婚約発表1 ルシファー
この一ヶ月が俺には長くて仕方がなかった。今日でやっとクレアを正式に俺の婚約者だと世間に知らしめられる。変な虫が付くことはこれで阻止出来るだろう。絶対に逃がさない、なんて俺が思っているなんて、あの美しいクレアには絶対に知られてはいけない。怖がらせて逃げられてしまう。とにかく今日という日を成功に収めれば、クレアは俺のもの……というのは恥ずかしいな。俺の婚約者だ。
俺は今から待機室にいるクレアを迎えに行かなければならない。絶対可愛いことが予想されるだけに、今日もやはり俺は緊張している。クレアは不安そうにしていないだろうか? 待機室で不備はなかっただろうか? 今日はよく眠れただろうか? 心配は尽きない。
コンコンコン
「どちら様でしょうか?」
恐らく今の声はクレアの専属侍女、メイデンの声だろうと当たりをつける。
「私だ。ルシファーだ。クレア嬢を迎えに来た」
「お待ちしておりました。どうぞお入り下さい」メイデンが扉を開けて、部屋に入れてくれた。メイデンの後ろから鈴が鳴るような声がする。
「ルシファー! 今日の格好は騎士服なのね。黒の騎士服と羽織っているマントがすごく似合ってる。かっこ良すぎて直視できないわ!」
クレアが俺を直視できないだなんて、それは俺のセリフだ! 俺だって今のクレアを直視できない。クレアの声を聞くだけで全身が歓喜に包まれる。
俺はいずれ騎士団を率いてこの国を守ることになる。その象徴として、騎士の服装が俺にとっては正装だ。第一王子なのだから目立つ白色をとも言われたが、白い服は落ち着かなかったので、アダムに白の色を譲った。クレアが喜んでくれるならこの色にして良かった、と心底自分の判断に感謝した。
「あ、ありがとう。クレアも今日は……適切な言葉が思いつかない」
それほどクレアは神々しいぐらいに美しいと言いたい。言いたいが、恥ずかしくて頭が真っ白だ。クレア。会えて嬉しい、可愛い、天使、癒される、好きだ……ダメだ、言えない。幸いクレアは俺の言わんとすることを汲み取ってくれた。
「それぐらい綺麗ってことかな? 私、どこもおかしくない?」
俺は頭を上下に振って肯定するのでいっぱいだ。言葉が出てこない代わりに全力で頭を振った。今のクレアがおかしいとしたら、全人類はゴミ以下だ。俺がクレアを見ることさえもおこがましい。
「行こう」
俺は手の震えが伝わらないよう、深呼吸して落ち着けると、クレア手を取った。
「あっ」
クレアの手は柔らかくて、優しさで溢れている。小さなこの手と一緒に俺は今後も歩んで行きたい。このままずっと手を繋いでいたい。クレアの方を見ると、目をさっと逸らされた。何か問題があったのだろうか? 不安になって聞いてみる。
「どうかしたか?」
「えっと……手は私が添えるだけの方が良いんじゃないかな、って思ったの。……手を繋いだまま入場するの?」
「あ!」
しまった。手の震えに気を取られて、ついクレアの手を握ってしまった! 俺はクレアになんて不埒な真似をしてしまったんだ……もうダメだ、きっと嫌われた。軽率な奴だと軽蔑されたに違いない。ずっとこの手を繋いでいたいと思ったら、無意識の内に握ってしまっていた。どうしよう、弁解の言葉も浮かばない。離さないといけないのも分かっているのに、クレアの手を離すことも出来ない。
握っていてはダメだろうか? ダメだよな……。でも、本当にこの手を離すのか? 俺には出来ない……俺から手を離せるわけがない。無理だ、俺はこの手を離せない……。
俺が黙り込んでいると、クレアは恥ずかしそうに話しかけてきた。その表情は反則だ。そんな顔をされたら余計にこの手が離せなくなる。
「あの……ルシファーが構わないなら、私はこのままで良いよ?」
