魔力検査1 ルシファー
今日は俺が魔力検査をする日だ。子どもが十歳になると、その時点で何の属性が強いのか、そしてどれぐらいの魔力を保有しているのかを教会で一斉に検査をする。貴族の場合、十歳になるまで家庭教師から教育を受けるが、十歳になると、教会と併設された建物で教育を受ける。教会にとっても良い収入源となっている教育施設だ。
魔力検査には通常父母のどちらかが一緒に教会へ入場するが、俺の場合、父母はこの国の国王と王妃なので、婚約者がいれば婚約者と。いなければ一人で入場する。従者は後ろからついて来て、同伴者席で待つことになる。国王と王妃は今日この場に出席する全員を見下ろせる場所に座るので、安全面を考慮して一緒に入場することは出来ない。国王と王妃の公務に魔力検査の立ち会いは基本的にないが、今回は俺がいるから出席してくれている。
魔力検査をする今年の十歳は全部で二百四十人だ。その内貴族が殆どを占め、残りが平民だ。平民は一般的に魔力検査をする必要があるほど魔力を持っていないので、ここにいるのも殆どが貴族だ。平民は教育を受けることよりも、家の手伝いをする者が多いので、ここにいる平民の多くは比較的裕福な者であるか、魔力が強いがために教育を必要とする者しかいない。
柄にもなく、俺は今緊張している。なぜなら近くにクレアがいるからだ。先週クレアに会って、初めてクレアから手紙が届いた。『今までの非礼をお詫びしたく、その証に婚約者として魔力検査に同行させていただきたい』と書かれていた。
同行をお願いしたいのは俺の方だ。まさかクレアから申し出があるとは思わず、返事を書く手が震えて手紙を何十回と書き直した。そのお陰で今こうして俺の向かいにクレアが座っているのだが、一緒に馬車を同乗する日が来るとは思わなかった。馬車の中ではろくに話しかけられていない。俺は馬車に乗り込んだ瞬間からずっと体が硬直している。
馬車を降りてクレアの手を取ると、身体中に電気が走ったような感覚があった。クレアの顔を直視することもままらない。今日のクレアは純白のワンピースを着ていて、まるで花嫁のようだと思った時点で俺はもう駄目だった。顔が赤くなっているのが自分でも分かるほどに顔が熱い。クレアは俺の体調が悪いと思ったのか、心配そうに俺の顔を覗き込もうとしてくる。それも本当にやめて欲しい。クレアが眩しくて目が潰れそうだ。
「ルシファー殿下、大丈夫ですか?」
「全く問題ない」俺の口から冷たい言葉が発せられる。本当はもっと優しく話しかけたいのに、話すのがやっとなのだ。
「嘘よ、顔が真っ赤ですもの。熱があるのでしょう? わざわざ一斉検査にルシファー殿下が出席する必要はありません。今日はお休みしましょう?」
俺の顔はやはり赤いのかと思ったら余計に恥ずかしくなり、ますます顔が熱くなる。しかもクレアが俺を心配してくれている。嬉しくて頭が沸騰しそうだ。
「俺は大丈夫だ。気にするな」
「でも」と言ってクレアは滑らかで綺麗な手を俺の額の上に置いた。ひやっとしたクレアの手が気持ちが良い。クレアが俺に触れていると思うと照れ臭くて、言葉が出てこない。
「ほら、こんなに熱いもの。大丈夫じゃないです」
クレアは自分の額にも手を置き、温度を比べている。俺の体調を判断するため俺の目をジッと見つめているクレアの瞳には俺だけが映っている。本気で心配してくれている相手に、顔が赤いのはクレアの手を握ったからだとは口が裂けても言えない。俺の顔の赤さなんかどうでもいい。それより、呼び方の方が気になる。俺は額に置かれたクレアの手を取り、少しだけ力を入れて握った。
「俺は本当に大丈夫だ。それに婚約者なのだから、殿下と言うのはやめてくれ。周りに関係が悪いのかと邪推されては困る」
「あ、ご、ごめんなさい。えっと、ルシファー様でよろしいでしょうか?」
「様も不要だ」
「えっ……どうしよう……」
クレアは頬を赤くさせて、困った顔をしている。ああ、なんで俺はこんな酷い言い方しか出来ないのだろう。でも白い肌にほんのり色づいた顔が今日も綺麗だ。俺がクレアを照れさせたのかと思うと、もっと困らせたく……って違うだろ!
