この世界の歴史1
長机の一番端に座った魔王は部屋をぐるっと見渡し、出席者の顔ぶれを確認する。私はルシファーに椅子を引いてもらい、パウロの左隣の席に腰をかけた。ルシファーは私の右隣だ。向いにはダニエル、アダム、リリスが座っている。
「お待たせいたしました、魔王様」
私の言葉で食事が次々と運ばれて来た。先ほどの話を始めるのは食事中では聞きづらいなと判断し、暫くは何気ない世間話をして談笑した。
それぞれ自己紹介をしたり、ここに来るまでにあったことなどを話しているとあっという間に時間が過ぎて、最後のお茶が運ばれて来た。そろそろ切り出そうかな、と考えていると、リリスが待っていましたとばかりに口を開いた。
「魔王陛下、詳しくお聞かせ下さい。私が魔族というのはどういうことですか?」
「そうだ、話の途中だったな。ふむ、其方達が分かるように説明するには、少し昔話をしなければならない」
私達は魔王の言葉に頷きを返した。
「基本的に魔族は大人しいが、過去に一度だけ暴走したことは知っているか?」
「歴史で学びました。でもその理由は王国に伝わっていません」私は事実をそのまま口にした。
「そうだったな、理由は隠蔽させてもらったのだ。人間が二度と過ちを犯さないように。王族だけは戒めとして代々国王のみに継承される本に記録が記されている」
「人間の犯した過ちとはなんだったのでしょうか?」
パウロが興味津々に魔王に聞いた。今まで見当たらず、読むことも出来なかった本の内容を歴史を知る者から直接聞けるのだ。パウロは魔王の言葉を恍惚とした表情を浮かべて待っている。
「魔族は最初から魔族だったわけではない。魔族は元々、天使族という種族だった」
「天使族……?」私は聞いたこともない単語を聞いて首を傾げた。
「……っ!」ルシファーだけは何かを知っているような反応を見せている。
魔王がそれから語ったのは、原作でも知られていない、衝撃的な歴史だった。
魔王はこう言った。
──魔族が魔族になったのは、天使族として生きていくことが出来なくなったからだと。
事の発端は大昔、人間がまだ魔力を持っていなかった頃のことだった。
天使族には不思議な力があり、幸福をもたらす力を持っていた。それが、魔法だ。まだ魔族が天使族だった頃、人間は魔法を扱えなかった。魔法は天使族だけが持つ力だったのだ。
魔法は万能だった。雨が降らなければ雨を降らせ、体が冷え込めば火を生み出し、船が止まれば風を起こす。暗闇に光を照らし、明るすぎれば闇をもたらす。
当時天使族が持っていた力は厳密には魔力ではなく、奇跡の力や聖なる力と呼ばれていた。聖なる力は治癒や防御だけでなく、攻撃もできる万能な力だった。
天使族は皆、存在するだけで人間に多くの幸せと富を与え、聖域を作り出し、魔物の被害に合うことから人間を守った。天使族は人間に安全と幸福を与える代わりに、愛し愛される信仰の力を貰うことでその存在と力を保っていた。
しかし長い歴史を経て人間はこう考えるようになっていった。天使族になぜ我々人間が頼らなければならない? 天使族は我々が助けを求めた時にだけ手を貸してくれる。天使族ばかり楽に生きれてズルイじゃないか、と。
愚かな人間は天使族を自らの手元に置くため、天使族を乱獲することにした。天使族は人間に狩られ、自由を失った。人間は天使族を手元に置いて置くだけでは勿体ない、と奴隷のように働かせ、かつては崇拝の対象だった天使族を道具のように扱うようになった。
天使族は主に貴族の間で取引され、天使族の儚い美しさに心奪われた人間は天使族に自分の子どもを産ませた。交配が繰り返され、そうする内に人間にも魔法を使える者が次第に産まれるようになった。平民に魔力を持たない者が多いのはこういった理由からだった。
魔王がリリスに対して言った、『人間はまだそんな事をしているのか』というのはこの事だ。人間の国にはきっと魔族が天使族であった過去を知っている者がいるのだろう。まだ魔族を天使族にしようと企んでいる連中がいるということを意味している。
魔族をまた天使族にすることができれば魔力の高い子どもを産ませたり、魔物除けとして売り払ったり、護衛から炊事など利用しようと思えばいくらでも道がある。こんな利己的な人間を天使族が助けて来たことを悔やむようになったのは当然の流れだった。
自分達の良かれと思ってしてきた行いが人間を欲深くさせてしまったと心を病み、凌辱された者は正気を失った。自分の種族が苦しむ様子を見て当時天使族を統治していた、乱獲の被害から逃れていた女王は一人決断した。
「天使族を辞めよう、と」
──天使族はこの世界に適合するため、こうして魔族になった。
何かを知っているような顔をしたルシファーが暗い顔で目を伏せている。私はルシファーの太ももに手を置き、安心させるようにそっと撫でた。
それなのにルシファーが反応を見せる様子はない。いつものルシファーならここで私の手に触れていただろう。今のルシファーの瞳からは感情が読めない。
無理に聞き出すことはしたくない。
私はルシファーが知っていることを自分から言い出してくれるのを待つことにした。
魔王の言葉で、しんとなった部屋で私はルシファーに尋ねる代わりに魔王へ関連する質問を投げかけた。
「具体的にはどうやって魔族になったんですか?」
次は十六時すぎ?
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