やった! クレアからお許しが出た! 今日の俺はツイている! このまま二人で街にでも行きたい気分だ。そうだ、それは良い考えだ。今日のパーティーが終わったらクレアを誘ってみよう。今夜二人で外に……って俺は何を考えているんだ。もう夕方なのに、よ、よ、夜に二人で外出なんてしてみろ。モレッティ公爵は俺がこの国の王子だろうと構わず殺しに来る。
「そうか」
せっかくクレアが気を使って言ってくれた言葉に対して何て口を聞くんだ。それしか言えないのか、俺は。クレアが手を握る許可をくれたので、ここぞとばかりに俺はクレアの手を先程より強く握った。クレアの手の爪が俺の親指に触れる。爪までも可愛いのか。流石はクレアだ。頭のてっぺんから爪先まで全てが愛らしさで構成されている。
廊下を二人で歩いていると、クレアの髪色をした銀色の靴が歩くたびにコツコツと音が鳴る。クレアは足音さえも可愛い。クレアのパステルブルーのドレスはヒラヒラと舞い、天使かと錯覚するほどに似合っている。耳元に付けた金色のピアスは俺の瞳に合わせてくれたのだろうか。クレアにくっついているピアスが羨ましい。クレアの華奢な首にかけられた大きな黒いダイヤのネックレスは、俺の髪色か。
クレアをじっと見つめていると、クレアは俺にふわっと花が咲くような笑顔を見せてくれる。笑顔を作るだけでクレアは花が舞うのか。天使の化身だな。キラキラ光る銀の髪が揺れる度に甘い香りが鼻をくすぐる。クレアは俺の心をどれだけ弄べば気が済むのだろうか。
せっかく微笑んでくれたのに、俺は気の利いた言葉を一つも言えない。情けないが、口を開いた瞬間に、また好きだと言ってしまいそうで自分が怖い。
クレアを見ているだけであっという間に扉の前に到着した。この扉の奥には既に多くの貴族が俺たちの入場を待っている。このパーティーに出席する子どもは俺とクレア、そして第二王子のアダムだけで、他は全員大人だ。国王と正妃である母はもう中にいる。今日はアダムの母である側室も出席だ。モレッティ公爵もクレアの姿を早く見たくてうずうずしていることだろう。左右に立っていた騎士が入場を告げる。
「ルシファー殿下とクレア・モレッティ公爵令嬢のご入場です!」
面倒な婚約発表パーティーも、クレアの手をこうしてずっと握っていられるなら、毎日あっても良い。俺はクレアの手をキュッと握って会場に足を踏み入れた。
視線が俺とクレアに突き刺さる。この場にいる貴族全員から注目を浴びている。かなりの人数がこの婚約発表に来ているようだ。未来の国王と王妃だから当然と言えば当然だ。家に帰ったら出来ればこの光景を男の子どもがいる者はしっかりと伝えて欲しいものだ。クレアは俺の婚約者だと!
視線だけで痛いというのはこういうことか。それにしても黒い魔力を僅かに感じる。俺とクレアの仲が気に入らない奴がいると見た。
俺とクレアを引き離そうとする奴はどいつだ。不敬だぞ! クレアは絶対渡さな……モレッティ公爵だ。モレッティ公爵が俺を睨んでいる。あ、手を握ったままだった! ……とりあえず、心の中では謝っておこう。申し訳ありません、モレッティ公爵。俺にはこの手を離せそうにありません。
婚約しただけでパーティーを開くことは普通の貴族はしないが、それだけ国王はモレッティ公爵家との繋がりを保っておきたいのだろう。ということで、モレッティ公爵はどうかクレアのことは諦めて下さい。
国王と王妃の前に、俺とクレアは跪き、首を垂れた。
「面を上げよ」
顔を上げると国王と王妃が微笑んでいる。二人ともこの婚約を祝福してくれているようだ。ありがたい。早く結婚できる年齢になりたいです。八年は長すぎます。男性も婚姻年齢を女性と同じく十六歳に下げませんか?
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