突然呼び捨てにしろと言われて困るのは当たり前だ。クレアからしたら俺はまだ会って二回目のよく知らない相手。俺に敬称で様をつけるのは普通の事だが、クレアにはちゃんと名前で呼んで欲しい……とも言えない。それを告げた瞬間に恥ずかしさで失神する自信が今ならある。
「……ルシファー?」
呼び捨てにされた瞬間、俺は思わず下に向いていた視線を勢いよくクレアに向けた。歓喜で心が震え上がる。クレアが俺の名前を呼んでいる。感動で目から涙が出そうだ。
「そうだ。よ、よく出来たな。ク、クレア」
心の中でずっと呼んでいた名前を本人に向かって呼べたことが恥ずかしくなり、吃ってしまった。情けない。しかも言い方が偉そうだ。クレアは俺に呼び捨てにされて不快ではないだろうか、と顔色をこっそり横目で窺う。クレアは嫌そうな顔をしていない。むしろ嬉しそうにふふふ、と笑い声を上げている。クレアが喜んでくれている! そう思った時にはまた、俺の顔が熱くなるのだった。
「ちょっと見て! ルシファー殿下よ。まさか婚約者がいただなんて」
「エスコートしているご令嬢はどなたかしら?」
「あの銀髪に青い目は、モレッティ公爵家のクレア様よ」
「婚約の発表はいつなのかしら?」
クレアが婚約者であることは、一ヶ月後に開催するパーティーで発表する予定だ。今日は婚約者がいる事前アピールのためにクレアを同行させている。もしこの場にクレアがいなかったらこんな言葉だけでは済まなかった事だろう。正妃の子なのに、婚約者がいないだとか、王子様らしくない見た目だとか心ない言葉を浴びせられていたに違いない。婚約者がいて良かったと思った瞬間、いや、クレアが隣にいてくれて良かった、と思い直した。
俺はクレアを同伴者席に座らせた。後ろから来たベルゼとクレアの侍女、メイデンにクレアを任せる。ここからは一人で席に向かわなければならない。魔力検査をする者は最前列に座ることになっている。
「ベルゼ、ク、クレアを頼む」俺がクレアの名前を本人の前で呼び捨てにした事に目敏く気がついたベルゼは何か言いたそうに、顔をニヤッとさせながら頷いた。俺はふっとクレアを見ると、椅子に座っているだけで美しいクレアに目を奪われた。俺がじーっと見ていることに気がついたクレアは、ニコッと微笑みかけてくれた。
「無理をしてはいけませんよ? 辛くなったらすぐに司祭様に申し出て下さいね」
「え?ルシファー殿下、どこかお加減が悪いのですか?」
クレアの発言にニヤニヤしながらベルゼが俺とクレアの顔を窺う。そんなベルゼに答えたのはクレアだった。
「そうなんです。馬車の中でもずっと顔が赤かったでしょう? それにさっき額を触らせていただいたら、とても熱かったの。熱があるんじゃないかしら」
「へえ。殿下に熱が? あっはっは! クレア様、ご心配されなくても大丈夫ですよ。その熱は多分クレア様が、」
「ベルゼ、お前は帰ったら俺の部屋の床磨きな」
ベルゼは途端に黙り込むと、目を細めてジロリと俺を睨んできた。クレアが知る必要のないことを言おうとするからだ。クレアはベルゼが何を言いかけたのか分からないようで、首を傾げている。その様子も小動物みたいでとても愛らしい。
「とにかく、体調に変化があったら必ず仰って下さいね。いってらっしゃい」
ニッコリと微笑むクレアに心臓を射抜かれたような感覚に陥る。まるで心臓をキュッと鷲掴みにされたようだ。クレアの笑顔を見ていると魔力検査などどうでも良い気分になってきた。そうだ、なぜ俺が最前列に座らなければならないんだ? 俺はここにいたい……。クレアの隣に座りたい……。ベルゼ、お前が俺の代わりに行ってこい。
ベルゼはそんな俺の考えを読んだかのように、くるっと俺をひっくり返し、クレアに背を向けさせる。最後の仕上げに俺の背中をポンッと押してきた。後ろをチラッと振り返ると、この一瞬の間にクレアを真ん中にして、左右をベルゼとメイデンが座って守っていた。お前がなんでクレアの横に座れるんだ、と俺の気持ちを見透かしたかのように、ベルゼは心なしか得意げだ。
たとえクレアを守るためだとしても、ベルゼがクレアの隣に座っているのが許せない。魔力検査は急いで終わらせよう。終わったら即座にクレアの元に戻るのだ。その後は、街で一緒に昼食を取る予定をしている。楽しみで仕方がない。まだ始まってもいないのに、既に帰りたい。
「いってくる」
俺はこの後のデートを想像して緩みそうになる顔を引き締めた。自分でデートと思ったあたりでまた頬が緩みかけ、口をきつく結び、眉間に皺を寄せる。ベルゼが俺の仕草を見て笑いを堪えているのが腹が立つ。
「ベルゼ、クレアにそれ以上近づいたらぶっ飛ばす」
「ええ!? 座ってるだけなのに!」
俺はふんっと鼻を鳴らすと、その場を後にした。
ブクマよろしくお願いいたします。連載の原動力を下さい(´;ω;`)




