだ! 特にピエロはたまらないね!」



 ポルはズボンのポケットに右手を突っ込む。

 小さな木の短剣を取り出した。

 こちらに放る。



 俺は両手でキャッチした。

「え?」



 ポルはズボンの左のポケットから、同じ木の短剣を取り出す。

 自分で持った。

「なあトキト。僕とダンスをしよう」

「だ、ダンスですか?」



 何を言っているんだろう? この富豪は。



「ああ。先にこの短剣を落とした方の負け。もちろんスキルを使うのは禁止。どうだい?」

「え、え、あ、ああ! 勝負ってことですか?」

「勝負じゃない。ダンスだ」

「ダンス!?」

「そう、ダンス。シャルウィーダンス? 僕と、踊っていただけますか?」

 歌うような声だった。



 彼は短剣の切っ先を向ける。



 男と踊る趣味はないのだが……。



 そう言ってしまいたかったが、ここは、言わないでおくべきだろう。



 俺は短剣をかまえた。

「分かりました」

 とりあえず、ポルの機嫌を崩さないように注意しよう。

「よし。それじゃあ、れっつだんしーんぐ」



 ポルと俺は対峙し、相手の動きを油断なくうかがう。

 何度も二つの短剣が交差した。

 勝負の結果はと言うと。



 戦いは苛烈を極めた。



 ――なら良かったのだが。



 くそ!



「全然勝てねー!」

 俺は短剣を落とされまくった。

 あろうことか床に転がされて、敗北すること十回以上。

 再挑戦をするのだが、全く歯が立たなかった。

「フフフ、ぶざまぶざま」



 汗だくの俺は、床に座り込み、肩で息をしていた。

「う、うるさいですよ」



 というかこれは。

 アレじゃないか?

 ポルは富豪だから、キャラクターのステータスを好きにいじったのではないか?



「あ。卑怯なことはしていないよ。僕は」

 俺の思考を読んだわけではなかろうが、ポルはきっぱりと言い放つ。



「くそぅ」

 俺は嘆息した。



 ポルは短剣をポケットにしまう。

「今日はこの辺にしよう」

 こちらに歩いてきて、隣に座った。



「あ、あの」

「何だい?」

「本当のところ、今日は何をしに来たんですか?」

「フハハ」



 ポルは顔を上げて笑った。



「嘘だよ。今までの言葉は、全部嘘」

「う、うそ?」

「考えてみなよ。富豪がこんなところに来るわけないじゃないか。僕は、プレイヤーの一人だよ。君と同じだ」

「そ、そうなんですか!?」

「うん。フフフ」



 だとしたら、聞きたいことが山ほどあった。

 とりあえず。

「その衣装は、どこで?」

「自分で編んだんだよ。よく出来てるだろう?」

「マジですか?」

「大マジさ」



 さっきから驚くことばかりだ。



 ……はあ。

 何か俺、疲労感が濃いな。



 ふと、後ろの扉が内側から開いた。



 振り返ると、セニャとメイの姿がある。

「あ! トキ、十二時だよ。お昼ご飯食べに、ログアウトしないと……って、あれ、ピエロだ」

 セニャが目を丸くする。



 メイもびっくりしたようで、手を口元に当てていた。

「誰?」

 すぐに目つきを険しくする。



 ポルは立ち上がった。

「僕はポルックス。旅のピエロさ」



 俺は、彼の頭上にあるHPバーを見る。

 ポルックスと書かれてある。

 本名のようだ。

 外国人だろうか?



「さて、僕も昼食に行くよ。またね、トキト」



 ポルはステータスボードを出して、操作した。

 ログアウトをして、姿が消える。



「トキ?」

「トキくん?」

 二人の声が重なる。



 彼が何者なのかを聞きたいのだろう。

 俺は立ち上がる。

 彼のことをよく分かってはいないが、ひとまず今まであったことを語って聞かせた。



「ふーん、変な人もいるものね」

 セニャは感慨深げにつぶやく。



「嘘。トキくんが、コテンパンにやられるなんて……」

 メイは怪訝な表情だ。



 俺は言った。

「まあ、悪い男では無いみたいだ」



「トキ?」

「トキくん?」



 二人は顔を見合わせる。

 それからまた俺の方を見た。



「今の、女の子でしょ?」

「女性」



「は!?」



 俺は表情が固まった。



 今の、女?



 そんな、馬鹿な……。



 確かに、声のトーンは高かった。

 しかし、振る舞いや物腰から、男なのだと思っていた。



 セニャが両腕をくんで顔をひねっている。

「男の子には見えなかったけどなあ」



 メイはため息をついた。

「とりあえず、お昼ごはん」

「あ、ああ。そうだな」

 俺たちは船内に戻ることにした。



 みんなでリアカーがあるところに集まる。

 十三時過ぎに集まる約束をして、俺たちはログアウトをしたのだった。


ああ、今日もお客さんが来てくれた。幸せだ。

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